第15話目が覚めたかも

 水江に停学処分が下された日のこと。 


「くっそ!面白くねー!」


 その日、水江は担任の説教が終わった後、帰宅を言い渡され、しぶしぶ孤独に学校を後にした。


 ただでさえはらわたが煮えくり返る思いたわというのに、家に帰れば更に母親の説教が待っている。


 仕方なく駅前のバーガーショップで時間を潰すことにした水江は、コーラのLサイズだけを注文し、最も端の席でスマホをいじっていた。


「だから~、待ち時間5分って言ったでしょ!何回間違えてんの!」


「……すいません」


 レジの方から声が聞こえてきた。


 きっと出来の悪いバイトを教育しているのだろう。


 でも、今の声はもしかして……?


 そう思った水江がレジに視線を移すと、


「え?真白?」


 今最も憎い人間がそこで働いていた。


 水江にとって、学校外での彼女の活動などは微塵も興味がなかっただけに、アルバイトをしていることも知らなかった。


 それにしても、彼女の雰囲気は学校にいる時とはまるで違って見える。


 叱られてはそれに怯えているようだ。なんでバイトなんかしているんだろう、と思いつつも腹いせにからかってやろうかという邪心が沸いてきた。




「……じゃあ、お先に失礼します。お疲れ様でした」


 真白が店を出ると、そこには不敵な笑みを浮かべる水江がいた。


「おーおー、おつかれー、ふふっ」


「……何の用かしら?学校の外でまであなたの顔なんて見たくないんだけど」


「まあそう言うなって、ホラこれ」


 スマホの動画を見せる水江。


「っ!」


 そこに写っていたのは、バイト中に先輩に叱られて涙目で謝る真白の姿。


「このカッコ悪い動画、クラス中にバラまいちゃおっかな~」


 ただの逆恨みである。水江は単純に、真白の悔しがる顔が見たいだけなのだ。


 その瞬間。


「う、うぐっ!」


 真白が一瞬で水江の懐に入り、胸倉を掴んでいた。


「ねえ、そんなに私が目障り?」


 水江の想像以上にその力は強く、恐怖で足がすくむ。


 それでも水江は、負けたくなかった。


「……当たり前じゃない!あんたみたいに、一人でも平気って奴がいると、目障りなんだよ!」


「なんですって……」


「アタシ等は、一人じゃ不安だからつるんでるんだろ!それが普通だよ!あんたみたいなのは、イジメられて当たり前なんだよ!」


 双方そのままの体勢で、しばらく沈黙が続いた。


「……って、おい、何してんだよ!」


 真白が水江のポケットから、財布を取り出した。


「てめー、慰謝料でも取るつもりかよ!」


「なかなかいい財布じゃない」


 その財布を軽く宙に放ると、用途の分からないハサミを取り出し、


「……思いしれ」


ナイフのように表面を切り付けた。


「あぁーーっ!!」


 落ちた財布から現金が散乱する。


「誕生日に……ママに買ってもらった、サマンサベガの財布……」


 涙で滲ませた目が、真白を睨みつけた。


「てんめぇぇーーっ!!」


 今度は逆に、水江の方から胸倉を掴みにいった。


「ぜってー許さねーぞコラ!!」


 背の低い真白の足が宙に浮く。


 今にも殴りかかろうとした時、


「あなたも……そんな顔できるのね」


「えっ?」


 いきなり何を言っているのか、水江には分からなかった。


 ただ、真白の体は少し震えていた。


 今までずっと見下していると思っていた真白が。泣くのを堪えているような顔まで見せて。


「やりすぎたのは認めるわ……でも、私は謝らないから……」


 ふっ、と水江の手から力が抜ける。


 なんだよ……。


 今さら……


 そういうとこ見せんなよ……。


 水江がぼそぼそとつぶやいた後、しばしの沈黙が流れた。


「ごめん」


「なんであなたが謝るのよ……」


「っせーな!とにかくごめんって!」


 まだ震えの止まらない真白が、少し笑った。


「どういう心境の変化かしら……ふふっ」


「知らねーし!とにかくもうやめだ!」


 顔を真っ赤にして、水江が叫んだ




「私があなたに奢る理由が見つからないのだけれど」


「そのくらい、いーじゃん!あの財布いくらしたと思ってんの!」


「やれやれ……」


 二人は五百円のパスタ屋に来ていた。


「とにかく、これで全部帳消しな!」


「勝手なものね、今までのことを棚にあげて」


 オレンジジュースを飲みながら悪態をつく真白。それを言われてテンションの下がった水江は視線を下に落とす。


「なんつーか、アタシ色々と誤解してたよ……お前のこと」


 パスタをフォークでぐるぐると巻きながら言葉を探す。


「要は……結構クセが強いけど……自分のポリシーみたいなもん、しっかりもってるんだよな、お前って」


 真白は鼻で笑った。


「何よ、気持ち悪いわね」


「うっせ」


「でも、私も似たような心境よ」


「え?それってどーいう……」


「そうね……あなたのこと、下僕第一号にでもしてあげようかしら」


 そう言うと、水江の頭を軽く撫でた。


「はあ?なんでアタシが!」


「あなたに興味が湧いたからよ」




 軽食を済ませた二人が店を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。


「ねぇ、み、みずえ」


 ぎこちなくも、初めて名前で呼んでみた。


「な、なーに?ましろ」


「今度の休み、駅裏の古着屋に行かない?」


「あ、意外。真白そーいうとこ行くんだ?」


「学生のお小遣いなんてたかが知れてるわよ。その限られた予算で精一杯楽しむのがおしゃれの醍醐味だと思わないかしら」


 真白が水江に興味をもった以上に、水江の方が彼女に惹かれていた。友達の多い水江がより相手のことを知りたいと思うのは初めてだった。


「上等じゃん!アタシがファッションに本気だしたらヤバいよ!」

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魔法少女エクスコーデ @katze1

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