第六章 紅玉は砕けても輝く④

 そして、今日。

 エンジェルハートから独立後、「ハピプリ☆シンドローム」として初めてのライブを行う日になった。わたし達の持ち時間は三十分。舞台袖に集まったわたし達は、初めて円陣を組んでみることにした。


「こういうの、なんだか慣れないね……」


 泉ちゃんはそう言って苦笑いしたけど、すぐに表情を切り替えて声を張る。


「ついにハピプリ☆シンドローム始動です。ファンのみんなにわたし達の心を伝えましょう!」

『おー!』


 お互いの肩を叩き合って、わたし達は幕が下がったステージの立ち位置についた。フロアのざわめきに心臓のドキドキが増していく。


 幕が開いて、音が鳴る。


 一曲目はモーニング娘。さんの「ONE・TWO・THREE」だった。ハピプリの曲じゃないと気付いたフロアからどよめきが上がる。フロアの驚きの空気を感じながら、わたし達は踊り始めた。

 この曲はクールでセクシーなダンス曲。それに合わせて照明も暗めにしてもらって、うちのグループでも背が高くてスタイルのいいコハクちゃんとラピスちゃんの二人がダブルセンターとして歌って踊る。特に、コハクちゃんのしなやかで迫力のあるダンスがとても映える曲だとわたしは思う。

 この曲は、モーニング娘。さんの人数を生かしたダイナミックなフォーメーションダンスも魅力。前列と後列のダンスの違い、拍子をずらして順々に立ち上がっていく場面など、五人でも出来る限り再現した。この辺りはコハクちゃんがノートに位置とタイミングを全部書き起こしてくれて、みんなでそれを覗き込みながら何度もチェックした。


 始めは戸惑っていたファンのみんなも、だんだんと音に乗り始めてくれる。ペンライトが大きく振られ、歓声も大きくなっていった。実はわたしは最初、いつもと違う手の震えを感じていたけど、みんなの歓声が緊張をほどいてくれた気がした。


「こんにちは。今日からハピプリ☆シンドロームです! よろしくお願いします!」


 ラピスちゃんの言葉に、ファンのみんなが力強い歓声を返してくれる。それはいつもの光景で、それを目にすれば、わたしもいつものルビーでいられると信じられた。


「みんな、色々心配かけてごめんね。ルビー達は前を向いてどんどん進んでいくから、ついてきてくれたら嬉しいな!」


 わたしの言葉にも、みんなが笑顔と歓声を返してくれて、心が震えるような嬉しさと、ほっとする気持ちと両方が心に湧いた。


「というわけで、今日は『ハピプリ的カバー祭り』の日だニャ!」


 ルチルちゃんの言葉にどよめく会場。


「今日はこれからどんどん、憧れのアイドルさん達の曲を披露させてもらうから、楽しみにしていてくださいね」


 そう言いながら、ラピスちゃんはコハクちゃんの方を向く。


「今日の曲達はね、コハクがすごく頑張ってダンスの振り起こしをしてくれたんだよ。ありがとう、コハク」

「な、なんだよ。そういうの、やめろよな」


 ちょっと居心地悪そうに髪を掻くコハクちゃんに、ルチルちゃんが組み付く。


「ニャハハハハ! コハクってば照れてるナリか~?」

「ちげえよ! 照れてなんかねえ!」

「ニャハハハ! か~わい~いニャ!」

「やめろ!」


 仲のいい二人に苦笑しながらラピスちゃんがMCを進行する。


「そろそろ次の曲に行くよ。みんなが大好きな曲が続くと思うから、期待しください」


 直後にステージが暗転して、昔のゲーム音楽みたいな可愛いくてチープな音が鳴った。もうそれだけで誰のどの曲かわかった人達が、嬉しそうにペンライトを高く振る。ハイテンションなイントロが始まって、わたし達が音に合わせて踊り始めると、すごい勢いのMIXがフロアから湧き上がった。

 二曲目はでんぱ組.incさんの「Future Diver」だ。コミカルでキュートな歌。振付けも、みんなでぐるぐる回ったり、ソロパートの人の周りで残りの四人がわちゃわちゃしたり、楽しくてテンションも高くて、自然に笑顔になれる曲だった。


 三曲目はももいろクローバーZさんの「Z女戦争」。昔のヒーローものっぽいキメキメな音と、可愛い感じが合わさった曲。長尺でソロパートもたくさんあるから、みんなで息切れしながら、がむしゃらに歌って踊った。


 そして、カバーの最後はAKB48さんの「大声ダイヤモンド」だった。甘酸っぱい雰囲気とかサビのリフレインはアイドルソングの王道という感じがする。サビの歌詞がみんなに届くように、心を込めて歌った。


 四曲のカバーを終えて、わたし達は息を整えながら二回目のMCに入る。


「ということで、今日は『ハピプリ的カバー祭り』でした! どうだった~?」


 フロアから「楽しかった~!」の声が聞こえて、わたしはとびきりの笑顔を浮かべる。


「わー、喜んでもらえて、ルビーとっても嬉しい! でもでも、ハピプリの曲も聞きたくなぁい?」


 問いかけると、「聞きた~い!」という反応が返ってきた。


「ラピスちゃん、どうする?」

「これは応えないといけないかな?」


 わたし達五人はステージの上でゴニョゴニョ打合せするフリをしてから立ち位置につく。


「ご期待にお応えして、一曲やらせてもらいます!」


 ラピスちゃんの宣言に、フロアが湧いた。


「あ、そうだ、曲の前に連絡事項です。今日の物販はルチルデザインの新作グッズ目白押し! メンバーも物販に立つし、特典会もよろしくね。ではでは、聞いてください、ジュエリーボックス・メルヘン・フェイク」


 クリアなギターの音が鳴った。弾けるようなギター・ドラム・ベースの音に、甘くて可愛い打ち込み音が乗ったロックチューン。


 やっぱり自分達の曲は最高だなと思う。

 今日カバーしたのは素敵な曲ばかりだったけど、やっぱり慣れなくて体が強張る瞬間があった。でも、自分達の曲はのびのびと丁度いい力の入れ具合で踊れる気がする。自然に体が飛び跳ねて、手足がピンと伸びて、体中に血が巡る感覚。フロアのみんなもすごく楽しそうに見えた。


 曲が終わって、わたし達五人は横一列に並び、ラピスちゃんの「せーの」に合わせて口を開く。


『みんなに幸福のジュエリーをお裾分け! わたし達、ハピプリ☆シンドロームの~』

「御園ルビー」

「月岡ラピス」

「桐生コハク」

「穂積ルチル」

「綾原ヒスイ」

『でした~! またね~!』


 最後の挨拶をして、わたし達は大きな歓声に見送られながら、ステージから捌けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る