episode5-3:夢と現実が起こす奇跡―最高のクリスマス会を目指して

 その後、理子が「子供たちの様子を見学できませんか」と申し出て、プレイルームの方に案内された。みんなで遊ぶために用意されたスペースである。

 中では子供たちが無邪気に遊んでいた。中には、すごく幼い子供たちもいる。

 でもみんな、暗さなんか感じさせない、とても明るい笑顔を見せていた。

 幼い子供たちに囲まれて、ミコトはいた。

(久しぶりだな)

 心の中でミコトに話しかける。心なしか、ミコトが微笑んでくれたような気がした。

「あそこにいる翔くんとノエちゃん、今年入所したんです」

 ミコトとその周りにいる子供たちを示して、ひとみが説明をする。

「最初はやっぱり落ち込んでて、なかなかみんなと打ち解けようとしなかったんです。でも、ミコトちゃんと一緒に遊ぶようになって、少しずつ笑顔を取り戻しました」

 楽しそうにミコトと一緒に遊ぶ子供たちの姿を目の当たりにして、希は改めて思う。

 自分の夢は、とっくに叶えられていたんだなと。

(アタシってバカだな。もっとはやく気づいていれば、理子とも喧嘩なんかしなかったのに)

「だめー! 私がミコトと遊ぶのー!」

「ああケンカしちゃダメよ!」

 子供たちがミコトを取り合ってけんかを始めてしまう。保育士の人が慌てて仲裁に入るが、片方の子供が泣き始めてしまった。

 つい、希はその子たちに近寄ってしまった。突然見知らぬ大人が現れたので、子供たちもビックリして泣くのを止めてしまった。

「こんにちは」

「こんにちはー」

 堅い面持ちで挨拶をする。希はにっこり笑って手に握っていたそれを子供たちに渡した。

「上げる」

「すげー、きれー!」

 希がハンドメイドで作った、桜をモチーフにしたブローチだった。

 児童養護施設ならこういう小物とか、使い道あるだろうなと思って、あらかじめ用意してたのだ。

「そのミコトちゃんに付けてあげたら?」

「うん!」

 ミコトの服にブローチを付ける。子供たちは瞬く間に笑顔になった。

「ねーちゃん、なまえはー!?」

「アタシ? ノゾミだよ」

「ノゾミねーちゃん、いっしょにあそぼー!」

「うん。いいよ。それからさ、ミコトの事、もっとよく教えてくれるかな?」

 子供たちがニコリと笑った。


 もう夜も更けた。

 結局希たちはそのままさくらの園に泊めてもらうことになる。「せっかく来ていただいたんですから、ぜひ」という花園の言葉に甘えたかたちだ。

 希と理子と優奈は、同じ部屋で眠っていた。理子も優奈も疲れたようで、すぐに眠ってしまった。

 希はまだ寝付けずにいた。眠れなかったのだ。

 今日という一日が、あまりにも刺激的な体験で、今も興奮がさめやらず、目が冴えてしまっていた。

 結局あの後、みんなは子供たちとずっと遊んでいた。仕事のことなんかなにもかも忘れて、楽しいひと時を過ごした。

 夜になるころにはクタクタになり、優奈はベッドに潜るなり可愛い寝息をたてながら眠ってしまった。

 なんだか喉が渇いてきて、二人を起こさないようにそっとベッドから出る。と、

「楽しかったね」

 理子だ。

「なに、起きてたの?」

「ずっと考え込んでたもんで……子供たちの事をさ」

「そう」

「私たち、あの子たちのために何ができるかな?」

「……まだ分からない」

「そうだね、でも、何かしてあげたいよね」

「ああ」

 短く会話をして、希は部屋から出た。


 室内のどこに水飲み場があるか良く分からず、あちこち彷徨っていたら先ほどのプレイルームにたどり着いてしまう。

 と、部屋を覗くとそこに人影があった。

「ひとみさん?」

「あ、希さん」

 今日一日で打ち解けたせいか、自然とお互いに下の名前で呼ぶようになった。

「寝てなかったんですね」

「お互いにな」

 そう言ってひとみのそばによる。そして二人でミコトを眺める。

 今日あげたさくらのブローチが月明りを反射してキラキラと輝いている。

「希さん、ちょっと外出ませんか?」

 と言っても広場だ。設置されているブランコに乗りながら月を眺める。

「あの子、本当に希さんが作ったんですね」

「ああ、アニマを立ち上げて、初めて作った人形だよ」

「希さんがミコトを作ってくれたおかげで、子供たちに笑顔が戻ったんです。本当にありがとうございます」

「こっちこそ、今日は凄く楽しかった。久しぶりにな」

「あと、今日は色々迷惑なこと言っちゃってすみません」

「ははっ、アンタ花園さんに結構叱られてたな」

「よく怒られるんですよ。私、思い込みが激しくて直情的だから気を付けなさいって。昔から言われてるのに全然直ってないです……」

 すこし思い詰めたような様子だ。さっきからギコギコと軽く小刻みに揺れていた。

「卒園したらどうしようかなって、そればかり考えてます」

「外に出るのが不安なの?」

「まぁそうですね。私、さくらの園の外なんか知らないし、地元から出たこともほとんどないもので」

「何をするかは決めてないの?」

「一応奨学金で福祉関連の短大に進む予定です。でも、それも宇都宮の短期大学なんですよ。みんなのそばから離れるの、やっぱり怖いし寂しいです。なにより家族ですから、卒園しても側にいたくて……」

「はは、ウチの親父に聞かせてやりたいよ」

「希さんのお父さんですか?」

 きょとんとした様子で、ひとみが訪ね返してくる。

「ウチの親父、結構な自由人でね、親父も田舎出身らしいんだけど、故郷捨てて東京に出て、色々な仕事してきたらしいよ」

「そんな人もいるんですね……」

「でも、そんな親父も癌になっちゃってね」

「え?」

 ビックリしたらしく、ひとみがこちらを見る。誰だって同じ反応をするだろうな。

「言っておくけどもう治したってさ。でも、あり得ないのは、癌になったことをずっとアタシにも黙ってやがって、つい最近、偶然知ったんだ」

 苦笑いする。

「人生いろいろあるさ。でもウチの親父みたいに好き勝手生きててもちゃんと家庭も作って子供も育てられるんだし、家族想いのひとみちゃんなら大丈夫なんじゃないの?」

 我ながら何というヘタクソな励ましだろうと思った。

 しばらくしたのち、ひとみは訪ねてくる。

「クリスマス会の事なんですけど」

「うん」

「やっぱりワークショップは無理ですよね?」

 やはりまだ、あきらめきれないらしい。

「ゴメン、無理」

「そう、ですか……」

 理子ならともかく、人形師本人に言われたら、それ以上は何も言えないようだ。

「ひとみちゃん、たぶんワークショップよりも、もっといい方法があると思うの。それを考えるわ」

「もっといい方法ですか?」

「今日子供たちと一緒に遊んで子供たちの事を良く知ることができたわ。だからワークショップなんかよりも、もっと子供たちを楽しませる方法が見つかると思う。それを真剣に考えたい」

 ひとみの方を見る。

「ミコトに誓う。絶対に最高のクリスマス会にしてみせるから」

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