episode5-5:夢と現実が起こす奇跡―人形アニメ作り
希と理子がその東京にある某美術大学に足を運んだのは、月曜日の午後1時くらいのことだった。
二人は早めに雑務を片付け、優奈と貴理子おばさんに事務所を任せてやってきたのである。
二人は相手方との待ち合わせで大学の中にあるラウンジに入った。
ひとまずラウンジ全体が見渡せる隅の方の席で待っている。
ラウンジにはまばらだが生徒たちがいて、みんな少し個性的な感じだった。
「ウチの出身大学とは全然違うな」
「アタシがいたところはこんな感じだったけど」
理子が出たのは政経学部がある大学で、希は造形を学ぶ専門学校だった。
なにやら大学生たちがすこしこちらをチラチラ見ているように感じる。見知らぬ大人たちがいるのだから仕方がないか。
こういう空気も懐かしいような、ちょっと新鮮なような、そんな不思議な感覚であった。
――と、
「あ、お待たせっす」
そういって、見知った顔が現れる。
「お二人、けっこう目立ってますよ。オオカミとバリキャリのペアはコントラスト強すぎっす」
「誰がオオカミよ」
聞き捨てならずむくれる希。理子があいさつした。
「久しぶりね、千咲ちゃん。夏のイベント以来ね。元気してた?」
「もちろんです。健康第一っすから」
真砂千咲だ。
例の即売会のワークショップの際にも顔を出し、オークションの件を教えてくれた人である。
フィギュアなどの立体造形などを手掛けていることは知っていたが、その傍らで実はこの大学に非常勤で勤めているというのは、今回初めて知ったことだ。
希や理子たちとは年齢も近いことがあり比較的仲良しである。
「今日は忙しいところありがとね」
「いやいや、まさかお二人がアニメに興味があるとは思いませんでしたよ。だって、のぞみん、オタには結構厳しいじゃないですか」
「いや、そんなオタク嫌いとかじゃないんだけど。あとのぞみんってやめてくんない」
いまのは真砂なりのジョークだったが、希は真に受けてしまい真面目に否定する。
真砂千咲はあっけらかんとした性格だがシニカルな側面もあり、人をおちょくるような態度をとっている。こういうのもムードメーカーなのかもしれない。彼女には不思議な人徳があり、理子も実は結構気に入っていた。
「でも本当に急な話ですねー。アニメ作りたいなんて、どういう風の吹き回しっすか?」
そこはやはり疑問な様だった。彼女にはまだ「人形アニメを作りたいので、そういうのに明るい人がいたら紹介して欲しい」としか言っていない。詳しいことはいまから話すところだった。
「うん、実はね、児童養護施設の子供たちのために作ろうって話なのよ」
「ほう……」
真砂はその話に興味を示した。
理子が要領よく経緯を順序立って説明しはじめる。
児童養護施設で見たこと、話したこと、子供たちの活き活きとした姿。そしてミコト。
理子は自分でその目にしたことを、熱心に千咲に伝えた。
「……それでね、単純に人形を作るんじゃなくて、このミコトちゃんを題材にして人形アニメを作るのがベストじゃないかって話になったの。それがついこの前の事でね。千咲ちゃん、どう思う?」
「感動っす」
と、それこそ本当に涙でも浮かべそうな顔で千咲は言った。
「作るの大好きなのぞみんならともかく、ビジネスがメインの理子っちが率先して動くから、なにか大きな仕事の話かなって最初思ってました。そうじゃないんですね。理子っちが利益を度外視で真剣に子供たちのことを考えるの、すごい感動っす。なにより人形から始まる子供たちの笑顔。本当にクリエイター冥利に尽きるお話じゃないっすか」
素直な感想なのだろうが……軽く頬を赤らめつつ、理子は咳払いをした。
「ま、アレよ。仮に本件が実現しなくても、映像業界を詳しく知るのは今後の活動に大いに役立つと思ったの。これだけ立体アニメが人気なら、それだけ造形を売るチャンスも眠ってるってことだしね。ウチにとっても販路拡大の大きな機会だし、無駄にはしないわ」
「素直じゃないっすねぇ。本当はのぞみんのためのクセして」
肯定も否定もできないことを言われ、理子は頬をかいて沈黙してしまう。彼女のペースに巻き込まれつつあるなと自覚し、とりあえず質問でお茶を濁す。
「千咲ちゃん、相談に乗ってくれる?」
「もちろん。お二人のために一肌脱ぐっすよ」
と、胸を叩いて見せたが、次の瞬間難しい顔になる。
「でもぶっちゃけクリスマスまでに出来上がるか怪しいっすね。とりあえず具体的な話をしましょうか。まず先にカネのことなんですけど……」
説明の中で、予算は非常に限られている旨は伝えていた。
「こういうのってどのくらいかかるものかな?」
そう尋ねると、千咲は、んー、と首をひねる。
「映像の世界もピンキリなんで一概には言えないですね。まずお二人がどんなレベルのモノを要求しているか分からないし」
「ごめん、実はそれ、私たちも分かってないの。ついこの前知って、映画を何本か見ただけで、それ以外の事はサッパリ」
「じゃあそうっすね……例えば、これ、自分で作ったやつなんですけど」
そう言って、彼女は自分のスマホを取り出した。立体アニメだ。人形ではないが稼働タイプの模型で制作したコマ撮りアニメーションである。まるで国営放送で出ている子供向けに制作されているような、作りこまれた映像だ。
「すごい、これ千咲ちゃんがつくったの?」
「いやいや、たいしたもんじゃないっすよ。ちなみにコレ、撮影のカメラはスマホを使ったんです」
「マジで?」
「マジっす。だから撮影自体は、実は誰にでもできるっすよ。もちろん、撮影のノウハウとか編集とかオーディオ周り……映像の専門技術は山のように必要ですけど、カメラ自体はスマホでもイケます」
それは意外な話であった。もっと大掛かりな設備をイメージしていただけに、自分のスマホでもできるというのは驚きである。
「……で、もしこのくらいのレベルで充分っていうなら、なんとかなるかもしれませんね」
「すごく良いと思う」
そう言ったのは希だ。率直な感想に千咲が頭を掻いた。
「いや、のぞみんにそう言ってもらえるとなんだか照れちゃいますなぁ」
「もしこのくらいのモノを作るとしたら、どのくらいおカネかかりそうかな?」
「いや、それなら別に大して予算に悩む必要はないと思うっすよ」
「そうなの?」
意外な返事に驚く。
「大学の協力が得られればですけどね」
千咲はそう答えた。
「設備は大学の関係者なら、授業の邪魔にならない限り自由に使っていいんですよ。だからこの映像のために設備費を出す必要はないかと。ただしやるなら人手がいるので、学生さんたちの協力は必要不可欠っすね。ただ、撮影や編集はともかく、立体造形そのものはの方はアニマさんの持ち出しになるっす」
「それなら大丈夫。ウチにあるものを持ってくるから」
「なら、問題は人手と時間っすかねぇ……」
そこはたしかにネックだ。アテにしている学生たちだって暇ではないだろうし、期間は、クリスマスまであと三か月ちょっとというところだ。
「クリスマスまで三か月ちょい、かぁ。……ちょっときつめっすね。今の話から察するに、ストーリーとか絵コンテなんかも用意してないっすよね?」
「ゴメン、ない」
希が正直に答えた。
「必要な造形の方は? そのミコトっていうお人形さんは?」
「それは大丈夫。話が終わり次第、さくらの園に打診して、一回こっちで預かるから」
「んじゃあこういうスケジュールっすかねぇ」
ノートを取り出し、千咲はざっくりと予定を書き始めた。
それはアニマからしてもかなりキツめのスケジュールだったが、ギリギリどうにか実現できそうという感じは受けた。
「準備にはあまり時間、割けません。なので早めにお話と絵コンテ作りましょう。自分とのぞみんで考えるってことでいいっすよね?」
「分かった」
「あとは、生徒の中でこの話に興味持ってくれる人を探しましょう。……のぞみん、今日お人形さん、なにか持ってきてません? ポラリスメイデン」
「ああ、うん。持ってきてる」
これが無いと話にならないと思い、希は一体だけ事務所のディスプレイに飾っているそれを持ち出していた。
それを千咲に手渡す。
「……相変わらずいいっすね、ポラリスメイデン。これでアニメつくるとか、なんかワクワクしてきたっす!」
それから三人は具体的な検討に移った。
希と智咲が具体的なストーリーについて話し合っている間、理子は席を外してさくらの園へ電話をした。応対したのは花園だった。
花園に今回のアイデアを伝え、是非にとお願いされた。横でこの話を聞いていたらしいひとみも、その内容にすごく興奮していたという。
「では、これから見積りを検討します。今、具体的なところを詰めているので、週末までにお送りします」
『分かりました。今回は本当にありがとうございます』
花園にそうお礼を言われた。
その事を希と智咲に伝えると「じゃ、後は人手っすね」と言い、千咲は立ち上がった。
「この時間は、立体アニメ作ってる人たちが集まってるから、とりあえず顔出しますか」
そう言って千咲は二人をスタジオの方に案内する。
千咲に案内された場所は立体アニメ専用の撮影スタジオだった。
千咲が顔を出すと、生徒たちが会釈する。
「あ、先生お疲れ様です。……えーと、その人たちは?」
何人かの生徒がこちらに気づき、注目が集まるのを感じた。
年齢はさほど離れていないとはいえ、やはり学生と社会人では風格に大きな隔たりがあり、興味がある反面、怖がっている風にも見えた。
千咲が二人を紹介する。
「こちら守谷理子さん、見た目通りとても優秀で辣腕の経営者。こちらは人形師ののぞみん。見かけはオオカミだけど中身はヒツジみたいに可愛いです」
人の目が無ければひじ鉄でもかましていたところだが、希はぐっとこらえた。
だがその紹介で走っていた緊張感がすこし和らぐ。千咲なりにムードを考えたということだろうか?
「こういう人形を使ってアニメ作りたいんだけど、興味ある人いない?」
そう言って千咲はポラリスメイデンをみんなに見せると、どこからともなく「おお……!」という感嘆の声が漏れた。
美術の一環で立体アニメーションを制作している生徒たちである。興味津々の様だ。
美術や映像や造形に一家言あるような者たちの集団である。理子は最初、彼らがどんな反応をするかと心配したが、彼らの目には驚きと感心が浮かんでいるのが分かった。
そして理子は、周りにある学生の造形の方に目を向ける。
(希に比べるとやっぱり甘いわね……)
本来比べるようなものではないのだが、学生が手内職で作る造形と比較すれば、ポラリスメイデンは完成度が異常に高く、得体のしれない存在感を放っていた。
完全な自己満足だったが、理子は内心、愉悦を感じてしまった。
「すごいですよコレ、ポーズも自在だし、自立するよ、ほら!」
瞬く間に生徒の注目がその人形に集まってくる。
「すごすぎない? こんな人形初めて見た……」
「え? これ先生が作ったんですか」
「違うよ、こちらのスーパークリエイターのぞみんの作品だよ」
生徒たちの羨望の眼差しが注がれ、希は少し狼狽した。
「でさ、のぞみんが作った人形を使って、立体アニメ作ろうかって話になってるんだけど、興味ある子いる?」
すると、さほどためらうことなく何人かの生徒が手を挙げた。
とりあえず興味があるという人達も含め、理子から改めて今回の主旨と経緯の説明が入る。
皆、その話に真剣に耳を傾けていた。そして、そこにいたメンバーでアニメを作ることがきまる。
「やったね」
理子は軽く希の肩を叩いた。
希はうんと首を縦に振った。
いよいよ、さくらの園のための新しいプロジェクトが始まった。
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