第九章 輝く貴石達の中で瑠璃は唄う⑤

「次はいよいよハピプリちゃんの登場なんでぇ、ラピスちゃんとルチルちゃんに代わってボクチャンがMCしちゃうよ~」


 舞台袖でユッキーさんのMCを聞きながら、わたしは本番直前の緊張をほぐすために深呼吸した。ステージからは既にレイニー・デイズさんの機材は運び出されていていた。


「みんな、準備はいいかな?」


 わたしの呼びかけに、メンバーが近寄ってきて、何も言わなくても円陣が組まれた。


「ついに東名阪ツアーの最終日です。ファンのみんなに最高のステージを見せましょう」


 ぐるりと見回すと、みんなの闘志の籠った目があった。


「みんな、これからも一緒にがんばろう!」

「おう!」

「ニャ!」

「は~い!」

「うん!」

「ハピプリ☆シンドローム、行くよ!」

『おー!』


 わたし達は円陣を解いて、お互いの肩や頭を叩き合いながらステージに向かった。



 幕が下りたままの状態で、レイニー・デイズさんからの提供曲「プレゼント4U!」のアップテンポなイントロが鳴り始める。見えない幕の向こうでワクワクしながら待っているファンのみんなの顔が見える気がした。

 少しずつ幕が開いて、わたし達五人は歓声に迎えられる。


 でも、ここでフロアのファンにとっては予想外であろうことが起きた。「プレゼント4U!」のイントロの音が少しずつ絞られ、その代わりに別の曲の前奏が混じり始めたのだ。

 歓声は絶叫に変わる。


「『宝石』だ!」


 始まった曲は旧ハッピープリンセス時代の鉄板曲「幸福の宝石をあなたに」だった。今となっては懐かしさすら覚える音に乗り、わたし達は体に染みついたダンスを踊る。フロアに目を向ければ、みんなの勢いもものすごい。水を得た魚みたいに、みんなはいつも以上に激しく飛び跳ね、ペンライトがしなやかな軌跡を描き、MIXが叫ばれる。


 みんながこんなに望んでいた曲を歌えていなかった今日までを申し訳なく思うと同時に、みんなの笑顔が本当に嬉しくて、わたしの体はいつも以上に軽やかに動いた。


 二曲目は「マイ・フレンド」。これにはフロアがどよめいた。

 これも旧ハピプリ時代の曲で、しかも、ダイアとわたしの二人時代にしか披露していない曲だった。リハーサルでは当時の振付けを苦労して思い出し、ルビーとわたしとであの頃の双子的シンメトリーなダンスを再現した。この曲では他の三人にはコーラスとバックダンスに徹してもらっている。


 三曲目は「ディア・マイ・フレンズ」。「マイ・フレンド」と同じ作詞家・作曲家コンビである桜田美南さんと戸田晃さんに今回のミニアルバムへ提供頂いた楽曲で、「マイ・フレンド」の続編的な曲になっている。わたしとコハクとで考えたダンスは「マイ・フレンド」から引用した振付けがところどころで顔を覗かせている。


「こんばんは。四度目の登場、ハピプリ☆シンドロームです!」


 三曲を歌い終わったわたし達はステージに並んでフロアに挨拶をする。


「みんな、セトリ、びっくりしたぁ?」


 ルビーがフロアに問いかけると、「びっくりしたー!」という声が次々に上がった。


「セトリ、楽しい~? 嬉しい~?」


 再びのルビーの質問に、「楽しい!」「嬉しい!」と、すごくテンションの高い反応が返ってくる。ルビーは顔をくしゃっと崩してとびきりの笑顔を浮かべた。


「ルビーも楽しい! 嬉しいよ!」


 わたしもその隣でにっこり笑う。


「ファンのみんなにはたくさん心配かけてしまったと思うけど、わたし達はみんなが笑顔になれるようにこれからも動き続けるので、よろしくお願いします」


 会場から拍手があがった。


「でもよ、今日はスゲー楽しいよな!」

「そうだね、コハクちゃん。バンドの皆さんとコラボして、すごく光栄で楽しかったな」

「ヒーちゃま、このライブが決まった時からドキドキワクワクしてたもんニャ!」


 コハクとヒスイとルチルが興奮気味にそう言うと、ルビーが大きく頷く。


「出演してくれた皆さんに感謝だね!」


 わたし達は出演してくださったバンド一組ずつに感謝の言葉を伝えた。


「今日来たくださった皆様もありがとうございます。ハピプリファンはもちろん、この時間まで残ってくださったAcrobatic Rubbit Island、ハヤシダ・メゾン、レイニー・デイズのファンの皆様も本当にありがとうございました!」


 わたし達は揃って頭を下げる。


「さて、それじゃあそろそろ後半戦に……」


 言いかけたわたしに、ルビーが首を傾げる。


「ラピスちゃん、物販の宣伝はいいの?」

「あ、忘れてた! 今日ご出演のバンドの皆様に提供して頂いた楽曲を収めたミニアルバムは終演後の物販でも販売します。ルチルデザインの可愛いグッズもたくさんあるので、是非ともお立ち寄りください!」

「なんか、ラピスちゃん、最近守銭奴のイメージがついてきたニャ」

「アイドルのくせにそれでいいのかよ!」

「いいんです。アイドルだってご飯を食べないと生きていけないんだから」

「ラピスちゃん、そんなこと言う人だっけ?」


 フロアは笑ってくれたけれど、メンバーが引き気味の顔をしているのが悲しい。わたしは気持ちを切り替えて言う。


「では、ステージ後半戦も盛り上がっていきましょう!」


 フロアからの「おー!」という歓声と共に、次の曲のイントロが始まる。


 カバー祭りの頃から助けられてきた曲「ジュエリーボックス・メルヘン・フェイク」だ。一番最初にレイニー・デイズさんに提供してもらった曲で、元気なロックチューン。フロアが拳を上げながら乗れるリズムが心地いい。みんなの「オイ! オイ!」と荒ぶる声に突き動かされるみたいに、わたし達はくるくると舞い踊った。


 そして、本編最後。


「ラストはみんなで飛ぶよ~!」


 ルビーの声を合図に、イントロが始まる。弾けるようなポップでキュートな音。MIXやケチャやPPPHが入れやすいように計算してSAYURIさんが作ってくれた曲。


「お前ら、悔いないくらいに暴れろよ!」

「パーティータイムだニャ!」

「みんなもお隣の人と手をつないでね!」

「せーの!」

『プレゼント4U!』


 わたし達は五人で手をつないで、イントロのキメの音に合わせてジャンプした。同時にフロアのみんなも手をつないでジャンプする。

 ただひたすらに楽しい音楽に合わせて、わたし達は歌って踊る。間奏にはフロアのみんながMIXを入れてくれる。


『タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!』


 ソロパートでは、それぞれの担当カラーのペンライトやサイリウムを振ってくれる。CメロでのPPPHや、みんなで歌う落ちサビではケチャもしてくれる。


「みんな、ありがとう!」


 メンバーもフロアのみんなも、全員が笑顔だった。当たり前のようで当たり前ではない光景が嬉しくて仕方なかった。


「ありがとうございました!」


 わたし達は五人で手をつないで大きく頭を下げ、ステージを降りた。



『アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!』


 みんながわたし達を呼ぶ声が聞こえる。わたし達は大急ぎで上半身をツアーTシャツに着替え、ステージに戻った。


「みんな、呼んでくれたのかニャ~?」

「しょうがねえなあ。もう一曲やるか!」


 コハクとルチルの言葉にフロアが湧きたつ。でも、そんなファンのみんなへ、ルビーはいつもと少し違うおとなしいトーンで語り掛けた。


「応援してくれるみんな、本当にありがとう。メンバーもありがとう。メンバーが、ファンのみんながいるから、ルビーはルビーでいられる。みんながいるから、ルビーは生きてこれたし、これからも生きていけるって思ってる。ホントだよ?」


 ルビーははにかんで「えへへ」と笑った。


「これから歌うのは、ヒスイちゃんが作ってくれた曲に、ルビーが歌詞を書いた曲です。メンバーやみんなへの想いを、できるだけ素直に書いたつもり。みんなにルビーの気持ち、届いたらいいな。聞いてください。『あしたのうた』――」


 優しい音が鳴る。ルビーの優しい歌声で歌唱パートが始まった。

 コハクは出来上がったばかりのこの曲を聞いて、「ダンスとかいらねえだろ」と言った。ストレートにただ歌って伝えるのが一番だろうと言って、わたしもそれに頷いた。


 わたし達は優しい音に沿ってみんなに心が届くように丁寧に歌った。曲が終わると、会場はしんと静まり返る。不安な気持ちが一瞬生まれたけれど、それを打ち消すようにすぐにフロアから大きな拍手が沸き上がった。


「ありがとう! ルビーはみんなが大好き!」


 涙を溜めてキラキラ光る瞳でフロアにそう言ったルビーは、時間を忘れて見惚れてしまうくらい綺麗だった。


 わたし達は五人で並んで最後の挨拶をする。


『みんなに幸福のジュエリーをお裾分け! わたし達、ハピプリ☆シンドロームの~』

「御園ルビー」

「月岡ラピス」

「桐生コハク」

「穂積ルチル」

「綾原ヒスイ」

『でした~! またね~!』



 そのまま楽屋に帰ったわたし達だけれど、再びアンコールが聞こえてきた。ライブハウスのスタッフさんが終演のアナウンスをしているのに止まらない。


「いや、もう本当に終わりなんだよ!」


 わたし達自身も出て行って解散をお願いするけれど、それに対してブーイングが出てしまう。すごく嬉しい反面、とても困った。


「本当に何も用意してないんだけど……どうしよう。あと一曲だけ大丈夫ですか?」


 PA卓のスタッフさんがOKサインを出してくれたので、わたしはメンバーに確認する。


「じゃあ、『プレゼント4U!』にする?」

「どうせだったら、出演者の皆さん呼んじゃってもいいんじゃないかニャ!」

「最後にみんなで盛り上がって帰ろうぜ!」

「皆さん、出てこれますか~?」


 Acrobatic Rabbit Island、ハヤシダ・メゾン、レイニー・デイズの皆さんが笑顔で出てきてくれた。


「じゃあ、これが本当に本当の最後だからね! みんな、手を繋いで!」


 フロアのみんなも、わたし達アイドルも、バンドの皆さんも手を繋ぐ。


「それじゃあ行くよ! せーの、『プレゼント4U!』」


 イントロのキメ音に合わせて、ステージとフロア、みんなが一緒にジャンプした。

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