第三章 瑠璃は転がり弾かれ惑う
第三章 瑠璃は転がり弾かれ惑う①
今日のわたし達は、次のライブのためにレンタルスタジオでリハーサルを行っていた。動きやすい格好に着替え、鏡張りのスタジオでみんなで歌とダンスをおさらいするのだ。
わたし達の場合、ダンスの先生が付くのは新曲リリースの振付けを覚える時だけで、それ以外は記録映像と記憶を頼りに進めている。その時に頼りになるのは実はコハクだ。
スポーティなウェアをすらりとした長身に纏うコハクが、鏡の前のヒスイに近づく。
「ヒスイ、違うって、そこはこうだろ」
「ご、ごめん……」
コハクは小さい頃からダンスを習っていて、振付けの先生にも「普段はコハクの動きをお手本にしなさい」と言われるほどだった。ダンスを覚えるスピードも記憶力もメンバーの中で一番いい。
「見てろよ、ヒスイ、こうだからな! ワン、トゥー、スリー、フォー、トゥー、トゥー、スリー、フォー! わかったか?」
「えっと……ワン、トゥー、スリー、フォー、トゥー、トゥー、スリー、フォー……?」
「うん……まあ、さっきよりはいっかな」
「ご、ごめんね。もう一度やってみる!」
一方、うち最年少のヒスイは、歌は上手なのだが、実はダンスが苦手。本人曰く、運動音痴らしい。それでも、休憩中の今も首に掛けたタオルで汗を拭きながら必死に復習している。コハクはああ見えて面倒見のいいところがあるから、そんなヒスイの練習をちゃんと見てくれるのだ。
床に座って水筒の冷たいお茶を飲んでいたわたしの隣に、ヒスイを見終えたコハクがやって来た。
「ラピスちゃんはさすが、年の功だけあってそれなりに見えるように踊るよな」
「まあね。おばちゃんはいろいろ誤魔化す術を身に着けてるのかもね」
「キャハハハ!」
わたしの返答になぜか嬉しそうに笑ったコハクは、次に休憩中にもスケッチブックを広げて絵を描くルチルに目を向ける。
「ルチルはちょっと動きに癖があんだよな」
「でも、それって個性だからいいんじゃない? わたし達の場合、必ずしも動きが揃ってるからいいってわけじゃないでしょ?」
「まあな。程度を外さないくらいには揃ってるし、ちょうどいい感じなんだろーな」
伸びをしながら、コハクは千沙子に目を向ける。彼女も体を小さく動かしながらダンスを復習していた。
「レッスン中のルビーも実はヒスイレベルで酷いっちゃ酷いんだけど、アイツはステージ出ると化けるからな」
レッスンでの千沙子はあまりキビキビした動きはしない。これが本番では元気一杯に体を大きく動かして、ポニーテールを振り回しながら飛び跳ねるのだ。
「ルビーはマジ天職なんだろな、アイドル」
「コハクは?」
「あん?」
「コハクはアイドルしてるのって、どうして? モデルに専念したいとかは思わない?」
コハクはチラリとわたしの方を見て、それからまた視線を外し、斜め上でくくられた茶色の髪をいじりながら口を開いた。
「正直、リリイベとか特典会とか面倒くせーって思う時もあるけどさ。一度あのステージ立っちゃうとヤバイ」
「ヤバイ?」
「うん。うちらの音と動きに合わせてさ、フロアが動くじゃん。その時のうちらって最強じゃん。なんかそういうの、よくわかんねーけど、嫌いじゃない」
コハクは野性味のある表情でニッと笑った。
「そっか」
わたしは水筒の蓋を締めて立ち上がる。
「ラピスちゃん?」
「ちょっと話したいことがあるの。みんなも来てくれるかな」
わたしはみんなにこれからは現場にマネージャーが来ないことを告げた。売上げのことは伏せて、鈴本さんが他のグループとの掛け持ちで忙しくなったからだと説明した。
「えー、マジかー」
「たいへん……なのかな?」
コハクとヒスイは戸惑いの表情で、既に聞いていた千沙子は表情を変えず、ルチルは背景を察したのか難しい顔で聞いている。
「でも、こういうスタジオの予約とか、スケジュール管理とかは事務所でやってくれるから。ライブとかイベントの時はわたしが現場との調整をするし、安心して」
「ふーん。でもよ、なんかそれってラピスちゃんがタイヘンなんじゃねーの?」
コハクが首を傾げると、ルチルが彼女に組みついた。
「そう思うならコハクも少しはおとなしくするナリ。ラピスちゃんに苦労かけないようにしないとダメだニャ!」
「あん? テメー、まーたそうやってうちのことからかって、ふざけんなよ」
「ふざけてないナリ。マジなお話だニャ」
今日は青のコンタクトレンズが入ったルチルの瞳が、ジッとコハクの目を見つめた。コハクはつまらなそうに舌打ちする。
「わかってんよ!」
口を尖らせつつ頷くコハクに、わたしは目を細める。
「じゃあ、最後に通しでやったら今日は終わりにしようか」
『はーい』
なんとかこの五人でやっていけるように頑張ろう。わたしは改めて決心した。
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