22.終わらせるために話す

 翌日。


 エドとケヴィンは喫茶店で人と待ち合わせをしていた。



「私の言ったこと覚えてるか?」


「俺は黙って待っているだけ、だよな」



 彼女はケヴィンと共にベーテンを殺す計画を練っていた。第一条件として人手を集める段階にある。


 鈴の音が来店を告げる。目線は入り口に吸い寄せられ、自身が待つ人だと気付く。彼は仲間の助けを借りながらふらふらと席につく。



「流石ハシュだな。回復が早い」



 イシグロは包帯を巻かれた右手を大事そうに持ち上げている。


 仲間は彼に頷くと遠くの席で距離をとってくれた。



「包帯もすぐ取れるさ」


「今回は仕事の依頼をしたい」



 イシグロは傭兵でありつつ、潜入が得意としている。彼の能力でベーテンの施設を奇襲したいと計画していた。


 君の仕事は施設で出入りの先導と告げる。



「先に、これだけ」



 彼女は麻の袋をテーブルに置く。イシグロは片手で引き寄せ紐を解いた。


 その金はケヴィンが貯めていた金とエドの貯金を折半したものだ。



「部屋の構造や罠は把握してるのか」


「手配してある」



 実はこれから手配する。



「場所は?」


「ヘイズコード」



 彼は自分の暴力性を受け入れ、人を殺せる勇気を取り戻した。悪しきハシュの線引きは他人に任せていたが、今回は自身で断罪する。それが褒められない行為だとしても、彼は正しい人になろうとしていない。



「面白そうだ。乗ったよ」


「良いのか」


「こんな金が貰えるんだから断らない。それに、俺は失うものがないからな」



 ふっ、と彼は仕事をしてる顔をやめた。再開した時と同じように人懐っこい態度に変える。そのまま友人だった彼に言い放つ。



「仕事に私情は挟まない」



 肘をつかれて、喋っていいと促された。ケヴィンはやっと目を合わせる。



「別に、心配してるわけじゃない」


「ケヴィン、俺はお前のことを下に見ていたかもしれない。でも、これでスッキリしたよ」


「俺はお前の復讐は自由だ。でも、仲間に手を出すのは許せなかった」



 ケヴィンは怖いものがなくなっていた。彼には負けないという自信がある。



「この作戦が終わったら遠い街に出る。俺たちもそれで終わりにしよう」





 3人は解散して、イシグロ以外は自宅に帰ってくる。彼は尾行する意志もなかったようだった。ケヴィンは早速大使館に任務継続中と偽装する。おそらく、ベーテンのことを知っているが探りは入れない。


 彼はツバキに連絡を入れる。数秒たって彼女は答えた。



『ケヴィン、どうした?』


「ビィの遺体を取り戻しに行きたい」


『どこにあるのか分かったのか?』


「ベーテンが収容されている施設だ」


『根拠はあるのか』



 そこで電話を切り替えて、エドに託した。



「私はエドだ。ケヴィンをサポートしている。それで、ベーテンというのはビィの内包されているデータから作られた生き物だ」


『ほう』


「ハシュは情報共有できる機能を持つ。でも、ベーテンは情報共有を排除し、攻撃性だけを残していた」



 ケヴィンは人に頼ることを覚える。彼女はケヴィンに協力姿勢を見せている。なら、それにあやかるだけだ。


 電話は変わり、ケヴィンは耳に当てる。



『事情は分かった。だとしても、彼らを殺すのか?』


「ツバキは小春を保護して、俺の行いを見守っているだけでいい」


『でも、お前がやろうとしているのは犯罪だ。然るべき処罰で償わせたい』


「彼らにも生活はある。でも、俺はエゴを通すよ。間違ってないと思うから」


『いいや、間違っている』


「俺は彼らに狙われた。なら、特務機関の俺はすべきことはある」



 特務機関は現場資料の積み重ねで会議に提出し、上層部が決定の判断をする。拉致監禁といった緊急時以外の戦闘は許可されない。



「彼らは俺で殺す」


『久野は適切に処置している。それだけ教えておく』


「ありがとう」



 電話を切って頷いた。小春はその間にヘイズコード行きのチケットを手配してくれている。エドはイシグロらに連絡して人数をかき集めていた。



「エド、ベーテンについて分かったことある?」



 その後、彼女はベーテンを解体して研究した。弱点になるものを探していたからだ。



「自衛能力だけを残してある。どうやら無理に癒着させたらしく、身体を酷使していた。おそらく君なら勝てると思うが」


「えらい買ってくれるんだね」


「女型の機械同士で会話できるが、そのときビィから君のことは聞いていた」


「そう、か」



 ベーテンを殺す計画は着実と進んでいる。次は権堂へ話をつけないといけない。



「じゃ、覚悟決める」


「ああ。成功することを祈る」



 洗面台で権堂のボタンを押す。3コール目で繋がった。



『ケヴィン。調子はどうだ?』


「ベーテンに襲われた」



 彼はベーテンに繋がる情報を握っている。その上でケヴィンに暴露してこなかった。なら、隠さずぶつかることが成功に繋がる。ケヴィンの目標は彼からベーテンの居場所を割り出すことだ。



「権堂、何を知っている?」


『な、何も知らない』


「ベーテンがテレビに出た頃、俺が襲われるからと発言した。今ならわかるけど、殺すリストのようなものが作られているんだろう」



 大体の事は予想が付いていた。ケヴィンは彼女に作られた存在で、ハシュ作成の行程を理解している。その立場の人間から研究結果を壊されたくないからだ。



『あれは、そうかもしれないって』


「ベーテンたちの居場所を教えて欲しい」


『危険すぎる。教えられない』


「ビィの技術が悪用されている。俺は許せない」


『旅館のことを忘れたのか』



 ベーテンに初めて接触し、撃退に成功したことを言っている。



「今の俺は完治した。ベーテンは俺のように糸を纏えない。それにバックアップもいるから俺は勝てる」


『俺は、なんのためにお前を遠ざけたと思ってる!』


「俺はお前の気遣いを知っている。最後なんだ」



 相手はケヴィンの発言を訝しんだ。話の主導権を握らないといけない。



「俺は正しい人になれないから、誰かを守れる俺になりたい」


『そんな悲しいこと言うなよ!』


「ビィを殺したことの罪悪感だって分かってる」



 本心からの言葉だった。



「俺とお前の間に友情はあったよな」



 沈黙が答えを曖昧にさせる。リビングの生活音、電話越しの慌ただしい足音。そして、彼のため息。



『結局、俺が折れるんだろ』





 ケヴィンは先行してヘイズコードに向かった。なぜなら、エドは女型の機械であるため注目されてしまうからだ。そして、小春やイシグロは後からついてくる。



「これで最後か」



 彼は初めて犯罪をする。ヘイズコードに居られるわけがない。


 小春はケヴィンと居ることを曲げなかった。



『ついたら連絡してくれ』



 ケヴィンはその足で電車に乗った。目的地はツバキの隠れ家で、久野と作戦の打ち合わせをするためだ。電車から降りて駅を出て、寂れて生気のない街でさえ鮮やかに思える。



「ツバキさんから、連絡を受けてます。どうぞ」



 通行人は自分から話しかけてきた。ケヴィンは事前の連絡通りの手順で受け答えする。



「ベーテンはどうしてる?」


「俺達の動きに気づいていないです」



 通行人は彼を手招きして先を歩かせる。目の前に廃ビルが姿を現し、シャッターが勝手に上がった。灰色のコンクリートの片隅に下る階段がある。そこを進むと、ランタンの明かりが彼を照らす。



「気分転換の旅行は済んだか?」



 檻の中で久野は文庫本を読んでいた。小指の栞をページに噛ませたら、表紙を上にした。星空の中央に鉄道が走っていて、幻想的な話だ。



「良いご身分だな」


「ツバキが貸してくれたんだ」



 ケヴィンはパイプ椅子を引いたら、彼の横に座った。檻越しに彼も向かい合わせにする。



「作戦を教える。お前にも協力してもらう」



 久野は不適な笑みを浮かべ、両手の親指を弄っていた。



「俺が台無しにするって考えないのか」


「台無しにするなら、勝手にすれば良い」



 久野が呆けた顔をするので、報いたケヴィンは心地よかった。でも、表情を出さないよう努める。



「代わりにベーテンを倒せよ。それがお前には出来るから」


「今日はやけに気味悪いな。むき出しの敵意がない」



 以前の彼は話すだけで腹を立てていた。でも、イシグロは激情を向けられ客観視できた。



「俺は正しい人にならない」


「え?」



 やはり、と彼は血の繋がりを感じた。短期間であれ同じ事を言っていたわけだ。



「お前は正しいと思う道を進めば良い。俺は正しさを持って生きるけど、正しい人にならない。正しさがあり、誰かを守れる力さえあればいい」


「あきらめたのか?」



 諦めていないと言えなかった。半分は疲れの側面もあるからだ。



「そうかもな。俺は人とのつながりを前のめりで見ていたんだ。でも、一歩引いても離れていく人ばかりじゃなかった。お前もそういう人を見つけたら良い」


「な、偉そうにしてんじゃねえよ」


「俺はお前の兄貴だからな」



 話は作戦に戻される。


 まず、久野がヘイズコードの中央に出現する。そこでSNSに披露されベーテンが出現し、対応させる。その間にケヴィンとイシグロや権堂は彼らの宿へ侵入し、奇襲をかける作戦だ。久野にはエドが支援する運びになっている。ココで問題なのは、ケヴィンが権堂と落ち合えること。これについては、些細な障害で解消しなくてもよい。それと、ベーテンに必ず勝てることだ。そのために鎧は整備して万全に挑む必要がある。



「ツバキは迷惑にならないか?」


「えっ、ああっ。今回は参加しない」



 久野は肩を落として安堵した。さきほどの話からやけに穏やかだ。



「作戦はエドが侵入してから始まる。彼女はビィと同じで女型の機械だ。聞きたいことあるなら、話したら良い」


「駆逐したら駆けつけた方がいいか」


「そうだな。イシグロからエドへ地図を送らせる」



 作戦を詰め込みすぎたら、対処が聞かなくなってしまう。問題はその都度対応してもらう事に決めた。



「ケヴィン。作戦が終わったら何をするんだ」


「俺は俺の生き方をするだけだ」


「なんか」久野は躊躇いながら発言する。「怪しい人みたいなことを言う」



 二人は吹き出した。


 監視者は二人のやりとりに眉をひそめる。ケヴィンと二人は最後の別れを笑いで終わらせた。



「俺の知らないところで幸せになれよ」


「兄貴もな」

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