21.自覚したから決意した

「これを吸って話し合おうじゃないか」


 彼女の手提げカバンから一つの袋が持ち上がる。中は粉末状の白い粉で、ケヴィンに押し付けた。


「人間やハシュは喜んで吸っていた。みんな気持ちいいらしい。お前も吸うといい」

「お、俺は遠慮する」


 イシグロはエドが誰かきにせず一人で遠くに消えてしまい、二人は近くの喫茶店に来店していた。


「この人は誰なの?」


 小春は連絡を入れると、付いてくると返事が来た。彼女は到着するなりエドの高身長に驚きを隠せなかった。


「私はエド。ハシュを作りだせる機械だ」

「わ、私は小春と言います」

「君はキムラの娘だったな。彼は変わった人間だから覚えている」


 彼女に対して忠告をしていた。これから話すことはケヴィンに関することで、小春は退屈じゃないのかと。


「私はケヴィンのことを深く知りたい。だから、話に同伴したい」

「結構。なら、軽く話そう」


 エドは彼に対してビィとの思い出を語りだした。二人の出会いは女型の機械が制作される背景にある。当時の世界は状況が混沌としていき、ある国Qでは終末の匂いが漂いだした。Qはとある連盟から力関係上、開発に予算が降りるようになっていた。開発とは女型の機械が制作されることだ。子供が大人になるための開発は連盟の立場上制作することが出来ない。その実験施設で”須藤モデル”として2人は作られた。女型の機械は分配を目的とされ、子供が大人になるための手術や必要な手順の設計図を内包されている。

初めての会話は互いの電波を受信し、意思疎通が取れるかという実験だ。互いに意気投合し学習能力は飛躍的に向上した。


「要は黒い糸って子供たちの人間関係を向上させるためにできた」


 二人の前に飲み物が置かれた。小春はアイスコーヒーの氷をストローで回す。


「だったら、ハシュ達に本来の使い方を教えてあげればいいじゃないか」

「教育方針という奴だ、ケヴィン。決まった供給があるなら、それに習っている。機械の自由意識に任せていたんだ。それに、君が受け継いだらいい」

「エドさん」

「冗談だよ。顔、怖いな」


 エドはソファーの椅子に背中を預けた。飲み物から手を離している。


「まさか、ベーテンが生まれるとは思わなかったが」

「何で?」

「我々は技術漏洩しないよう出来ている。それでも、バレたなら機械から提供したか無抵抗で渡したことになる」


 罪悪感は尖った槍になり、ケヴィンの心臓を突き抜ける。やすらぎに拘束されたから、彼女は自分を投げ捨ててしまった。彼の中で自責の念が押し寄せる。


「ケヴィン」


 肩に温もりを感じ、目線を横にする。小春は大丈夫だよと優しく囁いた。


「何があろうとケヴィンはケヴィンだよ」

「ありがとう。小春」

「落ち着いて聞こうか」


 さて、エドは話を切り替えて彼に問いただした。


「ベーテンを見たが、あれはひどいな」


 ハシュには情報共有できる力がある。ベーテンは情報共有の能力だけ抜いて、暴力性を増幅させた代物らしい。


「ビィは死んだみたいだな」

「彼らが遺体を保管してますかね」

「膨大なデータが眠っているから手放さないだろう。少なくとも、私ならそうする」


 旅館の天井で敵は笑った。人の頑張りを踏みにじって褒められたがる。あまりに純粋で背筋が凍る体験だった。


「彼女が死んだなら、君は正しい人を受け継ごうとしているのか」

「俺の正しさは模索中です。でも、貰った力は誰かを守るために使います」

「ひとつ、教えておこう」


 ビィは正しい人にハシュを授ける。なぜ、正しさに拘るのかをエドは質問した。そうすると、彼女は誰かに教えてもらったから正しくなろうとしたらしいと。


「正しさで自分は救えない」

「ケヴィン。手、血が出ちゃうよ」


 その手は肩から手に移動して、固くなった拳を優しく解いてあげる。顔が上がり、喉が渇いたことを思い出す。


「ごめん。今日の俺はダメだな」

「……何があったか教えてくれる?」


 小春を危険に晒している。隠すのは不自然だと封筒を広げるように教えた。自分の母親を弔いたいが、誰かが遺体を盗んでいる。久野がビィを殺害し、ツバキに捕まえられていること。


「ビィさんのご遺体を弔ったら何するの?」

「その後は考えていない」


 ケヴィンは外見だけの空っぽだと気付いてしまった。久野を恨むだけで人任せ。立場が揺れるから人に同情してしまい、余計周りを混乱させてしまう。


「だったら、これから探せばいいよ。私、とことん付き合うから」

「いいのか?」

「私は私を見つけられた。他でもない君のおかげでね。それを返してるだけだよ」

「茶番は済んだか?」


 エドの飲み物は既に残っていない。茶番はそれまでと手を叩く。


「エドさん。さっきから何が言いたいんですか」

「正しい人間はいないと言いたかっただけさ。ケヴィン、君はいい仲間を持ったみたいだ」

「俺にはすぎた人たちですよ」



 3人はマンションのエレベーターに乗っている。扉が開き、自身の家へ向かった。ケヴィンは扉に手をかけ、鍵を入れようとして気付く。


「扉が空いている」


 ケヴィンは護身用のナイフを構える。慎重に扉を開け身をすべらせた。廊下に服の擦れる音を聞かせないよ進んだ。


「ケヴィン、帰ってくるのが遅かったな」

「イシグロ……」


 彼は冷蔵庫から飲み物を出して喉を潤していた。出会った時より武装して気を緩めていない。


「人の仕事を過度に信頼してる。俺は潜伏が得意と知らなくても、守り方が下手だ」


 今まで誰も守ってきたことがない。ケヴィンは自分の痛手を悔しそうに歪ませる。


「イシグロ、ここで何をしたんだ」

「久野は生きていたんだな」


 彼はコップを机に置いた。組んでいた足を解き、床を靴で歩く。


「なぜ、殺さない? やすらぎを壊した奴らだ」


 その情報は漏らしていないらしい。イシグロは自身の手で終わらせるつもりのようだ。


「お前は彼を許せるのか? 俺は彼を殺してやりたいと考えている」

「彼は利用できる」


 彼はつばを地面に吐いた。武器を背中に背負って、目をそらさない。


「何に利用するんだ。アイツは狡猾で早く殺さないといけない」

「ベーテンのことがある」

「彼らがどうしたんだ? お前がなにを出来る彼らを殺すのか?」


 彼は自分の立ち位置に気づいた。ベーテンを私情で殺そうとしている。その選択は正しさの中に落ちていない。そもそも、正しさとは誰かが決められるのか。


「場所を変えよう。ここで闘ってもいいけど」


 二人は玄関から外に出る。エドは驚く様子もなくイシグロの眉間を見つめていた。


「イシグロ、なぜ部屋を荒らさなければ小春を人質に使わない?」


 彼女は何を言っているんだ。ケヴィンは胸ぐらに捕まろうとして、やめる。



 かの廃工場に戻ってきた。

 先にイシグロが進み、ケヴィンが入口の扉をくぐった時だった。


 右から殺気を感じ、黒い糸で防御する。衝撃が遅い、体が浮いた。

 黒い布を羽織り透明な糸をまき散らす。ベーテンは焦点の合わない目でケヴィンを探していた。


「ケヴィン、彼は君を探していたらしい」

「イシグロ、お前何をしてるかわかってるのか」


 ベーテンはケヴィンに笑いかけていた。


「お前はなぜ俺を狙う」

「命令だから」

「ケヴィンとイシグロ。邪魔をするぞ」


 エドは一瞬で間合いを詰め、背負い投げをした。ベーテンは抵抗するまもなく口を塞がれ、腹を横に裂かれる。手足は痙攣したあと、動かなくなった。


「な、なんでお前が」

「彼には興味がある。それでは続けてくれ」

「クソッ!」


 ケヴィンは久野を材料にワタルをおびき出すため。

 イシグロはやすらぎ事件の弔いとして銃を向ける。その先端は過去を定めていた。


 戦いは合図がない。撃った、殺したという過程が積み重なっていくだけ。そこに面影や理想を言い訳にして、愉悦したり反省を後付けしていく。つまり、皮を破れば意地の張合いだ。それだけの、譲れないものが衝突するだけ。


「な、何で」


 すべては一瞬で終わった。

 黒い糸をケヴィンは体に纏い、可動域を見極めて接近。糸で影を誤魔化しながら、スライディングをする。黒い糸を下に集中させてバネにした。勢いで身体を戻し右手に力を込める。

 拳一発で空へ浮かべた。黒い糸を地面に縫い付け、馬乗りになる。


「今は酔ってないし、何があるか分かっている。それに、君は力を使おうとしない。だから勝てた」

「俺だって傭兵だ。こんな結果認めねぇ!」

「特務機関特注の鎧をつけている」


 イシグロは麻薬中毒者みたいに暴れる。発狂しながら足をばたつかせた。それでも、彼は友人を許していない。


「夢は覚めたか」

「こんな筈じゃなかった。俺は警官になって街の平和を守りたかった。俺が人生を間違えるはずがない!」


 やっとイシグロは黒い糸を出そうとする。それでも、ケヴィンは抑え込むのに十分な力だ。


「イシグロ、糸が弱くなってるのか?」

「うるせぇ」


 それは復讐の獣だった。ケヴィンが久野に示したような赤色の瞳。迫力がケヴィンを食い殺そうとする。


「俺はお前の家に侵入できた。簡単に殺そうと思えば殺せた。小春だって殺してやるよ。それだけじゃない。お前の周りでさえ────」


 右手の拳が、彼の顔に落ちていた。ひじを曲げて、肩の位置に戻していく。中指に粘着的な鼻血がついている。続いて、左腕が浮いていた。

 同じように拳を奮った。骨の折れる振動が手を伝ってくる。両手とも友人の顔を潰そうとした。

 身体を起こして、彼を持ち上げる。黒い糸を振り回して壁にぶつけた。ケヴィンは走り込んで飛び蹴りを食らわせる。だらんと身体が地面に落ちた。ケヴィンは襟を持ち上げ、イシグロを引き摺る。

 廃工場の真ん中に寝かせた。彼は意識を失って白目を剥いている。

 黒い糸を出して、右手に突き刺す。肉が削げていき、穴が広がっていた。


「殺すぞ」


 ケヴィンは自身の知らない一面が顔を出した。

 黒い糸を抜いた。血だらけの身体はコンクリートで拭いていく。友達をそのままにして、踵を返した。


「へえ。根性あるね」


 廃工場の入口でエドは戦い見守っていた。ケヴィンは何も語らない。


「しかし、君は守り方が下手だね」

「誰かを無くしたくないんです」


 体の内側に黒い糸は収まっていく。話しかけられ、言葉にしたことが冷静さを取り戻させる。


「ベーテンは君を追ってきたらしいよ。どうやら人気者だね」

「俺、ベーテンを殺します」

「協力するよ」

「ベーテンを根絶やしにして、俺は力を捨てます」

「何で?」

「俺は正しい人になれないからです」


 ケヴィンはその足取りで自宅に帰った。玄関を開け、リビングで小春を発見する。


「話し合いは終わったの?」


 彼は小春の背中に両手を回す。彼女は震えたが、受け入れたように抱き返した。


「君といたい」

「うん」

「俺は、俺として生きたい」

「うん。そうだね」


 彼の頬から涙が落ちる。ビィが死んで、初めて心から泣いた。

 彼は初めて弔った。

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