episode5-2:夢と現実が起こす奇跡―全ての始まりが今ここに
「もうひとみちゃんがお話したかと思いますが、ひとみちゃんは今年度で施設を卒園しなければいけません」
その言葉に、ひとみは暗い表情を浮かべてうなだれて見せる。
その様子から、本当はさくらの園から出て行きたくない気持ちが垣間見える。
「それで毎年クリスマス会では、最年長の子が率先して企画するのが恒例になっていまして、今年は彼女がリーダーになってクリスマス会の企画を練っていました。園の子供たちと最後の思い出作りのチャンスだからって、とてもはりきってまして」
なるほど、だから最後に素敵な思い出が作りたいと、そういう話になったわけか。
「ただ、ここって田舎でしょう? 企画を考えると言っても限界がありますし、なによりウチもあまり裕福な方ではないので、あれこれ考えたりしらべたり、そうしているうちにアニマさんのワークショップに行き着いたようなんです。それで突然問い合わせをしてしまって……」
この話の流れはまずいな、と、理子は焦った。
まだその話をする前に聞かなければならないことがある。
少々強引だが話の流れを変えた。
「ところで、ひとみさんは、ここに入所して長いんですか?」
「はい。彼女が5歳の頃、両親を失いまして、不幸な事故だったんですが、親戚もいなかったので、このさくらの園に入所したんです」
希の身体がこわばる。
希も5歳の頃に母が死んだ。母の場合は病死だった。そして父も、癌になった。
大人になった今でさえ、親が死ぬことに恐怖や悲しみを感じて大きく揺さぶられてしまう。一歩間違えれば自分も両親を失っていたかもしれないと思うと、ひとみの境遇に感情移入しないほうが無理だった。
「どのくらいご存じかは分かりませんが、児童福祉施設に預けられる子供たちには、大なり小なり似たような境遇にあります。両親を不幸にして失ったり、親に虐待されて入った子もいます」
「あの、私からも質問いいですか?」
希だった。彼女の言葉に興味がわいたらしく、話を促す。
「花園さんは、どうしてさくらの園の運営をされているんでしょうか? 何か、特別な思い入れがあるのでしょうか?」
「……さくらの園は、もともと私の父が立ち上げました」
花園は答える。
「私のお父さんは若いころ、この土地で育ちました。貧しい身の上だったそうですが、周囲からいろいろ助けられて、東京の大学にまで行ったそうです。その後、故郷に恩返しをするために、この土地に戻ってきました。そして、自分にどんな恩返しができるのかと考えた父は、身寄りのない子供たちを支援しようと、そう考えてさくらの園を立ち上げたとのことです。……あ、アレ、私の父の写真です」
そういって飾られている写真を見る。とてもやさしそうで、慈しみに満ちた顔である。
(見た目も性格もウチの親父とは正反対だな)
希の父である達郎なんか、故郷に恩返しするどころか半ば故郷を捨てるかたちで東京に飛び出した。
オッサンの人生一つとっても、いろいろあるんだなと思うとともに、花園の思い入れの原点を知る。
「花園さんは、お父さんの作ったさくらの園を守りたかったんですね」
「子供の数だけ、歴史があって、未来がある。父はそう言っていました。なにより、さくらの園にいる子供たちは、私にとって家族同然ですから」
ちらりとひとみを見る。
「私は父とともにさくらの園の子供たちと一緒に育ちました。私にとって、そして、みんなにとって、兄弟であり姉妹であり、可愛い子供たちなんです。私はみんなの笑顔を守りたい。みんなに幸せになって欲しい。そう願っています」
彼女の優しい笑顔がどこから来るのか、希にはなんとなくわかった気がした。
少しだけ間が空き、そして理子が話を継いだ。
「あの、花園さんはどうお考えでしょうか? 今回のひとみさんの相談について……」
「はい、もしみなさんがお力になってくれるなら、私もとても嬉しいです。正直、先ほどの守谷さんのお話、とても感動しました。もし皆さんが協力してくれれば、きっと子供たちにとっても素敵なクリスマスプレゼントになると思いました。ただ――」
チラリと、花園は希の方を見た。
「ポラリスメイデンって、先ほどの話を聞く限り、すべて明坂さんがお一人で、イチから全部おつくりになられているんですよね? 一体作るだけでもすごくお時間、かけてらっしゃるようですし……。普段お仕事をされながら、ウチにいる50人分の子供たちのお人形なんて、可能なんでしょうか? それに、ひとみちゃんがメールで書いた通り、予算もなくて、人形1個買えるか買えないかくらいのお金しか用意できないと思います。お忙しい中わざわざいらしていただいたみなさんに、無理を言うことはできません」
この辺り、花園は大人だ。夢と現実のバランス感覚はしっかりしている。
少しだけ考えるような間をおいて、理子が答える。
「私どもも出来る限りみなさんのお力になりたいと考えてます。ただ正直、もしポラリスメイデンを50個作ってくれってなりますと、お引き受けはさすがに難しいです」
「あの、いいですか?」
竹原が小さく手を上げた。どうぞ、と促すと、
「ワークショップはどうやってやりくりしたんでしょうか? ポラリスメイデンは最低でも10万円以上しますよね? それを参加費5000円で、どうしてできたんですか?」
ダメよ、と、花園は小さな声で竹原をたしなめた。さっきから一言発するたびに、ひとみは叱責されてばかりだ。
ただ恐らく彼女の性格からして、納得できる返事があるまでめげずに聞いてくるだろうな。そう思い、理子は用意していた答えを口にする。
「……それなんですが、実はイベンターさんが、ワークショップのために事前にドールを買ってたんですよ。必要なおカネは、主催者さんが負担してたんです。他のクリエイターの作ったハンドメイドの販促にもなるからということで……」
これは完全な嘘だ。だが本当のことを言っても、会社の事情など理解できないから、もっともらしい方便を使うべきだと理子は考えたのだ。
この嘘には希も少々ムッとなったが、よほど自分の意に沿わない流れにならない限り、希は口を挟まないようにするつもりだったので、何も言わずに沈黙を守る。
「なるほど。そういうことだったんですね」
花園はその説明で納得したらしかった。が、竹原はなお食い下がる。
「やっぱり、おカネないと無理ですか? 私、どうしてもアレと同じことをやって欲しいんです」
ヒートアップしかけるひとみを花園がいさめる。
「あの、ひとみさん」
口を開いたのは優奈だった。
優奈もずっと話の動向を見守っていたのだが、訊きたいことができたので挙手する。
「あ、お電話をいただいた時に対応したの、私です」
「あ、ど、どうも……」
その時のことを思い出してバツが悪くなったのか、ひとみがどもった。
「これはただのアイデアなんですけど、ウチには人形を作っているクリエイターさんがたくさんいます。知り合いのクリエイターにかけあってご紹介できるかもしれません」
栃木に向かう道中にあれこれみんなでアイデアを出し合っているうちに、そんなアイデアが生まれた。
アイファンシーには様々な人形師とのつながりはある。希一人では物理的に不可能なワークショップでも、有志を募り、クリエイターがチームを組んでワークショップを開くという方法もあるのでは?
理子も「良いアイデアだね」と言ってくれたし、希も「子供たちが喜ぶならそれもアリかもね」と一応は賛成してくれた。
「正直、お話したように明坂一人でやるのは大変すぎるんです。だから、何人か人形師を集めて、みんなでワークショップを開くという方法もアリかなと考えているのですが……」
「明坂さんの人形じゃなきゃイヤです」
きっぱりと、ひとみはそう言った。その決然とした意志に三人はしばしきょとんとした。と、
「すみません、実はそこには、私も同感です。私も明坂さんのドールでなければ意味がないと思う」
よもや、花園までそう言ってくるとは思わず、ぎょっとしてしまう。
どうして二人は、希の人形にそこまでこだわるのだろうか?
いや、人形というより、むしろ明坂希にこだわっているようにも感じる。
だからつい優奈の口からこぼれた。
「どうしてそこまで?」
「姉妹だと思ったんです」
ひとみの言葉は謎めいていて、まったく意味が分からない。
「ポラリスメイデン、姉妹だと思ったんです。ウチにある人形と……」
「え? 人形、あるんですか?」
意外な話だった。
「はい。お母さん……あ、理事長が、買ってくれたものです。二年以上前にお迎えして、今では家族の一員みたいなものなんです」
「すみません、言い出すタイミングを逃してしまったのですが……」
そういって、理事長はタブレットで写真を見せた。
子供たちの集合写真のようだ。そして真ん中に写っているのは、ひとみ。
ひとみは人形を抱きかかえていた。
「あっ!」「えっ!?」
希と理子が釘付けになる。
「これ、希さんが作られた人形ですよね?」
その人形は、ミコト。
アイファンシーと、ポラリスメイデンの始まりとなった、希が最初に手掛けた人形だった。
その懐かしい姿に、思わず希は口元を抑える。
花園が続ける。
「私が買わせていただきました。実は私も、子供のころから人形は好きだったもので……オークションでたまたま出品されたものを拝見して、初めて見つけた時、本当にすごい人形だなと。まるで生きているような、そんな印象を受けました。でも、これは子供たちにプレゼントした方が良いなと思って、さくらの園に置くことにしたんです。すると、子供たちからも凄く評判良くて……新しい家族が増えたような、とても幸せな気持ちになりました」
ミコトを抱いているひとみも、それを囲んでいる子供たちも、とても朗らかで素敵な笑顔だ。
希は声を出すことができない。あまりにも感極まって、口を開いたら涙があふれてしまいそうだったからだ。
希の夢は、本人が知らないところで、すでに叶っていたのだ。
(カナエとアニマが、アタシの夢、叶えさせてくれたんだね……)
父の作ったカナエと、理子が立ち上げたアニマ合同会社があったから、ミコトが生まれ、こうして子供たちの笑顔を実現できたのだ。
希たちの様子を見守りつつ、花園が続ける。
「私が今回の件をひとみちゃんから訊いて、ポラリスメイデンを見た時、私、すごく驚きました。本当に姉妹みたいにそっくりなお人形だと思ってたら、どちらも明坂さんの作られた人形だったんですね。運命だと、私は感じたんです」
そう言って花園は一通の手紙を取り出した。
ミコトを送ったときに、希が購入者へ宛てた手紙である。
希はこの手紙にこう書いていた。
◆ ◆ ◆
この度は「ミコト」をお迎えしていただきありがとうございます。
このお人形には人の心が宿っています。
そして、人形には人を笑顔にする魔法が込められています。
あなたの新しい家族として、ミコトをお迎えしてあげてください。
明坂希
◆ ◆ ◆
ミコトを作っていた時の、あの言葉にできない感情が溢れてくるのを感じた。
希の中で全てがつながった。
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