episode5-1:夢と現実が起こす奇跡―依頼主との面談

 希と理子、そして優奈が、栃木県さくら市に足を運んだのは、平日を挟んだ次の土曜日の事だった。

 すっかり景色は秋めいてきて、夏の暑さはどこかに消え去ってしまっていた。


 理子と希の話し合いの結果、とりあえずさくらの園へ行き、依頼主である竹原ひとみに会いに行こうという話になったのだ。そう決めた月曜日の朝、竹原ひとみに電話をかけ、まずは会って話をしたい旨を伝えた。

 その翌日、今度は花園楓と名乗る中年のおばさんから電話がかかってくる。その人はさくらの園の理事長で、竹原ひとみから本件を引き継いだと言っていた。

『色々ご迷惑をおかけしてすみません。ただ、もし良かったら私も皆さんにお会いしたいと思います』

 花園は「お願いする立場なので、こちらからアニマの方に伺いますね」と申し出てくれたが、理子たちは児童養護施設を見学したいという気持ちがあったため、ひとまずこちらから足を運ぶと伝えた。花園も「そういうことなら是非」と快諾した。

 栃木への足にはレンタカーを使った。この距離だとさすがに日帰りはしんどいし、荷物もあるので電車だと大変だった。運転は理子がした。高速道路を使えば2時間くらいで到着できるはずなのだが、理子は高速道路を嫌い、国道4号を進む道のりを選んだため、休憩込みで3時間かかった。

「なんでこんなチンタラ進まなきゃいけないんだよ」

「仕方ないでしょ! 私、そもそも運転苦手なんだし……」

「せっかくMTで免許取ったのにもったいないなぁ」

 文句を言う希にむくれる理子。優奈はおずおずと質問した。

「あの、ちなみに希さんは免許は?」

「ああ、アタシもMTで取ったよ。そこそこ上手いつもりだけど」

「じゃあなんで希さんが運転しないんですか?」

「優奈、こいつに運転してもらうくらいなら、私の方がマシだから……」

 理子は横やりを入れた。優奈は首をかしげて質問する。

「理子先輩、希さんに運転してもらったことあるんですか?」

「うん。それで、もう二度とコイツの車には乗らないと誓ったわ」

「何言ってんだよ。アタシの運転、とってもスリリングで楽しかっただろ?」

 その言葉に優奈の背筋が凍った。

「優奈、こいつハンドル握ると性格変わるから」

「肝に銘じておきます」

「ちぇっ、アタシも運転したいなぁ……」


 奥州街道に入るころには、もうすっかり田舎町が広がっていた。

 栃木県さくら市は越谷とは比較にならないほどの田舎で、見渡す限りの田園風景である。

「なにもねぇー」

 希がぼやいた。

「こりゃ子供たちも退屈だろうなぁ……」

 田舎には田舎の良さがある、とはいうものの、やはり東京のように何でもあるような場所と比べれば、若者にはつまらないと感じることが多いだろう。

 本音を言えば優奈も、田舎の生活に嫌気がさして、都会の大学に入りたいと願ったクチなので、苦笑いしかできなかった。

 国道4号から外れ、およそ進むこと30分。12時を回った頃に、瀟洒な作りのさくらの園の建物まで到着する。

 今はお昼ご飯の時間の様で、パッと見、子供たちの姿は見えない。

 と、一人だけ玄関前にポツンと女の子が立っていた。たぶん高校生くらいと思われる女の子だ。従業員には見えないので、おそらくこの児童養護施設に入っている子供のなのだろう。

 こちらに気づいたのか、その少女が近づいてくる。

 その少女は理子に向かって話しかけてきた。

「あの、アイファンシーの方ですか?」

 その呼び方でピンとくる。

 社名と通販サイトの区別がついていないことから、たぶんこの子が竹原ひとみなのだろう。

 髪をポニーテールにして、いかにも活発な子供らしいエネルギーを発している。

「はい。アイファンシーを運営しているアニマ合同会社の、守谷理子です。で、こっちが――」

「あなたが明坂さんですね!」

 理子の紹介を無視して、ひとみは希の手をガシッと掴んだ。押し倒さんばかりの勢いである。

「私、人形を見てすごく感動したんです! お会いできてとてもうれしいです!」

「あ、うん。よろしく……」

 その勢いに、めずらしく希はひるんでしまっているようだ。


 竹原の案内で施設に入る。

 職員室に案内されると、そこには白髪まじりの品の良さそうな女性がいた。

「お母さん! アイファンシーの皆さんが来ました!」

 そう言われてその女性が立ち上がる。

「初めまして、さくらの園の理事長を務めている花園と申します」

 そう自己紹介すると、花園は三人を小さな応接スペースへと案内する。

 花園と竹原は「お茶を持ってきます」と言って一度その場から外れた。

 やがて二人でお茶を運んでくる。

 理子と希と花園は、各々名刺交換を済ませる。花園が話を切り出した。

「わざわざご足労いただいて、ありがとうございます。あと、今回は色々ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」

 開口一番、花園はお礼とお詫びの言葉を口にした。

「この子が送ったメールを私も拝見しましたが、一方的なお話ばかりして、ちゃんとご相談もせずに、ほんとうにすみません。ほら、あなたも……」

 そう言われて竹原はしゅんとなり「すみません」と言って小さく頭を下げた。

 たぶん、この花園からかなり叱られたのかもしれない。花園の事を「お母さん」と呼んで慕う竹原には、そこそこ堪えただろうことが察せられる。

「まぁ、それは全然大丈夫ですよ。おかげでこうして皆さんとお会いするチャンスになったわけですし」

「つかぬことを聞きますが、アニマさんは、女性の方だけでお仕事されているんですか?」

「はい。ここにいる三人と、もう一人パートのおばさんがいて、四人で回しています」

「それってすごいですね、女性ばかりっていうのは何かとご苦労があるんじゃないですか?」

 希もよくは知らないが、福祉関係はおしなべて女性の割合が多いと聞く。このさくらの園もそうなのであろうか? その質問からも花園の苦労が垣間見れる気がした。

「まぁ、まだまだ駆け出しの会社ですから、正直かなり四苦八苦しています」

 先方も少し興味を覚えたようなので、理子は会社を起こしてからのこの3年間のことをかいつまんで話した。

 これは仕事の話ではなく、あくまで親睦を深めることが目的であるということをアピールする狙いもあった。

 玩具メーカーを辞めてから起業までの経緯、アニマという社名の由来。鳴かず飛ばずで生活にも苦しむ日々。新たなビジネスとして、アイファンシーの立ち上げ。それを支えるクリエイターたちの存在。ついでに理子と希の喧嘩の日々。アニマ合同会社というものがどんな存在なのか、それを理子は丁寧に伝える。

 その話に花園と竹原は真剣に耳を傾けていた。一通り話を終えると、花園は感心しきったように頷いた。

「たったの三年でそこまでされるなんて、本当にすごいです。まだ皆さんお若いのに、そこまでできるなんて、驚きです」

「昔に比べれば起業の敷居も下がってきましたし、時代に助けられた感じではありますね」

 そう理子は謙遜して見せる。花園は更に尋ねる。

「つかぬことをお聞きしますが、ドールとか手芸ってそんなに売れるものなのでしょうか? あまり売っているお店って多くないと思うんですが……」

「ウチのサービスは玩具を扱うとかというより、どちらかというと個人で活動しているクリエイターの下支えをすることを仕事の主軸に置いています。今はクリエイターの活動もすごく活発なので、そういう意味では時代に即した仕事をさせてもらっています」

「うーん、なるほど……」

 これにはあまりピンとこなかったのか、花園は生返事だけを返した。

 馴染みが無ければ、おもちゃ売り場をイメージすることはできても、即売会のイメージはつかないだろう。

 と――、

「あのぅ、あのドールイベントのワークショップって、どうしてやったんですか?」

 竹原だった。「ちょっと……」と花園が竹原を肘でつついたが、理子は説明を始めた。

「あのワークショップは、イベンターさんから申し出があったんです。来場する子供たちのために何かしてあけられることはないかと相談を受けました。それで、ウチなりに考えた末に企画したものなんです。ポラリスメイデンそのものは、希が全部イチから制作をしている製品なんですが、その組み立てを親子で体験させてあげれば、いい思い出になるかなと思いまして。……これは発想の転換でした」

「それ、ウチでもやって頂けませんか? お願いします!」

 竹原は話の流れをぶった切って本題に切り込んできた。さすがに「こら」と花園がたしなめる。

「竹原さん、まぁ落ち着いてください。今お話したとおり、あのワークショップはあのイベントの来場者に喜んでもらうために考えたものです。それと同じように、今度はさくらの園の子供たちに喜んでもらうために何ができるのか考えたくて、まずは皆さんのことをもっと知ろうと思って伺いました」

「ひとみちゃん、アニマの皆さんはね、あなたや子供たちの事をよく知るために来てくれたのよ。だからちゃんとお話ししないとダメでしょ」

 そう怒られてしゅんとうなだれる。花園がまた頭を下げた。

「すみません、この子は根は良い子なんですが、せっかちであわてんぼうさんでして……」

 優奈はあの電話の一件を思い出し、軽く苦笑いしてしまった。

 理子が先を促した。

「すみません、差し支えない範囲でよろしいので、良ければ竹原さんや花園さんの事、さくらの園のこととか、教えてもらっていいでしょうか?」

「はい、もちろんです」

 そう言って、花園は竹原に目くばせした。

 アイコンタクトで確認を取ると、花園は今度はやや遠い目をして自分たちの話を始めるのであった――。

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