1話「原点」

「そういえば、あの本屋のおじいさん死んじゃったんだってね」


「そうそう、孤独死だったって」


「あの本屋さんが潰れなければ孤独じゃなかっただろうにね」



 商店街から少し入った小道、主婦たちが二三人集まり薄暗いところで喋っていた。



「そういえば、その本屋によくいたクーちゃんも見なくなったわね」


「クーちゃん……?」


「あのいたずらっ子いたでしょ? あの子、ルクトっていうからいたずらっ子のクーちゃんって呼ばれてたのよ」



 五年前よりも、背丈が大きくなりスラッとしたルクトは背中に剣を抱えて、人の多い商店街を俯きながら歩いていた。



「クーちゃん!」



 ルクトはこの声を何度も何度も聞いてきた。


 ルクトは、声の主が誰か分かっていたが振り向かない。


 振り向いたところで、めんどくさい事になるのは分かっていたからだ。



「クーちゃんってば!」



 ルクトは鬱陶しいと感じ、顔に苛立ちが見える


 五年前の俺だったら振り向いただろうな、ルクトは心の中で考える。


 ルクトには心の中に余裕がなくなっていた、何故なら彼自身自分に希望が無くなったと思っていたからだ。



「諦めちゃダメだって! 希望ならまだあるって!」



 ルクトにとっていま、一番聞きたくない言葉だ。


 ルクト自身の意志とは別に勝手に体が、振り向いてこう怒鳴った。



「もう着いてこないでくれ!」



 振り向いた先の、幼馴染みの顔が彼にもはっきり見えた。



 彼女はミラ、顔は整っている桃色の髪の少女。


 容姿端麗、美人なのはルクトだって認めていた。


 問題は性格、お人好し過ぎるおかげで鬱陶しいのだった。



「な、なんでよぉ……そんな事言わないでよ!」



 ルクトの怒鳴り声と、ミラの悲しそうな声に周りの大人はこちらに興味津々である。



「と、とりあえず付いてくんな!」



 昔と変わり、目立つのが苦手だったルクトは大通りを抜けた先の小さな武器屋に逃げ込んだ。



 息を切らすルクトに店員の粋な心遣いで、コップで水を出してくれた。



「どうしたクー また彼女に追いかけられてんのか?」


「ち、ちげぇってそんなんじゃねぇよ……」



 店員がルクトとテーブルを挟んだ向かいの席に座り、語り始める。



「クーもそろそろ立ち直ったらどうだよ、力を持ってるのがそんなに偉いか? お前は勉強でもして学者なんかになったら親御さんも喜ぶんじゃねぇか?」



「おっさんには分かんないよな」


「お前の気持ちくらい分かる」


「嘘言うなよ…… それと今の母さんは本物の母さんじゃない」



 それだけ言うと、ルクトは立ち上がりドアの方に向かう。


 武器屋のドアを不機嫌そうに乱暴に開け、外に出て行った。



「そうだったクーは、強盗殺人事件で母を失い兄を誘拐されて、この町に来たんだったっけな……」



 お前の気持ちがわかる、だなんて嘘言ってまで慰めようとしたことをルクトはどう思っているだろうかと武器屋の店員は考え込んでいた。



 その時、勢いよくドアが開いたと思うと外から入ってきたのは涙で顔がぐしゃぐしゃになった桃毛の少女だった。



「うぅ……おっさん! クーちゃんは来てない?」


「今出てったぞ! 追え! ねーちゃん!」


「うん……!」





 そもそもこの世界が公平にできてないのが悪い、ルクトはそう思い町の小道を歩く。


 ルクトの兄だって素晴らしい力チカラを扱っていた。


 ルクトの家族がみんな力を持っていたという事が今の彼には逆にプレッシャーという形で重くのしかかっていたのだ。




「うっ……」



 ズキリと頭に激痛がはしり、ルクトは頭を抱えて倒れ込む。


 嫌な昔の光景を思い出してしまっていたのだった。


 ジタバタし悶え苦しむ姿とは裏腹にルクトの瞼は静かに閉じる。




 家に勝手に入ってくる黒ずくめの三人。


 一人が短剣をルクトの母に振りかざす。


 その光景が脳内で再生されるルクトはパニックに陥っていた。


 思い出したくない光景がルクトを苦しめる。




(それで、真っ赤な血が…母さんが母さんが母さんが母さんが…)



 兄が抱えられて、姉が縛られて…


 ルクトは少し覚えていた、自分の姉を縄で縛っていた男の手首にはドクロマークが入ってたってことだけを。



 (ダメだ…行かないで…待って…行っちゃダメだ…)




「待って……!!!」



 意識を取り戻した時には、隣にミラが座り込んでいた。



「クーちゃん……大丈夫?」



 涙目でこちらを見つめるミラ。


 よく見ると、ルクトを囲うように周りに何人かの大人も心配そうに見ていた。



「俺はだ、大丈夫だから……」



 着いてこないでくれ、そう自然と言葉が出そうになっていた。


 そもそもこんな綺麗な子が俺を心配してくれてる事が幸せじゃないか、悪夢から覚めたせいからかルクトは生きれてることで身近なことで幸せを感じれる感性になっていた。



 そんな事を考えるルクトには、力の存在が馬鹿らしくなっていた。



「俺ならもう大丈夫だ」



 ゆっくりと立ち上がってからそう言うと、周りの大人は安堵した表情で微笑した。



 ルクトはその大人の円を乱暴に通り抜けると、ある目的地に行こうと進んでいった。



 その目的地とは、町が一望できる丘。


 ルクトはその丘で力が発動できない事の悲しみに暮れたことが何度もあったのだった。



「ねぇ、クーちゃん? どこに行くの? もしかして、武器屋さん?」


「違うよ、思い出の場所に行くんだ」



 すると、ミラは頬を少し赤らめた。


 恥ずかしそうに手を後ろで組み、ルクトの後ろを歩く。



「あの、町が見える丘でしょ?」


「そうだよ」


「で、でもなんで急に……?」


「今日で一つの節目だな、だから始まった原点からまた始めるんだよ」



(や、やりなおす……!?クーちゃんったら、あの丘が私とはじめて会った場所って覚えててくれたんだ……!)



(節目ってどういう事なのかな…? 原点から…また始める…?)



「あっ……!!!」


「ん?ミラどうした?」


「な、なんでもない!!」



(あの丘で、友達としてじゃなくて恋人として始め直すってこと!?)



ミラの考えは的を外れているのだが、自身の想像力と思い込みの激しさから現実味を増したその妄想はよりミラの乙女心をくすぐった。



「く、クーちゃんもたまにはいいこと考えるじゃん……!」


「お、おう……?」



 町から抜け、森の中に入り上り坂を登る。


 花の香りが二人をつつんでいる。




 もう力なんてどうでもいい、この自分の剣の腕を磨けばいいんだ、ミラのおかげでルクトはそう思えるようになれた。


 変に期待するからこんなことになるんだ、と自分自身に言い聞かせる、上り坂の終わりが見えてきたから丘にもうすぐ着くところだ



「ミラ……もうすぐ丘だよ」


「う、うん……!」


「あの、なんていうか今までありがとな……」


「べ、べ、別にいいんだよ……?」



 上り坂を登りきったところにあったのは、夕日に色づいた町の風景だった。



「なんか、夕暮れでいい感じだね……!」


「そうだな……」



 オレンジ色に染まった幻想的に見える町を眺めてるルクトに対して、様子を伺うようにチラチラとルクトの方を見ながらそわそわする様子のミラ



「ねぇ、ルクト……?」


「……!? いきなり呼び方変えてど、どうした?」


「想いを伝えるのはいつなの……?」



 照れて下を見ながら話すミラにルクトは違和を感じていた。



「だ、誰に……?」


「わたしに……」


「な、なんのだ……?」


「もーう、女の子の口から言わせな―――」



 ミラが喋っていた途中、何かによってその言葉が遮られることになった。


 それは大きな爆裂音。


 丘の後ろ側の森の方で音がしたのだった。



「ん? なんの音だ……?」


「ちょ、クーちゃん!? 待ってよ」



 ルクトは音を聞くとすぐ様、その方向へと走っていった。


 ルクトの脳裏によぎるのは誰かが事故にあったという悪い考察だけ。


 また何かが砕けるような音がたくさん響く。



「近いな……どこだ」


「クーちゃん…危ないって、こういうのは騎士団に任せたらいいんだよ……」


「それで間に合わなくなるのは嫌なんだよ……俺が動いてたら助かったかもって……そんなの絶対嫌だ」


「クーちゃん……」



 木々の間を駆け回って、やっとで人らしき影を見つけた。


 そこに見えた景色は、大男が少女に棍棒を振り回している光景だった。



「こっちに来るな!」



 大男に攻撃対象にされている少女は、茶髪の長い髪を揺らしながら、大男の繰り出す重そうな棍棒の攻撃を避けていた。



「クーちゃん、騎士団呼びに行った方が……」


「いや、俺が加勢する」


「く、クーちゃん!? 危ないって……!」



 茶髪の少女は戦場に踏み込んでくるルクトを睨みつけ、きつい一言を浴びせる。



「無力な人間が来るなと言ってるんだ!」



 駆けて行ったルクトは、一瞬助けに行くのを躊躇ったが気にせずに、大男に自信の剣の斬撃をかました。



「お、俺は逃げるなんてことしないぞ。」



 ルクトは誘拐された兄から毎日のように聞かされていたのだ。


『逃げてはいけないぞ』と。



「ぐぅっ……!」



 意識が飛ぶような、そんな感覚がルクトを襲う。


 少し遅れて、頭に鈍い激痛が走る。



 その瞬間、足が地面から離れてすごい速さで体が飛びルクトは背中から木に体を打ち付けてしまった。



「く、クーちゃん……!!」


「おい、そこの君! 彼を連れて逃げて……!」


「はい……!」



 ルクトは朦朧とする意識の中、目を開けた。


 ルクトは一瞬右目が真っ暗なことに気がついたが、頭から流れてきている血であることを察した。



 それと同時に、茶髪の少女が大男相手に傷だらけながら必死に戦っているのを見ていると、ルクトは自分自身の無力さ情けなさを痛感した。



「クーちゃん、捕まって……」


「いや、もう大丈夫だ」


「え? だ、だめだって!」



 ルクトは兄のことを考えるとで自然と力が湧き出すような感覚になれた。


 ルクトの中で何かが変わった。


 体がジンジンと温かくなる熱が出た時のような感覚、もしかするとさっきの打撃でどこかおかしくしたんじゃないかとも思った。



 しかしその考えは否定できる。



 なぜなら、俺は力を使えてるからだ。



「くっ、クーちゃん? なの? どうしたのその手……」


「兄からの贈り物かもな、人を見捨てるなって……」



 ルクトの右腕を覆うのは、肩から出ているベールのような紫色のヒラヒラしたもの。



 ルクトは確実視した。


 兄も闇の力チカラとしてこの手を使っていた、ということは俺にも兄と同じ闇の力チカラが発動したんではないかと考える。


 自分にも力が手に入ったと思うと、少しにやけるルクト。



「だから、来る――」



 茶髪の少女が大男と戦闘しながら、こちらに歩み寄ってくるルクトに怒号を発したかと思うと。


 ルクトは茶髪の少女の視界から消えていた。



「な……」



 遅れて最後の一文字を言う少女。


 刹那、大男の巨体がどこかへ吹っ飛んでいった。



「―――!? なんだ……!?」



 辺りは一面、衝撃で舞った砂埃で濁って見えた。


 少しの咳払いをし、手で煙を払うようにすると煙が晴れた。



 そこに居たのは、ルクトであった。



「い、今のはお前が……?」



 ルクトは問に答えず、飛ばされた大男に向かって歩み寄っていく。


 そして、紫の右腕で殴りをかました。


 辺りには衝撃と砂埃がまた襲いかかる。



「うっ……あいつはサイクロプスだぞ……?」



 少女の頭の中には彼がすごい人物なのではないかという、疑惑が生まれていた。



「お、おい サイクロプスはた、倒したのか?」



 砂埃で視界が奪われている中、少女はルクトがサイクロプスを殴った現場まで方向を頼りにゆっくり進む。



 砂埃が少しずつ晴れ、見えた光景に茶髪の少女は驚愕することになる。



「ここまで派手にえぐれるんだな」



 原型を留めていなかったのだ。



「お、おい、お前……大丈夫か!?」



 脇に倒れてるルクトに必死の合図を送る。


 後ろからミラも駆けつける。



「く、クーちゃん!? こ、これはクーちゃんが……?」



 見るも無残な姿に変貌した巨人に唖然とする。


 ここに長く居ることが耐えられなくなったのか、ミラは騎士団を呼んでくるから此処で待ってて!と町の方に走り出してしまった。



「うっ……手がクソいてぇ……」


「君、もしかしてだけどルクトって人……?」


「そ、そうだけど」



 や、やっぱりこの子か、と言わんばかりに頷く茶髪少女。



「ねぇ、ルクト、力を上手く操れてなかったみたいだけど」


「あ! やっぱり今の力で間違いないよな……!? 俺にも念願の力が手に入ったってことだよな!」


「い、いま……? いま初めて使ったの?」



 引きつり気味の顔で聞く少女。


 問をかけているうちに興味からルクトに顔が近ずいて行く。



「そっ、そうだよ……! わ、悪いか……」


「べ、別に悪いだなんて言ってないよ」



(洗練されていない力だと厳しいかもね。でも裏を返せば初めて使ってこの威力ってことも伸びしろがあるってことよね)



(いや、どっちにしろ、私にはルクトが必要)



「ルクト、私と一緒にお兄さんを探さない?」


「兄のこと…?」



 (そもそも彼から信用を得ないと、話にならないわ)



「な、なんでお前がそんなことを……」


「私はキバ、『鬼神』の末裔よ」


「鬼神……?」


 


 ルクトはどこかで聞いたことのある言葉に頭を抱えて悩んでいた。


 そして、思い出した。



 昔の記録に残る伝説の英雄『五大神』の1人だった。



「そうよ、五大神の1人の」


「あ、あれは伝説上の……架空の人物だろ そんなのいるはずない」


「いいえ、いたわ それにあなただって、『邪神』の末裔なのだから」



 ルクトの頭は、多い情報と理解できない話に頭をフル回転させ、無理に理解しようとしていたができなかった。



「お、俺が!? い、いや嘘に決まってる! そもそもどこの誰とも分からないやつの話なんて信用できるか!」


「でも、ルクトはそのどこの誰とも分からない私を助けてくれたでしょ」



 ルクトはその言葉を聞いた時、一瞬戸惑った。


 一瞬ではない少しの間戸惑い続けた。その沈黙を破るようにまたキバが話し始める。



「お願い聞いて、あなたの今使った能力は代々継がれてきた邪神の力を受け継いだものなの。」


「そ、それは一応分かった てことは兄も邪神の力を手にしてたってことなのか?」


「そうね、それが理由で誘拐されたのよ、邪神の力を奪おうとしている組織に お兄さんもそこにいると思われる」



 ルクトもしっかりと話について行けるように真面目な顔で聞く。



「それで兄を探すってその組織に乗り込むってことなんだろ? そんなの俺達の力チカラまで狙われて返り討ちにされるに決まってるだろ 騎士団とかに話してみたらいいんじゃないのか?」


「その組織の名は『シークリティ』中央メンバーは少ないが、各地に派遣されたスパイの数が尋常じゃないって言われてるわ、変な動きをしたらスパイにバレてもれなく中央メンバーのお出まし」



 太陽も沈み、薄暗くなって来た森に2人の静かな声だけが響く。



「そんな危険ならやめた方がいいって……助けたい気持ちはもちろんあるよ! あるけど……出来っこないって」



「私だって父が殺されてから怖くて怯えてばっかりで、それでもお姉ちゃんを取り返したいから、勇気を振り絞って仲間を集めに、ルクトを探しにここに来たんだよ!」



 今にも泣き出しそうなキバを目の前に、ルクトの頭には兄の言葉が過ぎる。


『逃げるな』



「ルクト……私を助けて……!」


「おっし、分かった」



 思いもよらぬ即答にびっくりしたように目を開きルクトを見返すキバ。



「え? で、でもいいの? 探しに行くってことは旅に出るってことだよ? さっきの子は……?」


「俺だって、半端な気持ちで決断したわけじゃない。ミラには申し訳ないって気持ちもある…自分で決めたことだし、それに困ってる人は見捨てられないんだな」


「あ、ありがとう……じゃあ置き手紙でも書いていきましょう あの子なら騎士団を連れて戻ってくるはずだから」





『ミラへ 俺は自分の決断でこの町をでて、キバって子と変な組織をぶっ倒して兄を取り返してくる、すぐに帰るから心配すんなよ。


 あと、宿屋のおばさんに部屋お返ししますって伝えといてくれ 武器屋のおっさんには言うなよな結構涙脆いから。


 また会えたらいいな。ルクトより』



「なんで勝手に出てっちゃうのよ……いつも一人でそうやって……」




「違うか、一人じゃないもんね。さっきのキバちゃんって子がいるもんね。」



「原点でバイバイだなんて、なんだか悲しいね…」



 ミラの頬には大粒の涙が月光に照らされ光っていた。



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