第四章 紅玉は外界を覗く③

 次の日の朝、わたしはヒスイちゃんとお母さんに見送られながら駅に向かった。

 電車に乗っている間に、いつも舐めている喉飴がきれてしまったので、乗り換えの時に駅構内のコンビニに立ち寄ることにした。そのコンビニの出入口に、知っている人がいた。


「あれ、ルビーじゃんか!」


 コハクちゃんだった。珍しく茶色の髪を纏めずに垂らしたコハクちゃんが、ニヤリと笑ってわたしの肩を叩く。


「ルビーってばよ、それ、昨日と同じ服じゃねえの? オイオイ、朝帰りかよー」


 確かに、わたしの服は昨日と同じパーカーとスカートだ。コハクちゃんはモデルさんだけあって洋服をよくチェックしている。


「ち、違う。ヒスイちゃんの、い、家に、お泊りして……」

「え? マジ? 珍しいな」

「コ、コハクちゃんも、お泊り……?」

「え?」

「コハクちゃんも、お、同じ……服」


 わたしがそう言うと、コハクちゃんがハッとした顔をした。どうしたんだろう。


 コハクちゃんにわたしの服のことを言われなければ思い出さなかったかもしれないけど、昨日のコハクちゃんは珍しく丈の短い可愛いらしいワンピースを着ていたんだ。今も昨日と同じワンピースから、同性のわたしから見てもうっとりしてしまうくらい、細くて長い綺麗な脚が覗いている。


 その時、コンビニから出てきた男の人が、自然な動きでコハクちゃんの肩を抱いた。顔の整った、背の高い男の人だった。ダメージジーンズにジャケットを羽織り、ゴツめのアクセサリーを首と手首に付けている。


「衣緒菜、どうしたの?」

「ゲ! あ、えっと……!」


 途端にコハクちゃんはわたしとその男の人を見比べながらドギマギし始める。


「誰、その女の子? モデルの友達? にしては、ちんちくりんだし、アイドルにしてはすげー地味だよね」

「そんな言い方……!」


 ムッとした顔になったコハクちゃんの唇に、男の人が人差し指を当てて言葉を止めた。


「だってさ、衣緒菜がマジ可愛いから。他の女の子なんか全員不細工に見えちゃう」

「シューちゃん……!」

「行くぞ」

「うん」


 コハクちゃんは男の人と一緒に歩き出したけど、途中で速足でわたしのところに引き返してくると耳打ちをした。


「色々めんどくせーからさ、シューちゃんのことはマネージャーには内緒にしといてよ。あ、もちろんメンバーにも。特にラピスちゃんとルチルにはな!」


 コハクちゃんは手を組んでお願いのポーズを作る。


「一生のお願いです、ルビー様! このとおり! 今度ご飯奢るから! な?」


 それから「じゃ、よろしくな!」と言ってあっという間に男の人のところに行ってしまった。わたしは遠ざかっていくコハクちゃんを呆気にとられたまま見送る。男の人に向けるコハクちゃんの笑顔は、ステージと同じくらいキラキラ輝いて見えた。



 昨日から今日、だいたい半日くらいの間に色々なことがありすぎた気がする。わたしは疲労を感じながら、家までの道を歩いた。


 やっと自分の部屋が見えてきてほっとしたところで、パーカーのポケットに入れてあるスマートフォンが振動する。取り出すと、知らない番号からの着信が表示されていた。


 わたしは電話が苦手だ。知らない番号なんてなおさら怖い。出ようかどうしようか迷っているうちに、その着信は切れてしまった。


 まあいいか。大事な電話だったら、またかかってくるだろうから。

 とにかく今は疲れているし、アルバイトもないから昼寝でもしよう。


 わたしはスマートフォンをポケットに戻し、マンションのエントランスをくぐった。

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