金糸雀

シーズ

第1話

焼け付く日差しが体の安寧を奪い、気だるさが私の体を苛む。

際限なく放出される汗に、嘲笑うように輝く太陽。

不快と清涼とが入り混じる感覚に、私はどうしようもないほどに夏を感じていた。


夏季休暇を利用して、私は幼い頃に何度か足を運んだ祖父母の家に厄介になりに行った。あまり変わりのない風景に懐かしみを覚えながら、夕暮れに照らされた田舎道を車で走る。

人通りはほとんどなく、自らのしがらみから今解放されているのだという感覚を強く感じる。

窓を開けぬるい風を感じていると、虫や蛙の輪唱が耳に聴こえる。

ノスタルジーを感じながら目的地に到着すると、変わりのない姿の祖父母が出迎えてくれた。

昔よく作ってくれた夏野菜のカレーを味わい、何だか風情のある浴槽に浸かり終わると、ふと夜空が気になり雨戸を開ける。

夜風を肌に感じながら上空を見上げると、瞬く星々が私の目を引きつけてはなれない。

やはりここに来てよかった、と果てしない満足感を感じると、私は畳に敷いた布団にくるまり就寝した。


蝉の声で目を覚ますと、雨戸を開け朝の日差しを体中に浴びる。

心地の良い欠伸をしながら眠気まなこをこすると、何処までも青い空に、金色に羽ばたく小さな鳥が眼前を通り過ぎていく。

その何処か精悍で、妖しく眼に映る衝撃に、私はただ唖然とするばかりであった。

朝食の席で動物に詳しい祖父に話をすると、それは昔誰かが放した金糸雀だと言う。

歯を磨き顔を洗っていると、沸々と先ほどの衝撃が舞い戻る。もう一度あの金糸雀をこの目で見たいという欲望が、私の体を駆け巡っていた。


寝巻きからポロシャツと半ズボンに着替え、祖父母の家を後にする。

少し歩くと、昔従兄弟と遊んだ、だだ広い公園が目に見える。

寂れたベンチに座りぼーっとしていると、幼い溌剌とした少年達が公園に走り込む。

うだるような暑さだというのに、遊びに没頭する彼らにかつての自分の姿を映し、なんとなく微笑ましい気分になる。

何処からか、涼しい風が頬を撫でた。私は満足したように、公園を後にした。


公園から数分、せせらぎが美しい小川に足を止める。

ここで釣りをした記憶があるのだが、生憎魚の姿は見えない。

ふと地面を見下ろすと、水切りにちょうどいい小石を見つける。

何年ぶりにやるのか定かでは無いが、勢いをつけて石を投げる。

しかし、石は一、二回跳ねただけで沈んでしまう。

少し落胆し、また歩みを続けた。


少し歩くと、昔父とカブトムシを取りに行った時に、妹に内緒でアイスを買った、こじんまりとした商店が見える。

記憶と相違ない店内に入り、アイスケースを覗く。

当時と同じ60円のラムネバーを買い、レジの老婆に金糸雀のことについて聞いてみる。

驚くことに、よく店の縁側に止まっていると言うので、ラムネバーを食べるついでに座って待ってみる。

空が青い。覚めるような青に、やはり何処か懐かしさを感じずにはいられなかった。

あと残り一口というところに、ついに隣に待望していた金糸雀が止まった。

人に慣れているのか、あまり私を警戒する風もなく、日差しを浴び金色を輝かせている。

その煌めく金に私は心を奪われ、金糸雀が飛び立つその時まで、じっと見つめてしまっていたわけである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金糸雀 シーズ @shizu_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ