episode5-4:夢と現実が起こす奇跡―新発見
さくらの園のみんなに見送られ、三人は埼玉へと帰る。
さくらの園のクリスマス会で、どんなことをするのかは、これから考えることになった。
希は必ず最高のクリスマス会にしてみせると約束したが、理子の方は明確な答えを出せず「アニマで出来ることを考えてみます」とそれだけを言うにとどめた。
「でも、まさかミコトがさくらの園にお迎えされていたなんて驚きだったわね」
優奈はあんまり知らないが、そのミコトというのはポラリスメイデンを始めるきっかけとなった、アニマで初めて製作した人形とのこと。希からすれば格別の思い入れのある人形だったのだろう。
希は帰るまでの間、終始嬉しそうだった。助手席に座っていた優奈はバックミラー越しに希を見て、こんな笑顔ができる人なんだなと改めて感じた。
埼玉に戻ると、三人はあれこれとアイデアを出し合い始めた。
いいアイデアはいろいろと見つかるものの、ベストと言えるかというと難しく、質を求めるとどうしても費用がかさむ内容になり、なかなか結論が出せなかった。
日中は事務所に集まって話し合いをしていたが、夜になると夕食がてら理子がお気に入りのダイニングカフェへと場所を移し、それからも三人はずっと話し込んでいた。
「児童施設のイベントの予算だし、正直どのアイデアでやってもやりくりするのはかなり厳しいんだよね」
採算を合わせるというのは今回の企画をやるうえでの大前提だ。理子ももちろんそう考えているし、希も父の言葉に襟を正された。
話し合う。知恵を絞る。知恵はカネに勝る。
「いいアイデアにたどり着くには時間がかかりそうだな」
「でも、あまり時間はかけられないわ。正直このままだと、良いアイデアができても企画倒れするかもしれないし」
今は9月の半ば。そろそろ10月も見えてきている。
しかもポラリスメイデンの販売と手芸関連の素材の販売も開始したことで、希と理子の仕事が一気に忙しくなった。
その中でさくらの園の子供たちのための企画を進めるのだから、身体がいくつあっても足りなかった。
「児童養護施設の子供たち、家族、カナエ、んー……」
理子はボールペンで頭をトントンたたく。どんな体験が子供たちにとってのプレゼントになるのか、なかなかベストな選択が思い浮かばなかった。
その内容をじっと見つめて、優奈が挙手した。
「あの、ちょっといいですか?」
「うん、なに?」
「いま私たち、子供たちの事を主役として考えて、子供たちに体験をさせられればいいかなって方向で考えてるじゃないですか。でも、それ以外の選択ってないんでしょうかね?」
「うーん……?」
意味がわからず理子が首をかしげる。
「つまりどういうこと?」
「この前のさくらの園で分かったことって、ようするにミコトちゃんがすごく特別な存在だってことです。だからこそ、ひとみちゃんもあんなに希さんにこだわってるわけですよね」
「……そうね」
「それなら子供たちを主役に考えるより、ミコトちゃんを主役にして考えてみませんか?」
「ミコトを主役にか……」
確かにその発想はなかった。希も理子も子供たちの事ばかりを考えていたが、子供たちの視点には、立てていなかった気がする。
子供たち、そして竹原ひとみはミコトを特別視している。
だからこそ、その製作者である明坂希に相談してきたんじゃないか。
理子は一気に視界が開けたような気持ちになった。
「優奈、アンタ頭いいな」
その賛辞を口にしたのは、希だった。理子からは良く褒めてもらっているが、希からここまで手放しに賞賛されたのは初めてだった。
「嬉しいです」
胸にじんと熱いモノがこみあげてくる。
「いや、本当に良い発想の転換ね、これは。そうだなぁ……」
理子が再び考える。
「みんなはミコトが大好きで、希もさくらの園で大人気だもんね。モテモテだった。だったらむしろ、ワークショップみたいな体験イベントじゃなくて、もっとショーみたいなものにしたほうが良いのかな?」
だがそうなってくるとさらにピンとこない。
せいぜい人形劇くらいしか思い浮かばないが。それもちょっと何かが違う。
そもそもポラリスメイデンは自立性や遊びやすさを追求して、可動性も柔軟性も高いタイプだが、比較的重いので軽快なお芝居には向かないと思う。
その時、希の中に何かが一瞬ひらめいた気がした。
それが何かを探る前にそのアイデアは消えてしまったが、何かこれまでとは違う手ごたえを感じるひらめきだ。
(なんだ今の……)
お見せに備え付けのテレビが目に入る。
海外の古い映画で、いかにも分かりやすいコメディ映画が映っていた。
映画には詳しくないが、古いにしたって随分動きがぎこちないなと思った。
撮影のトリックか、登場人物の服がひとりでにどこかに飛んだり、脱いだ靴がかってに歩き出したりする。
ただの道具が、まるで命でも吹き込まれたかのように生き生きと動いていた。
「なぁ、あれなんだ?」
そういって二人にテレビの方を見るように促した。
なにとかと思い、二人もその映画を見るが、希が何を見せたいのか理解できないようだった。
「あれがなんなの?」
理子に尋ねられたが、希もどう表現していいか分からず困ってしまう。
相変わらず映画の中では椅子だの服だのが勝手に動き回っている。
映画の中の人物は困っているように頭を抱えていた。
「あれってCGとかじゃないでしょ? どうして動いてんの?」
「撮影のトリックじゃないですか? でもなんか不思議な感じがしますね……モノが勝手に動いてるなんて」
はっと、三人は顔を見合わせた。
おそらく三人とも、同じことが思い浮かんだに違いなかった。
「アレ、やろう」
希はそう言った。
希の言う「アレ」とは、ストップモーション、もしくはピクシレーション、コマ撮りアニメなどと言われる技法の事だった。
映像関連にはまったく疎い三人だったが、「撮影技法」で調べて比較的容易にその言葉にたどりついた。
しかもそれは古い技法かとばかり思いきや、今もなお続く撮影技術として、様々な映画やアニメの表現方法として使われていることを知った。
何より、その撮影技法によっていろいろな人形のアニメーションが作られているというのも、このアイデアを後押しする大きな原動力になった。
三人は理子の家に集まり、代表作と呼ばれる人形アニメをレンタルし、それを観た。
「全然知らなかった。人形にこんな用途があったんだね」
玩具や人形、造形そのものを作ることばかりしかしてこなかったアニマの社員たちにとって、そのフィルムの世界はまさに驚きと興奮の連続だった。
そしてもし、ミコトを題材にした人形アニメを作ることができれば、さくらの園の子供たちへの大きなクリスマスプレゼントになるに違いない。そんな確信があった。
「これをやるべきだわ。多分これ以上のベストな選択肢はないと思う」
理子が頷く。
「そうね、そして問題は、どうやって作るかってことだけど……」
今三人は、有名な人形アニメのメイキング映像を眺めていた。そして、悩む。
撮影のカメラはもちろん、ライトや舞台装置など、随分大掛かりな設備を使って作られていた。
また口パクや表情は、ひとつひとつ専用の顔のパーツを用意して、撮影するたびにそれを交換していた。こんな大掛かりな設備は用意しようがなかった。
なにより、こうした撮影も、あくまで映画を作る一工程に過ぎないという問題もある。
ひとつの映画を作るというのが、どれだけの労力を伴うか想像だにしないが、一応なりともクリエイターの端くれである希は、こうしたものを作るには素人のなまじっかの努力でできるものではないと直感した。
「立体造形そのものはウチにあるものでも賄えると思うんだけど、ウチだけで映像をつくるなんて絶対に無理ね。もしやるなら、他社に委託するしかないと思うわ」
「でもそうなると、予算もかかりますしね……」
そう。作ること以上にのしかかってくる問題は予算だった。
何事も規模によるのだろうが、こうした映像を作るのにどれだけのカネがかかるか。そもそもさくらの園のおカネで賄えるのか、まったく見当もつかなかった。
「まぁここでうだうだ考えてても始まらないわ。ひとまず、知り合いのクリエイターの人にあたってみる。私たちが知らなかっただけで、もしかしたら映像制作会社の人とつながっている人がいるかもしれないし」
理子はそういって、さっそく知り合いのクリエイターに連絡をかけた。
今日は日曜日だし、すぐには返事来ないだろうなと思いきや、存外あっさりと、クリエイターの一人から連絡が返ってきた。
『自分のいる大学、立体アニメ作ってるっす。興味あるっすか?』
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