23.煙は空へきえてゆく

 作戦決行日。


 ヘイズコードの街はある事件が起こり騒然としていた。



【皆さん。慌てず騒がずお逃げください! 街では死んだはずの久野が姿を現しました!】



 久野は先のほつれた服を着ていた。服は血が付着し、生臭い臭いが立ちこめる。それが彼の居場所を教えていた。気力つきたと装って、ある企業へ向かっている。



 そこに、飛翔したベーテンが三人だけ空から現れる。蝶のような編んだ糸を丁寧に背中へ密着させていた。



 久野は黒い糸を出して、敵意をむき出しに戦いに赴く。







「始まったな」



 ケヴィンは端末で中継を見ていた。作戦は順調のようで、ベーテンと久野が乱闘を開始している。苦戦すればエドが助けに入ると決めていた。


 現在は作戦通りに進んでいた。ケヴィンは警備員の服に着替えて、イシグロの背中をついていく。



「指定の位置に、権堂は到着したようだ」


「分かった」



 正面の彼は立ち止まり、人差し指を口に当てた。顔だけを動かして様子を見る。どうやら警備員が巡回しているようだ。これ以上、回り道しても解決に導かない。



「ケヴィン」


「分かっている」



 スーツは彼の皮膚に刃物を突き立てる。そこから黒い糸が血よりも粘着質に排出され、出欠が収まるよりも早く、糸が皮膚の中に編まれていく。股関節、膝、ふくらはぎと糸は身体を全体に包み込んでいた。指に届いたころ、口の上から糸が固まりだす。黒い感情なマスクが、顎と耳の後ろから鼻まで達していた。縦の穴が5つ形成される。



「久しぶりに本気で向かう」



インカムを黒い糸は機動させた。身体機能は飛躍的に向上して、ハシュに勝る攻撃力を手に入れている。通常のハシュは自身の身体を傷つけない。あくまで、拳の上を被せるだけだった。彼は自分の攻撃力を度外視して行動していた。



「今だ」



 合図と共に踏み出した。黒い糸を右手に集中させる。


 警備員一人を地面に伏せる。横にいた彼に銃を引かせないため、踏み込んでみぞおちを当てた。膝を打つ二人を壁際に寄せる。イシグロは後から付いてきて、用意したロープで縛り、連絡用の機械を入手した。


 二人は施設の外に到着した。そこは、大正時代を思わせる市役所跡だった。赤レンガの建物に中央は階段が用意されている。ガラス張りの入り口は明かりのない受付を見せていた。久野の騒ぎもあり、人通りが少なかった。警備員は誰にも見られていない。


 草むらに入り、入り口を避けて裏口へ走った。



「権堂だ」


「あっ」



 彼は普段通り白衣を着用している。突っ込んだ手から鍵を取り出し、裏口を開閉した。二人を誘導し、周囲を警戒し扉を閉めた。



「今のところ順調だ」


「ああ。院内の職員も久野の対処に追われている」



 権堂は構造を案内した。イシグロはケヴィンの後ろに付いていて、袖をひいて小声で話す。



「権堂を信頼して良いのか」


「俺の友人だ。俺をおとしめるようなことはしない」


「ケヴィン。1つ誤解している」


「何だ」


「俺はお前を同情して助けたわけじゃない」



 廊下の明かりが点滅している。彼の白衣が影の中で浮いていた。



「お前をやすらぎから出すとき、元よりビィを置き去りにするつもりだった。そのときに、お前を頼むって言われたんだよ」


「分かった」


「でも、俺も大人になっていく。権堂家としての責任があったんだ。だから、お前が初対面と同じような顔をするのがつらかったときもある」



 ケヴィンは権堂の罪の告白だと察して、話を傾聴した。権堂は振り向いて話さないから、心の声をはき出せている。



「父親が死んだから、兄弟は頑張らなくちゃいけなかった。だって、ヘイズコードに見捨てられたら終わりだから」


「へえ。俺はハシュだから言ってること分からねえけど」


「おい、イシグロ」



 三人は次第に階段を降りていく。緑色の床にひび割れが目立つようになる。



「まて」



 三人の前に男性が銃で相手を狙っていた。黒スーツにオールバック、テレビで見るより細い身体だ。



「権堂ワタル……」


「兄貴、俺たちの悲願を邪魔するなよ」



 権堂は弟を前にして動こうとしない。それにならい、後方も合わせた。敵は耳に手を当て伝言している。



「ケヴィン、どうして生きているんだ」


「耳を貸すな」



 銃声が響く。次の瞬間、権堂瑞樹は左肩から赤い染みを作った。ケヴィンは油断してしまった。



「どうして、お前らは分かってくれない。ベーテンは素晴らしい発明だ!」


「あれはハシュの劣化番だ。本来の機能をなくしている」


「あんなオーバーテクノロジーで人はわかり合えない。必要なのは人間よりも上の種族だ!」



 彼は腕をまっすぐに伸ばして銃で狙っている。鬼気迫る表情は、彼の真意をさらけ出す。



「人と人はわかり合う必要がある!」



 ケヴィンは久野に言われたことを思い出している。人と人はわかり合うだとか、大きな枠組みの話題をぶつけられた。彼自身、本意だったはずだ。



「お前の考えは間違ってないと思う」


「なに?」


「でも、人って表現は大きい。少なくとも、ワタルと俺はわかり合えない」



 天井に衝突音がした。目線を彼に戻すと、ワタルは糸を出し、誰かと応戦している。



「ワタルってハシュだったのか」



 彼は権堂家の最年少であり、周囲から期待されている立場だ。ハシュは年齢を設定し作成か、変異させることができる。


 そして、彼を邪魔したのは意外な人物だった。



「美津?!」



 ワタルに押し上げ、ケヴィンの方向に近づく。



「すみません。私、権堂さんと繋がってました」


「え?」



 彼女はベーテンや突入の示唆を裏から手配していたようだ。問題に彼女は関わっていた。



「今回は権堂瑞樹さんの味方ですよ。先に行ってください」


「ケヴィン俺も残る。ワタルはさっき、応援を呼んだはずだ」



 イシグロと美津は食い止めると承諾した。権堂は血だらけの白衣の内側から紙を取り出す。それは入り組んだ地図だった。



「今はココだ。右に曲がって階段を降りて、まっすぐだ」


「ありがとう。すまん、助けを呼べなくて」


「終わったら休めばいい。ビィの遺体は最下層にある」



 権堂は遺体の場所を探していた。国は彼女を探すの予算を割かなかったのは、国自体が手元に保管しているからだと理解した。



「行け。ケヴィン」


「ああっ。さよなら」



ケヴィンは暗闇の道を歩き続けた。



 彼は走りながら、自身の道を振り返っていた。菜月の手紙から他人を見ようと意気込んだこと。敵に背景があって、それを押し潰してしまった正義。往復の復讐で立場が揺らいだこと。そして、コーダにおけるエドと出会って価値観の衝撃。



 小春は元気だろうか。ケヴィンは泣き潰した自分を受け入れられた。その事実を飲み込めていない。あの行為が夢でも、ケヴィンは生きてみようと決めた。誰かを守るため、誰かを傷つける行為を止める。彼は彼を生きようと決めた。


 ケヴィンの人生は、助言と距離おいて、自分で決めていかないといけない。



「ここか」



 彼は最初から目を見えないようにした。ベーテンの部屋に乗り込んで、力を振った。初手、付近の敵を潰す。仰天して対応が遅れた二匹目を絶命させた。


彼らはクリーム色の部屋に閉じ込められていた。四角形の部屋は扉が高い位置にある。ケヴィンは渾身の力で粉砕していた。二人の血が床に滴り落ちて、残りの人数も狙い定めた。



彼は犯罪に手を染めている。もう帰ってこれない道に立っていた。ケヴィンの計画は他人から責められるはずだ。間違っていると多数は指をさすだろう。だが、彼は自分を生きるために必要だった。



「悪いな」





 ただ呼吸しているだけだった。生きる活力は無くなっていくばかりで、ゴミ箱にさえ手が届かない。


 そんなとき、確かな視線を感じ顔を上げる。



「ねえ、貴方一人なの?」



 栗色の髪が印象的な女性が傘を差していた。雑誌に載っているような格好だった。その少年は雨が降っていたと、ぬれた肩で判断する。



「?」


「この指、見えるかな」



 彼女の空いた手が顔の高さに近づいた。人差し指を天につきだして、左右に揺する。



「い、いひ」


「一緒に来ない?」



 少年は心の中に土足で踏み込まれたと、目を見開いて睨んだ。



「いらない」


「え?」


「どっかいけ」



 そこで、彼女は膝を曲げてから目線を合わせた。



「ケヴィン君。私は正しいことをしていたいの。それが存在価値だから」


「正しさなんていらない」


「なら、付いてこない? 私は貴方を救いたい」



 その手は差し向けられた。


 少年はケヴィンという名前が付けられた。やがて、ハシュとして生まれ変わる。過酷な状況だったからこそ、身体的な強靱さは磨かれていった。




 遺体は軽かった。腹は既に開けられており、人間の要素は外観のみだ。



「一緒に帰ろう」



 彼のポケットから記録が再生されている。



「小春に感謝しないとダメだな」



小春の記録が彼の意識を浮上させた。



 遺体を労るように抱いて、階段を上っていく。敵は彼を止められなかった。



 彼は決して孤独じゃないけれど、過去を抱えて日常へ帰る。

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