第八章 紅玉は輝くため鍛える⑤
夜は名古屋のビジネスホテルで一泊することになっていた。今日はわたしと泉ちゃんがツインの部屋で、他のメンバーもこの部屋に集まっている。ベッドの縁に腰かけてノートパソコンを弄っている泉ちゃんの周りで、みんなも同じベッドに乗っかってその画面を覗き込んでいた。
『【炎上中】モデル・平坂柊太【複数股同時進行中】』
『スレ主です。アイドルにまで手を出して炎上中のシューちゃんですが、実はわたしも彼と付き合っている何人かのセフレのうちの一人です。大人気モデル()な彼について語りませんか?』
ある掲示板にそう書き込んで、泉ちゃんはニヤリと笑った。
「たぶん何個か書き込んだら、後は勝手に盛り上がるんじゃないかな?」
『わたしもセフですwww シューちゃんの繋がりって今何人くらい?』
『カノ? セフ? 貢がせも含めたら結構な数でしょ』
『柊太くんはそんな人じゃないです。わたしは信じています!』
『盲目ファン? 夢見るのは勝手だけど、あいつのチャラさは昔から有名だよ』
『ここで擁護するって、もしかして本人じゃないの?』
『自演とか、草ぁ!』
『あの地下アイドルの裸写真なに? 繋がりが見つけて流出させた系?』
『たぶん。その写真もだけど、ブログで匂わせとかバカかと』
『元セフだけど、シューちゃんの全裸写真って需要ある?』
『YOU、公開しちゃいな!』
『【グロ注意】 つ(リンクアドレス)』
『キタ――――(゚∀゚)――――!!』
『オエエエエエエッ(AA略』
『以外と小さ(ry』
『シューちゃんの本命カノ知ってる人いる? すごいお嬢様とかって聞いたけど??? 家族が芸能界に顔が利くって』
『某所で女連れてるの何回か見たことあるけど、全部違う女だった。どれだろ?』
『シューちゃんから聞いたことあるよ、本命カノのこと。その子の家族のツテがあれば俳優デビューとかできるかもって。俺が某ライダーとか出ちゃったらどうする?って言ってた。ラブホのベッドでw 口軽いセフでサーセン笑』
『シューちゃんがニチアサとか無理筋』
『本命、炎上のこと知ってるの?』
『実はリアルで本命カノのこと知ってる。まだ気づいてないっぽい』
『教えてやれば?』
『ちょっと待ってて』
『マジで教えに行ったの?』
『教えてきた』
『身バレ大丈夫?』
『炎上状態を見てさすがに自分の彼氏がアホ過ぎるって気づいたって。奴を切ることにしたっぽい。身バレはたぶん大丈夫。私自身はシューちゃんとほとんど面識ないし』
『シューちゃんwww これがメシウマってやつかwww』
『シューちゃん、かわいそう(棒読み)』
『モデルデビューしたシューちゃん、調子に乗って複数股かける。カノ・セフ・貢など繋がり多数。
↓
本命カノ・ご令嬢ゲット! 彼女の力で芸能界をのし上がってやるぜ(キリッ
↓
調子に乗って地下アイドルにも手を出す。
↓
ブログ・ツイッターで二人して匂わせ。
↓
繋がりがそれに気付いて暴露。炎上。
↓
ついに本命カノにバレ。捨てられそうでシューちゃん涙目 ←今ここ』
『シューちゃんのツイに本命カノのこと凸ってる奴がいるんだけど。ここにいる誰か?』
『わたしも凸ってみようかな』
『わたしも~』
掲示板の書き込みはどんどん増殖していく。
「やばいニャ。シューちゃんてば、歴代のセフレとファンの玩具になってるナリ」
「こらこら。現役のアイドルが、まして高校生メンバーもいるのに、セフレなんて言葉を使っちゃだめだよ」
「ラピスちゃんが先に掲示板で使い始めたんだニャ」
「あはは! まあまあ、今日だけね。ヒスイは聞こえないフリして!」
泉ちゃんがヒスイちゃんの耳を塞ぐフリをしたから、みんな笑った。
「いや、でもまさか、ここまでうまく転がるとはねえ。いろんな人の恨みを買ってたのかな。わたしがやらなくてもこうなってたかもしれないけど……余計なことだった?」
泉ちゃんからの視線を受けたコハクちゃんは、少し考えてから頭を横に振った。
「いや……いい気味だぜ!」
そう言うと、コハクちゃんは缶ビールを片手に「がはははは!」と、カラ元気にも聞こえる声で笑った。泉ちゃんはコハクちゃんの波打つ長い髪を優しく撫でる。
「ふふふ。じゃあ、もう思い残すことなく、この後、彼には坂道をごろごろ転がり落ちていってほしいね。わたしの大切なメンバーを傷つけたんだから、それくらいの報いは当然だよね」
泉ちゃんの顔は笑っていた。でも、心は全然笑っていなくて、相手の男に対して
「い、泉ちゃん……」
「うん?」
「だ、だい、大好き……!」
わたしはなんだか堪らない気持ちになって、ベッドの上で泉ちゃんに抱き着いた。
「なになに? なんなの、急に、この子は。もうどうしたの、ちーちゃん?」
「うちも好き!」
「ルチルもだニャ」
「わたしもー!」
戸惑う泉ちゃんに、みんなが次々とのしかかっていく。
「なんなの? ちょっと、やめてよ、重たい、重たいって! も~!」
ベッドの上でみんなに押し潰された泉ちゃんは必死に抗議した。でも、その顔はとろけそうな顔でにこにこ笑っていた。
※
みんなが自分達の部屋に引き上げた後、わたしは泉ちゃんがお風呂に入っている間にスマートフォンを弄っていた。相変わらず元同級生達から悪意のラインが送られてくる。嫌な汗が出てきて、吐き気がした。おまけに「ライブを見に行ってやるからチケットを用意しろ」という言葉もある。胃がチクチクした。
元同級生は、わたしが言うことを聞かなかったら、本当に昔のことや写真を公開するつもりなんだろうか。
ルビーとは正反対だったわたし。ルビーでない時間のわたし。それを見たら、ファンのみんなはなんて思うだろう。みんなにそれを知られたら、わたしはどんな気持ちになるだろう。どうなってしまうんだろう。
考えられなくて、体が震えて頭が真っ白になった。
公開はボタン一つで簡単にできることだ。今回のコハクちゃんの件だってそうだった。
でも、わたしもコハクちゃんと同じく、アイドルをやめるつもりはない。わたしの生き方はこれしかないから。
お風呂から出てきて髪を乾かす泉ちゃんに、わたしは思い切って話しかけた。
「ね、ねえ、い……泉ちゃん」
「ん? なあに?」
「お、お願いが、あ、あ、あって……」
震えて挫けそうになる心を押さえつけながら、わたしは必死に口を開く。
「わ、わたしの、こと、か、書いて、ほしい。記事。わたしの、ほ、本当の……こと」
泉ちゃんが驚いたように目を見開いた。
わたしは覚悟を決めたんだ。わたしは、アイドルを続ける。そのために、なんでもやる。なんでも受けとめる。
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