episode2-2:夏の終わりと死にかけのセミ―優奈の歓迎会

 本日の業務もつつがなく終了し、優奈の歓迎会ということで理子の自宅へと三人は向かった。貴理子おばさんも誘っていたのだが「どうせなら若い子たちだけの方が良いでしょ?」と遠慮して帰ってしまった。

「改めて、優奈ちゃん入社おめでとう。かんぱーい!」

「あ、ありがとうございます」

 理子と希と優奈、三人がグラスのジュースを口にする。三人ともアルコールは飲まないタイプなのでオレンジジュースにした。理子のお気に入りのドラマをみんなで見つつ、コンビニで買ってきたお菓子を食べる。

 本当は近くの焼き肉屋で歓迎会をするつもりだった。だが優奈としては、できればゆっくり理子たちとの会話を楽しみたいということで、理子の家で開くことにした。

 コンビニで買ったお菓子と出前のピザを広げる。その光景に希が皮肉を口にした。

「これ、歓迎会っつーかただの女子会じゃね?」

 たしかにその通りだった。が、優奈からすれば学生時代に戻ったような安心感があり、むしろ嬉しいくらいだった。

 もともと家が貧しく、気軽に外食を楽しむ習慣のなかった優奈からすれば、このアットホームな雰囲気の方が気楽だった。

 なにより大好きな先輩の理子とじっくり話ができる機会ができたことが、何より嬉しかった。

 軽い世間話をしつつ、三人でピザを食べる。と、希がふと思い出したように持ってきていた紙袋をあさり始めた。

「これ、アンタにプレゼント」

 そう言って優奈にそのケースを渡す。

 かなり大きくて重い。ついきょとんとしてしまう。

「あ、ありがとうございます。これなんですか?」

「開けてみ」

 促されるままに箱を開け、中の包みを開く。

「うわぁ……」

 思わず感嘆の声を上げる。それはポラリスメイデンだった。

「アンタ、アタシの人形、気に入ってくれてるみたいだったし、上げるわ」

「ほ、ほんとうにいいんですか?」

「衣装とかはアタシなりにアンタの好きそうなものとかイメージして作ったんだけど、どうかな?」

 言われてみればそうだった。このポラリスメイデンの装飾は、優奈の好みの牧歌的でシックなデザインでまとめられている。

「どうして私の好みがわかったんですか?」

「あんたたの服装とかメイクとか、使ってる小物とか。そういうのでなんとなくわかった。まぁ理子にも一応確認したけどね」

 大した付き合いがあるわけでもないはずなのに、たったそれだけで人の好みまで分かるとは、改めて明坂希の観察力と表現力に驚く。

 希からの意外なプレゼントに、優奈は人形を抱きかかえて笑顔になる。

「ありがとうございます。一生大事にします」

「ああ。それからその子、まだ名前つけてないから、自分で決めてね」

「はい!」

 今日一日の疲れが帳消しになるような、希からのサプライズプレゼントであった。

 それからも軽い団欒を続け、優奈も少しずつ希の人間性が理解できるようになってきた。

 優奈はアニマに入社してからというもの、正直希に対して「住む世界の違う人だな」という印象を持ってきた。

 希と優奈は実は同い年である。それを知ったのはつい昨日の事だった。彼女は専門学校の出のため、優奈がまだ学生をしていた頃からすでに働き始めていたらしい。

 幼いころから人形に対し並々ならぬ情熱を持ち、人形作りに人生のすべてをささげているような人間だった。その徹底的な完璧主義は、まさに職人の鏡と言っていいだろう。一方、とても同い年とは思えないぶっきらぼうなオッサンのようなしゃべり方と浮世離れした性格に、なんとも言えない迫力を感じていた。

 だがそれは彼女が人間関係に不器用なだけであり、本当はこうやって人の気持ちを理解できる人物なのだ。

 だからこそあれだけ人の心を虜にする人形を作れるのである。

 そしてふと、あることが気になった。

「あの、訊いて良いですか?」

「どうしたの?」

 突然話を振られて理子がきょとんとする。

「お二人はいつお知り合いになったんですか?」

「ああ、そういえばちゃんと話したことなかったっけ?」

 理子と希がお互いの顔を見合わせる。そして理子が口を開いた。

「もともと私と希は、同じ玩具メーカーに勤めていたの。同期だったのよ」

 優奈はその社名を初めて聞いた。某中堅玩具メーカーである。

「希ってさ、スーツ着てても雰囲気ちょっとおかしかったのよ。入社した時から気になって、それから友達になったってワケ。まぁ私は経理で希は営業だったから、全然部署は違うんだけどね」

「あの、話逸れるんですけど、理子さんはどうしてその会社に入ったんですか? 玩具の会社なんて……」

「意外?」

「はい。もっと金融とか証券とか、そっち系の会社に行くと思ってました」

「まぁね。私も元々そのつもりだったんだけど……」

 間を置き、続ける。

「就活してた時にね、私が昔からお世話になっていた親戚の人から声がかかったの。人手が足りないから入ってくれないかって。で、その人が勤めていた会社が玩具の会社だったってワケ。最初は玩具メーカーなんかイマイチだなって思ったんだけどさ、やってみると意外と楽しいなって思ったのよ。子供のころからガリ勉で、ビシっとした仕事に就くもんだと考えてたんだけど、意外と遊び道具に関わるのも悪くないかなってさ。ゆくゆくは知育玩具とか作るのもアリかななんて思って。まぁそう考え直して、その会社に入って、希と出会ったってワケ」

 そう言ってチラリと希の方を見る。愉快そうに話す理子と比べ、希の方は苦虫を噛み潰したような渋面をしていた。

「ははっ。希、アンタ、まだあの時のこと気にしてるんだ」

「そりゃそうだろ」

「過ぎたことだし。それに、アンタの言い分も分からくない。……社会人としてはまぁ、もともとアンタそういうやつだからどうしようもないわね」

「え? それってなんのお話ですか?」

「そもそもこの会社を興すきっかけになったトラブルよ」

 理子はさも愉快な事でもあったかのように笑って見せる。

「その会社ね、そこそこ玩具メーカーとしては売れ行きも業績も良かったのよ。でもね、手掛ける製品っていうのが……なんというか、他のメーカーが出しているような製品の劣化コピーみたいなものてばっかりでね。これが今売れているからそれに便乗した製品を作ろう、みたいなスタンスだったの」

「実際、子供たちはあの会社のおもちゃを嫌ってた」

 そう口をはさんだのは希だった。

「店頭に並んでいるあのおもちゃを見て、子供たちはどんな反応をするか自分の目で確かめたよ。はたしてあんな商品を親から買ってもらって、子供たちは喜んでくれるのかってね。でも実際は、あんまり子供のためにおカネを使いたくない親が、似たような物で安い方を選ぶっていう理由で買われていた。当たり前だけど、子供たちも全然喜んでなかった。子供が欲しいおもちゃを模倣しただけの、安っちぃ代用品でしかなかったのよ」

「でも会社のビジネスとしては間違ってない。実際に買うのは親であって、その親のニーズはしっかり掴んでた。だからそこそこ売れてたのよ」

 そう言ったのは理子だ。希の顔はやや険しかった。

「肝心の子供たちが喜ばない商品なんか、ダメに決まってるだろ」

「分かってる分かってる。……まぁ要するに、こんな調子で昔の会社で揉め事起こしたってワケ」

 呆れたような諦めたような顔で理子が続ける。

「新商品の企画会議の場でね、上司に食って掛かったワケよ。『なんでこんなニセモノばかり作らなきゃいけないんですか!!』ってね。当時の社内では比較的おとなしくしてたから、突然恐ろしい剣幕でキレたせいで部長も私も唖然としたわ」

「そ、そんなことがあったんですか……」

 なるほど、売り上げ重視の玩具会社と、作品へのこだわりが強い希とでは、水と油だ。

「ついでに言うと、そのブチ切れた相手ってのが、私のお世話になってたその親戚の人だったってオチ」

「えっ!? まさかその所為で理子先輩まで会社をクビに!?」

 そう思ったが、理子は手を振って否定する。

「まさかまさか。別に私はその時、希とそこまで親しかったわけじゃないし……。私も希も、自分から進んで退職したんだから勘違いしないでね」

「理子さん、親戚のコネで入ったんですよね? 反対されなかったんですか?」

「されたよ。でも、まぁ、青臭い話だけど、希の言葉は本物で、心を打たれた。それで色々と話し合って、起業しようってことになったの。だから会社に辞めるって言った時にはもう決意は固まっていたわ」

 聞く人が聞けば実に青臭い話かもしれない。でもそれだけ本当の想いを素直に表現できる人はそうそういない。

 就活中、面接のために自分の本音を押し殺し、フォーマルな社会人の仮面をかぶってきた。

 そうしないと内定がもらえない。ひいては生活できないからだ。

 この世の中で生きていくためには自分を押し殺すしかない。特に才能や目標といったものがない自分には。

 だが希と理子は違う。自分のしたいことや目標、才能を生かすために全力で世の中にぶつかっているのだ。


 それから一時間ほどで歓迎会はお開きになった。

 疲れが溜まっていたのか希は途中で寝てしまい、そのままほったらかしにすることになった。

「今日はありがとうございました」

 玄関口で優奈は理子に頭を下げる。希のプレゼントであるポラリスメイデンを入れた紙袋を持って。

「会社の事や希さんの事、色々教えてもらえて楽しかったです」

「こっちこそ、今日は久しぶりにじっくり話せて楽しかったわ。暗いから気を付けて帰りなさいね」

 理子が手を振ってこたえる。

「またこうやって三人でお話したいです」

「いいねー。今度ヒマができたら三人で遊びに行きましょう」

「はい」

 優奈ははれやかな笑顔でそう答えた。

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