第三章 瑠璃は転がり弾かれ惑う②
今日は渋谷のライブハウスが会場だ。大阪を拠点に活動しているアイドルグループの心斎橋乙女組さんが東名阪ツアーを組んでいて、その東京公演に呼んで頂いたのだ。千沙子のヘアメイクをしつつ、ライブハウスのスタッフさん達と段取りしつつでてんやわんやの中、わたしは時間を見て心斎橋乙女組さんとプロデューサーさんへ挨拶に伺った。
「お疲れさまです。今日はハッピープリンセスを呼んで頂いてありがとうございます。いつもお世話になって……」
わたしが頭を下げると、メンバーの皆さんと女性プロデューサーさんが「やめてや、そんなん」と手をパタパタ振った。
「お互い脱退加入ありつつ、長いこと地下アイドル界で生き抜いてきてんねやんか。ウチらな、ハピプリさんには親近感あんねん」
「ハピプリさんの主催に呼んでもろたんが、初の東京ライブやったしね、ウチら」
「せやね。それキッカケで、ちょくちょく東京遠征するようになったわけやし。世話んなっとるんは、ウチらの方やんか」
皆さんの親しみのある話し方に、わたしは少し肩の力が抜けた。
「前に仙崎社長が関西に行った時、たまたま乙女組さんのライブを見たんだそうです。絶対に次のハピプリ主催で呼んだ方がいいよって力説されて。実際、見たらすごくパワフルなステージで感動しちゃいました」
「ほんま? めっちゃ嬉しい。社長さんにもよろしう伝えておいてな」
「うん!」
「じゃあ、今日もウチら、最高のライブするから。他のアイドルさんには負けへんから、覚悟しといてな」
心斎橋乙女組の皆さんの瞳がキラリと光った。彼女達はバイタリティーに溢れていて、話すといつも刺激を受ける。
「よろしくお願いします!」
挨拶を終えて楽屋に戻ると、ヒスイがヘッドフォンを耳に掛けながらノートパソコンに向かっていた。
「ヒスイ、何やってるの?」
「わ、ラピスちゃん!」
わたしに気付いたヒスイは慌ててヘッドフォンを外す。
「ごめん、邪魔しちゃった?」
「ううん。平気だよ」
ヒスイのノートパソコンの画面は、以前ハピプリに楽曲提供してくださったトラックメイカーさんが見せてくれた画面に似ていた。
「あ、ラピスちゃん、これね、打ち込みの音楽とか作るソフトなんだよ」
「それって、作曲の人が使うようなやつじゃないの?」
「うん、そう」
「もしかしてヒスイ、作曲してるの? すごいね!」
彼女が小さな頃からピアノを習っていることは知っていたけれど、作曲にも興味があるのは初耳だった。
「ちょっと遊びで色々いじってみてるだけだから……そんな大したことはしてないよ」
照れくさそうにヒスイは頬を掻く。アイドル活動の中、バンドや作曲家の人達とのやりとりの中で、作曲に興味を持ったのだろうか。
「ねえ、ヒスイ……」
「あ、月岡さん、ちょっと来てもらっていいですか? 確認したいことがあって」
「あ……はい!」
ライブハウスのスタッフさんから声がかかって、ヒスイとの会話が中断してしまった。
「ごめん、ヒスイ、わたし行かなきゃ。一人で準備できる?」
「うん、大丈夫」
「じゃ、またあとでね」
「うん、またね」
いつもはもう少しゆっくり準備できるのだが、やはりマネージャーさんがいないとどうしてもバタバタしてしまう。
(わたしも着替えたりメイクしたりしないといけないんだけど、時間あるかな?)
不安を感じつつ、わたしはスタッフさんと照明プランの確認に取り組んだ。
※
「ラピスちゃん、今日の物販の値札作っておいたニャ」
忙しく動き回っているわたしを引き留めてルチルが言った。彼女が手にした紙カードには、可愛くデフォルメされたわたし達のイラストと一緒に、可愛らしい書き文字で物販商品の特徴や値段が記載されている。
「うわ~、ルチルありがとう。そこまで頭が回ってなかったよ。助かる!」
「にゃははは!」
ルチルは少し頭を傾けて、アシンメトリーの金髪を掻きながら照れくさそうに笑った。
「ルチル達にとっては物販は大切な命綱ナリ。しっかり準備しなきゃだニャ!」
「そのとおりです、ルチルさん!」
「でも、売り子はどうするつもりだニャ? いつもは鈴本さんナリね?」
訊かれてわたしは手を挙げる。
「わたしがやるから大丈夫」
「ノンノーン!」
ルチルは「チッチッチ」と人差し指を立てて左右に振った。
「メンバーでローテがいいんじゃないかニャ? 推しが物販に立ってたら、買いに来る人結構いるナリよ、きっと」
「なるほど。でも、二人組にして、わたしかルチルが付くようにした方がいいかもね」
「それがいいナリ。あの三人は危なっかしい部分もあるからニャ~」
思案顔のルチルをわたしはじっと見つめる。
「ニャに?」
「ルチルって実は戦略家だよね」
「ニャハハハハ!」
ルチルは無邪気に笑いながらわたしの腕に抱きついて来た。
「戦略家って言い方、かっこいいナリね~! 中高時代は変なキャラづくりキモイとか~、中二病とか~、色々言われたニャ」
「でも、ルチルは普段からそういう話し方だし、性格もそうなのに」
「そうなんだニャ。子供の頃からこうナリよ。けど、田舎じゃそれが通らないんだニャ。アイドルだとルチルがルチルのままで許されるから、ルチルはここが居心地いいニャ」
ルチルは頭をわたしの肩に乗せ、緑色の瞳でわたしを見つめる。
「だから、ハピプリ継続戦略、ルチルも支えるナリよ」
「ルチルがいるなら怖いくらい頼もしいね」
「ニャハハハハ!」
ルチルは笑いながら、猫が甘える時みたいにわたしの肩に頭を摺り寄せてくる。でも、わたしがルチルの髪を撫でようとすると、ふいっと遠ざかってしまう。
「じゃー、衣装準備してくるニャ~!」
そんなところ、この子は少し猫っぽい。
※
「今日の特典会はメンバーがカメラを持って撮りまーす! 整列してくださーい」
特典会の時間になり、わたしは衣装のままチェキカメラを持ってファンの皆さんに呼びかけた。
わたしはチェキ券を回収しながらお目当てのメンバーを聞き出し、メンバーとのツーショットを撮影していく。フイルムの補充やわたしのファンの時の撮影はルチルに担当してもらった。
チェキの待機列には常連さんが多い。
「えっと、コーちゃんでお願いします!」
「了解です。いつも来てくれてありがとうございます。コハク、早くこっち来て」
この男性ファンも常連さんで、彼の言う「コーちゃん」はコハクの愛称だ。
「つーかさ、ラピスちゃん、この人常連?」
首を傾げるコハクに、わたしは呆れ気味に言う。
「そうだよ。コハクが加入した頃からずっと来てくれてる人だよ。いつもコハクとチェキ撮ってくれてるのに……」
「そうだっけ?」
「そうだよ。確か、えーと、お名前はヒロキさん……でしたよね?」
「あ、そうです。ヒロキです」
ファンの男性が微笑むのとは対照的に、コハクは眉間に皺を寄せながら首を傾げた。
「やべ。全然、記憶にねえわ」
「コハク、失礼だよ!」
慌てるわたしに男性はパタパタと手を振る。
「いや、いいんです、いいんです。僕、印象薄いってよく言われるし」
人の好さが伝わってくる笑顔の男性ファンに、コハクが訊く。
「今日はどうすんの?」
「ええと、ハートマークとか、いい?」
「おっけ!」
コハクと男性ファンはそれぞれ片手でハートマークの半分を作り、それを二人でくっつけ合う。
「ハイチーズ!」
わたしの撮ったチェキに、コハクがサインやコメントを書き込んで渡すと、男性は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう!」
「また来てくれよな。アンタの顔、忘れちゃってるかもだけど」
「あはは。忘れちゃってもいいよ。でも、いつか覚えてもらえるように、がんばって通いますね」
「マジいい奴だね、アンタ」
コハクの言葉に男性がにっこりと嬉しそうに笑った。すると、コハクもつられたように、にっこり笑う。それは相似的な笑顔で、噛み合っていないのになぜかとてもバランスが取れている雰囲気があった。アイドルとファンの不思議な対称性を見た気がして、面白いなとわたしは思った。
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