第九章 輝く貴石達の中で瑠璃は唄う③

 ついに公演当日が訪れる。でも、実はライブの前に一つのハイライトがあった。その日の午前十時、由香里の会社のニュースサイトで、わたしの記事が公開された。



「アイドルとして生きるということ ハピプリ☆シンドローム 御園ルビーの場合」


 アイドルグループ・ハピプリ☆シンドロームでエースを務める御園ルビーというアイドルがいる。いつも元気で可愛らしくステージを飛び回る彼女からパワーをもらうファンも多いだろう。

 しかし、アイドルになる前の彼女は今とはまったくの別人だった。しゃべるのが下手で人間関係を築くのも苦手な、内気な少女だったのだ。彼女は「御園ルビーはその頃抱いた理想のアイドル像を投影した存在」と言う。


「ルビーは『御園ルビー』であるために、アイドルを続けているの」


 どうしてそんなに御園ルビーであることに拘るのか尋ねると、彼女は重い口を開いた。


「ルビー、学校に通ってた頃はずっといじめられてた。毎日、悪口言われたり、笑われたり、持ち物を隠されたり、汚されたり、病原菌扱いされたり。恥ずかしいことをさせられて、それを写真に撮られて、それで脅されて嫌なことをやらされたこともあった」


 いじめの内容はここに書くのを憚られるものも多かった。だが、当時の彼女は家族に心配をかけたくないと口を噤み、その境遇から抜け出すことはできなかった。


「そんな時に、初期時代のハピプリ(幾松ダイア・月岡ラピス二人体制期のハッピープリンセス)を見たの。ビックリしたよ。こんな風に人から愛される方法があるんだって、初めて視界が開けた気がしたの。あんな風になりたいって思った」


 それをきっかけに、彼女は理想のアイドル像を体現することを自らに課した。


「アイドルであるために、必死に『御園ルビー』っていう明るくて可愛くて元気な女の子になろうとしたの」


 その日から彼女は「御園ルビー」となり、ステージに立ち続けている。


「ぶりっ子とか、嘘つきとか、二重人格とか、色々と言われるかもしれない。でも、御園ルビーという存在を全うすることが、ルビーの生きる支えになってる。御園ルビーとしてみんなに愛してもらえることが、ルビーの生きる救いになってる。だから、アイドルを続けることが、ルビーにとって一番大切なことなの」


 実は今回のインタビューは彼女からの希望で行われた。どうして自分のナイーブな部分を公開することにしたのかを尋ねた。


「昔のルビーを知っている人に、今のルビーの活動が届き始めたのを知ったから。だから、何かのきっかけでファンのみんなにルビーの過去のこととか、昔の性格とかが知られてしまうかもしれない。ステージのルビーとの違いに戸惑わせてしまうかもしれない。だったら、先に自分の口から伝えるのが少しでも誠実かなって思ったの。ファンのみんなとメンバーには余計な心配を掛けちゃったかもしれないけど、御園ルビーでい続けるには必要なことだと思ったから」


 そう言って、彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。


 わたしが同じグループのメンバーとして言えることは、メンバーは皆、彼女の在り方を尊重し、尊敬してきたということだ。特に、彼女の加入時から見続けているわたしは、彼女がアイドルであるためにどれだけ努力してきたのかを知っている。

 ファンが理想のアイドルを求めるように、彼女自身も理想のアイドル像を追い求め、表現し続けている。彼女はステージの上でアイドルとして生きることを選び、これからもアイドルとして精一杯に生きていくだろう。


文・月岡ラピス(ハピプリ☆シンドローム)



 ハピプリファンやアイドルファンの皆さんはこの記事を様々に受け取った。ショックを受ける人もいたし、共感する人も、同情を買いたいだけだと批判する人もいた。千沙子はスマートフォンで反響を覗きながら、どの意見も黙って受け止めているようだった。



 ライブハウスの楽屋に入ったところで、千沙子のスマートフォンに着信があった。


「あ、お、おばあちゃん……」


 千沙子の顔が緊張した。彼女は恐る恐る通話ボタンを押す。


「ち、違う、よ。おばあちゃんの……せいじゃ、ない……。わ、わたしが、い、意気地なし、だったから……」


 千沙子は電話口に必死に訴える。


「今、とっても、し、幸せ……! それが、全部だから。きょ、今日のライブ、た、楽しんで。お願い……!」


 電話を切って、千沙子は瞼を閉じ、大きく息を吐き出した。今回の記事を公開する時に千沙子が一番気にしていたのは、おばあさんの反応だった。昔のことを明かすことで傷つけてしまうのではと、かなり悩んでいた。


「とにかく……今日……が、がんばる」


 俯きながら、彼女は言った。



 リハーサルが始まると、関係者パスを出しておいた由香里がやって来た。


「ライブハウスなんて久々だわー。うわぁ、こんなに狭かったっけ?」


 流行のお洒落な格好をした由香里は、そう言って、しげしげと周囲を見渡す。

 由香里の在籍していた頃、確かに後半はもっと大きな会場に出ていたけれど、前半にはもっと小さなライブハウスにも出演していた。わたしは由香里の言葉に少し刺々しい感情が湧いたけれど、それは飲み込んで笑った。


「由香里、ごめん。わたしもみんなも、ちょっと今忙しくて。適当に見ていて」

「忙しいって……マネージャーもいないの? そんなんで大丈夫なの?」


 居心地悪そうな由香里をフロアに残し、わたしはメンバーと合流してリハーサル中のSAYURIさんとICHIYAさんに声を掛ける。


「SAYURIさん、ICHIYAさん、お疲れ様です!」

「お疲れ。今日はよろしくね」

「あの曲、楽しみだな!」

「はい。よろしくお願いします!」


 わたし達が挨拶していると、ごついサングラスに派手なハットとギラギラしたジャージを身につけた若い男性を中心に、アバンギャルドな服を着た男性達がフロアに入ってくる。


「うぃ~す! あ、ハピプリのみんな~、SAYU姐とICHI兄ぃももういたんすかぁ。今日はよろしくっす。ウェ~イ!」


 ごついサングラスの男性が、軽薄なイントネーションでそう言った。


「ウ、ウェ~イ!」


 わたしは苦手なノリに戸惑いつつ、なんとか似たような返事を返す。隣のルビーはすでに「ルビー」モードであるためか、可愛らしさ満点の「ウェ~イ!」をきちんと返していた。さすが、出来る子は違う。

 ちなみに、彼らはただのパーティーピーポーではなく、ヒップホップやインダストリアルなどの要素を取り入れたミクスチャーロックバンド「Acrobatic Rabbit Island」のメンバーさん達だ。


 さらに扉からはまた別のバンドの人達が入ってくる。


「本日はどうぞよろしくお願いします」


 礼儀正しく頭を下げた白シャツ姿の男性達は、「ハヤシダ・メゾン」という五人兄弟によるバンドさんだ。それぞれアコースティックギターやコントラバスなどが収められたキャリーケースを抱えている。彼らに対して「Acrobatic Rabbit Island」のサングラスの人――リーダーのYuckyLANDさんが「うぃーす」と軽く手を挙げて挨拶した。


「いやでもマジでぇ、レニデさんとウチのくくりとかぁ、レニデさんとハヤシダさんって組み合わせとかはぁ、普通に対バンあったかもですけどぉ、うちとハヤシダさんとか絶対一緒にならないメンツっすよね~?」


 その言葉に「ハヤシダ・メゾン」の長兄ハヤシダ・リュートさんがにこやかに頷く。


「そうですね。アイドルさんのイベントだからこそ、在りえた顔合わせですね」

「マジ、今回カオスって感じでぇ、オレら、すっげぇワクワクしてんスよぉ」

「我々もです。いいライブにしましょう」

「ウェ~イ!」


 まったくカラーの違う二つのバンドは、なぜか同じような笑顔で挨拶していた。


 レイニー・デイズさんも含めたこの三バンドは、先日リリースしたわたし達のミニアルバム「突撃プリンセス・ハート!」に楽曲提供してくださった方々でもある。ハピプリ東名阪ツアーの大阪・名古屋公演は各地を拠点にしているアイドルさん達を呼んだのに対して、東京公演は趣向を変えてこの三バンドをお呼びした異種対バンの試みだった。

 わたし達はバンドさん達のリハーサルを見学しつつ、それぞれのステージで披露する予定のコラボレーション曲について入念な確認を行った。


 もちろん、自分達のステージも。セットリスト、ダンス、フォーメーション、音響、照明。一とおりの段取りについて確認が終わって、わたし達はようやく一息つく。楽屋に引き上げていくメンバーについていきそうになって、わたしはハッとしてフロアに戻った。


「由香里、ゴメン。ずっとほったらかしで」

「本当だよ。ひどーい!」

「ごめんごめん!」


 わたしが両手を合わせると、由香里はつまらなそうな顔をした。


「なんか……変わったよね、泉」

「え?」

「ライブ、全部自分達で決めてるんだね」

「うん。今は決めてくれる人もいないしね」


 事務所にいた頃はスタッフさんが全部お膳立てしてくれた。スケジュールも、セットリストも、次のシングルも、特典会の内容も、ライブグッズも全部。


「今は泉が中心で色々調整してるんだね」

「一応、最年長だから」

「そっかあ……。前までは――子供の頃からずっと、何をするにもわたしの後について来る感じだったのに、変わったよね」

「あー、そういえばそうだったね」


 小学生からずっと、わたしは由香里に誘われるまま、同じ係、同じ習い事、同じ部活、同じ委員会をやってきた。意志表示が遅いわたしは、例えば、委員会活動なんかは由香里が誘ってくれなければ、みんながやりたがらない面倒な委員をやることになっていただろう。由香里が誘うからチャレンジしてみたことも多くて、アイドル活動もその一つだ。


「泉、大変じゃない?」

「大変は大変だけど、逆に言えば好きにできるってことでもあるから面白いよ」

「ふうん……そっか。そうなんだ」


 そう言った由香里は、なぜか少し不満げな表情だった。

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