epilogue:夢も現実もまだまだ続く

 クリスマス会が終わって約3か月後。

 本格的な春の到来を実感する3月の上旬であった。

 理子が事務所のポストを覗くと、一通の封筒が入っていた。

 宛名を見ると、それは竹原ひとみからの手紙であった。


◆ ◆ ◆


 アニマ合同会社 御一同様。


 お久しぶりです。竹原ひとみです。

 私は今日、さくらの園を卒園し、無事、宇都宮の福祉大学に入ることになりました。

 また、改めてあのクリスマスのお礼を言わせていただきます。

 本当にありがとうございました。

 ノゾミはすっかりさくらの園で人気者です。

 新しい家族をお迎えできて、ますますさくらの園に笑顔が増えました。

 あのクリスマスイベントは、私とさくらの園の最高の思い出です。

 みなさんや、ミコト、そしてノゾミに負けないよう、私もこれから頑張っていきます。

 また、お金の件、お待たせして申し訳ございません。

 お時間を取ってしまっていますが、必ずお返し致します。

 皆さんもお体に気を付けて、お仕事頑張ってくださいませ。


 竹原ひとみ


◆ ◆ ◆


「へえー、ひとみちゃんもいよいよ大学生っすか。頑張ってるっすね」

 希が見ている隣で千咲が首を突っ込んできた。


 いま、アニマ合同会社のメンバーは5人に増えた。

 真砂千咲がアニマ合同会社に入社したためである。

 とはいっても彼女は希と同じか、それ以上に自由人で、また大学の非常勤講師やら自分の仕事で忙しい身である。

 異例ではあるが、千咲とアニマは、顧問契約を結んでいる。

「私、やっぱりのぞみんの人形最高だと思うっす。やっぱり自分も良い仕事はどんどんやっていきたいっすよ!」

 あの時の仕事がよほどやりがいがあったということもあるのだが、千咲がこのアニマと顧問契約を結んだのにはこんな事情がある。


 あの後、あのアニメーションを大学で発表したところ、その完成度の高さから生徒のみならず教員からも注目を受けたという。

 ストーリー自体は、完全にさくらの園の子供たちを喜ばせる演出のために作ったものだったので、一般ウケはしないだろうなというのが千咲の意見だった。

 だが一方で、映像の完成度の高さについては大学の生徒のみならず教員もうなるほどだった。

 とりわけ、造形の完成度の高さ、強いて言えばポラリスメイデンに注目が集まった。

 完成度の高い人形アニメを作ったという噂は、大学に出入りしているアニメの制作プロダクションの人間の耳にも入った。実際にポラリスメイデンを目の当たりにし、千咲を介して「もし良かったら、立体アニメ用の造形をお願いできないだろうか?」という商談にまで結びついたのである。

 そんなこんながあり、真砂千咲もアニマの一員に加わった次第である。


 今では人形も含め、様々な造形を、希と智咲が手掛けるようになった。

 以前見送られた3Dプリンタの導入についても、色々な造形に詳しい千咲と希の二人で有効な導入方法について検討を開始し、まだ時間はかかりそうだが進展が見られつつあった。

 また、これは優奈の発案で、あのさくらの園で公開した映画を、ポラリスメイデンのPR用の動画に再編集することになった。

 その動画はウェブ上で公開され、ポラリスメイデンの最高の宣伝材料になっている。

「あのクリスマス会の取り組み、思ってた以上のリターンになったわ。おかげでウチのビジネスのすそ野が広がった」

 とは、理子の弁である。


 だが一方で悩みもあった。

「優秀な人が増えるのは凄くありがたいんだけど、本当に大丈夫かなぁ」

 人が増えると、往々にして社員の意識を統一することができず、バラバラになってしまうこともある。

 とりわけクリエイティブな人材というのは、各々の職人的なこだわりや思い入れから衝突しがちだ。

 希と智咲は比較的うまくやっているものの、ただでさえ希と理子二人の時だけですら意見の衝突が激しかったのに、気難しいクリエイターが増えれば、それだけ衝突の可能性も増加し、その分、理子の心労が増えてしまう。

「ウチのビジネスモデルを簡潔明瞭に表現できるキャッチフレーズがあるといいんだけどね」

 会議の場でそう理子が言うと、優奈からこんなアイデアがでた。

「じゃあ、こんなキャッチフレーズはいかがですか?」

 そういって彼女が筆ペンで綺麗な文字を書き始める。

 最近知ったのだが、彼女は書道をやっているとのこと。

 彼女が考えたのは、こんな標語だ。

『夢、笑顔、希スピリット』

「おおー! 最高のフレーズじゃないですかー!」

「やめろ!」

 千咲は賛成したが、希は顔から火が出るほどに恥ずかしかった。

 でも理子の一存で「ひとまずこれを標語にするね」と決定が下された。

「でもまだまだ課題は山積みだからね。もっと収益性を上げないと合格点には至らない。みんなには頑張ってもらわないとね。わかってる? オーダーメイド製品の利益率は90%だからね!」

 と、希と智咲に、そうはっぱをかけた。


 アニマ合同会社は、4月にいよいよ第4期を迎えることになる。

 次の年はどんなことが起こるのか、誰にも予想はつかない。

 だけど、ポラリスの姉妹のように、楽しいことも苦しいことも、皆となら乗り越えられる。

 そんな風に希は思った。


 希は工房に飾られた写真を見る。

 あのさくらの園の、クリスマスイベントで撮った写真だ。

 写真の中では、さくらの園でクリスマスを祝う、みんなの笑顔にあふれていた。

(この笑顔がアタシのポラリス。だから私はいつまでも歩き続けられる)

 その笑顔を真正面に見つめて、希は新作の人形作りに入ったのだった。

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