episode5-7:夢と現実が起こす奇跡―クリスマスイヴにそろう家族
「なんでお前いんの?」
達郎は希から「行く人が多いからドライバーお願い」とだけ頼まれていた。
12月24日。
今日は関東にうっすらとだが雪が降るという予報であった。少し早めに達郎は出発し、そして埼玉のアニマの事務所へやってきた。
今日は車二台で栃木へ向かう予定らしい。
希や理子や優奈はもちろんだが、真砂智咲と、そして貴理子も行きたいという話になったからだ。
貴理子は後部座席を一人で陣取り、ずいぶん優雅なものだった。理子の運転する車は4人なのに、これでは貴理子だけ随分待遇が良い。彼女は大して何もしてないはずなのにだ。
「なんでいるのって、ここの従業員だからだよ」
「なんで俺がお前なんかのためにドライバーしなきゃならんの?」
「なに? 実の妹を乗せるのは嫌っていうの? 娘の方が良かったか。まぁそりゃそうか。親も妹も全部捨てて、一人で東京に出るような薄情者だもんねお前」
「死ね」
「アンタが死ね。あ、もう癌は本当に治ったのかい?」
「残念ながらな、もう完治したぞ」
「そりゃ本当に残念だ! 癌で苦しんで死ねばよかったのに!」
だんだん本気でイラついてきたが、これ以上言い合っていると事故を起こしそうだったので、達郎は運転に集中することにした。
達郎は貴理子と子供のころから反りが合わない。妹である明坂貴理子のことはいつも鬱陶しく感じていた。
本当はこんなやつの顔なんか見たくもないのだが、一方で貴理子はなぜか希に何かと世話を焼き、自ら率先して仕事をしている様だった。別に達郎には関わってこないのだが、彼女なりに思うところがあるという事か。
「それにしても希ちゃん、大人になるにつれてアンタに似てきたよね。アンタと違って人への思いやりはあるけど、こうと決めたら突っ走るところはそっくりだ」
「てか、なんてわざわざお前も行きたいなんで言い出したんだよ? こういうの面倒くさがってなかったか?」
「希ちゃんが作った作品だよ。見なくてどうするのさ。アンタだって希の作った作品、見たいだろ?」
「まぁな」
9月に久しぶりに娘と再開した時、自分にしてはらしくなく説教をしてしまったなと思った。
その後、希なりに決心がついたらしく、さくらの園のために企画を考えたのだという。
貴理子から聞かされていたが、今回希は人形を使ったアニメーションを制作したらしい。
アニメなんて門外漢で、実際初めての取り組みだったわけだが、ポラリスメイデンを使い、他にもたくさんのクリエイターを巻き込んで制作した自信作だという。
アニメというのも発想の転換だが、あの希が他の人たちと一緒に作るというのも随分珍しいことであった。娘はあまり共同作業は好まず、一人でもくもくと仕事に打ち込むタイプであることを達郎は知っていた。
それを成長と呼べるかは分からないが、希がまた一つ、新しい壁を乗り越えたことは間違えない。
それが実際にどんなものなのか、見届けたい気持ちは達郎にもあった。
やがて栃木に入り、さくらの園に到着する。
表には花園とひとみ、そしてたくさんの子供たちがそろっていた。
「メリークリスマス!」
子供たちがそう言って一同を歓迎した。
全員でプレイルームへとやってくる。
子供たちが行儀よく座ると、部屋は暗くなり、プロジェクタで画面が映し出された。
アニマ合同会社が、このクリスマス会のために企画したアニメが始まる瞬間だった。
タイトルは『ポラリスの姉妹』。
映像はおよそ10分足らずの短編である。
タイトルに続いて、アニマ合同会社と、そして美術学校の生徒たちのクレジットが出る。
本来こういうものは最後に流すのが定番らしいのだが、演出の都合で最初に回したのだ。
あるところに、白髪のおじいちゃんが住んでいました。
おじいちゃんは身寄りのない子供たちを養い、みんなで仲良く暮らしていたのです。
中でも、おじいちゃんの事がとても大好きな姉妹がいました。
「ミコトちゃんだー!」「もう一人いるよー?」「誰ー?」
妹の名前はミコト、そしてお姉さんの名前はノゾミだった。
二人は双子の姉妹でした。
「ミコトちゃん、お姉さんがいたんだね」
ミコトはしっかりものの妹さん。子供たちの事が大好きです。
でもノゾミは好奇心旺盛な女の子で、家の中でじっとするのが大嫌い。
お姉さんなのにいつも勝手に遊びまわり、何日も家に帰ってこないこともありました。
『ノゾミちゃん、あなたお姉さんなんだから、もっと子供たちの面倒も見てちょうだいよ』
『ヤだよ。アタシは遊ぶ方が大好きなんだから!』
そんなある日、おじいちゃんは病で倒れてしまいました。
そしておじいちゃんは姉妹にお願いをします。
『この家と子供たちを守っておくれ』と。
おじいちゃんはそのまま死んでしまいました。
おじいちゃんのお願い通り、ミコトは家と子供たちを守ろうとします。
だけど、ノゾミはわがままを言いました。
『アタシはお外に行きたい! いろいろなところを旅したいの!』
それが元で喧嘩をしてしまい、ノゾミは家を飛び出してしまいました。
ミコトは、一人で家と子供たちを守ることにしました。
でもミコトはノゾミのことを、いつもいつも心の中で心配していました。
いっぽうノゾミは、家には一切帰らなくなり、その代わり色々な場所を旅していました。
楽しいことも辛いこともたくさんありました。
でも外の世界はとても刺激的で、多くの人たちと接することで、ノゾミはたくましく成長していきました。
ですがそんなある時、海のほとりでぼんやりと、水平線の向こうを眺めていました。
これからどこに行けばいいのかな? そんなふうに悩んでいたのです。
すると、どこからともなく、水平線の向こう側から不思議な声が聞こえてきました。
『どうしたんだい?』
どこからか声をかけられる。つい答えるノゾミ。
『これからどうすればいいか、分からなくなったんです』
『君は冒険が大好きなんだろう。ずっと好きなように旅を続けなさい』
その声に、ノゾミは答えた。
『私は色々な物を見てきました。でも、いつまでも何かが満たされない。どれだけ楽しくても、幸せになれないの。これからどこに行けばいいのかも分からない。私はこれからどこに行けばいいのでしょうか?』
声がノゾミに語りかけた。
『あの一番輝いている星が見えるかい?』
『はい、見えます』
『あれに向かって歩きなさい。そうすればクリスマスの日に、君が一番幸せになれる場所にたどりつけるから』
『わかりました。あの星に向かって歩いてみます』
その声に従い、ノゾミは歩み始めた。
一方、ミコトは毎日、子供たちの世話をしながら平和に暮らしていました。
子供たちが寝付くと、外に出て、山の一番高いところから星を見上げていました。その目には涙が輝いていました。
いつも思っていることは、ノゾミお姉ちゃんの事ばかりだったのです。
『お姉ちゃん、どうか早く帰ってきてください。ミコト、とても寂しいの』
ノゾミは歩き続ける。暑くても寒くても、強い風が吹いてても雨が降ってても歩き続ける。
そしてある日、雪が降りはじめ、力尽きて倒れてしまう。
するとあの不思議な声が聞こえてきた。
『どうしたんだい? もうあと少しなんだよ。あの一番輝いている星に向かって、頑張って歩きなさい』
最後の力を振り絞って歩みだすノゾミ。
やがて、一つの建物が見えた。星だと思っていた光は、家から漏れる光だったのだ。
そして家の扉があくと、そこにいたのはミコトだった。
その瞬間ノゾミは気づきました。
ノゾミが本当に大事だと思っていたものは、このおじいちゃんが残した家と、ミコトや子供たちの幸せそうな笑顔だったんだと。
ノゾミはミコトに駆け寄った。
ミコトとノゾミは強く抱きしめあう。
二人で夜空を見上げると、トナカイに乗ったサンタクロースが飛んでいた。
そのサンタは、なんと死んだはずのおじいちゃんでした。
『ミコト、メリークリスマス! ノゾミ、メリークリスマス!』
――その瞬間、部屋が暗転し、真っ暗になった。
『さくらの園のみんな、メリークリスマス!』
サンタクロースのおじいちゃんの声とともに、パッと部屋が明るくなった。
そして子供たちの目の前に、二つのドールが現れる。
そこに現れた二つの影に、子供たちが一斉に歓喜の声を上げる。
ノゾミとミコト。双子人形が、子供たちの前に現れたのだ。
わー! っと子供たちが姉妹人形へと駆け寄った。
「おかえりー! ミコト、ノゾミー!」
「ずっと居なかったから寂しかったー!」
「でもお姉ちゃんとまた会えたんだね! よかったね!」
子供たちのはじけんばかりの笑顔にプレイルームのなかが満たされる。
その様子を見守りながら、大人たちがいっせいにクラッカーを鳴らした。
――さくらの園のみんな、メリークリスマス!
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