20.ぼくたちだけの同情

 ケヴィンは首飾りを拾わなかった。友達の動きを見落とさないようにしている。


「ついに死んだか」



 太陽を手の腹で隠した。指の隙間から血管を透かす。

 彼は廃研究施設にある中庭のベンチに体を横にしていた。椅子の足は植物が巻きついている。


『ケヴィン。何をしてるの?』


 ビィは隣で本を読みながら声かけしていた。別に何もしてない、素っ気なく答えて横向きになる。


『正しい人ってなんだと思う?』


 彼女は息子たちを思考実験に誘うときがあり、今回も茨の道に招待された。いつも上から目線で笑われるので、気乗りしないが参加する。


『間違わない人』

『近い言葉だね。でも、正しい人の答えは一つ。答えはないことなんだよ』

『矛盾してるよ』


 納得がいかなかった。正しい人はビィに当てはめられると思っているからだ。孤児を拾い、力をつけてあげる。決して愚行じゃない。


『何でビィは子供たちをハシュにするの?』

『それはね、子供たちが自他ともに考えるためだよ』


 肘をベンチに落ちて、彼の肩を抱いた。機械と言えども温もりが人に伝わっていく。


『僕達を馬鹿にしてきた人は?』

『彼らの中にも正しさがあるんだよ』

『なら、正しいってことは孤立することなんだね』


 正しくても人と繋がれる。彼女は上から目線で締めくくった。ケヴィンは納得しなかったけど課題のように感じられる。自分が生きている宿命だと。



「ただの防弾チョッキじゃないな」


 彼は確かに被弾しても、二つの足で立てている。彼は特務機関の制作した特殊な防弾チョッキを着ていた。角度によって守るだけじゃなく、黒い糸によって防御が増幅する。1回きりの麻酔が注入され痛覚を遮断していた。危険性の高い負傷は耳のインカムから警告を鳴らす。バックアップがいないでも一人で立ち回れていた。

 やおら立ち上がり、敵の銃口に気を配る。体が押されて意識が飛んだ。死を覚悟したが、技術力で生かされている。小春が言ったような技術の進歩は予想をはるかに超えていた。いつか魔法の時代が来るだろうと、ケヴィンは楽観的に考えている。


「俺の襲撃を見越していたわけじゃない、か」


 彼は大きな武器を手放した。ケヴィンは間合いを詰めて自分の戦闘をする。右、左と腕は飛び回るけど、黒い糸を駆使され弾かれた。

 次に背中から片手の銃を身につける。


「俺はお前と戦いたくない」

「この期に及んで、まだその態度か」


 彼は意識を行動から切り替えている。あえてケヴィンに分かるよう蹴ることで距離をとった。


「お前が逃げたとしても、狙われる」

「何を言っているんだ?」

「ここで逃げても、必ずお前を殺す」

「そんなことする奴じゃなかった!」

「そんなことするやつだ。お前が過去を美化したんだ」


 銃弾がケヴィンを緩める。それでも、先に進んで右足に体重をかけ、体を右肩から捻って左腕をめり込ませた。相手は勢いを殺そうとしてバックする。黒い糸を体から離して、彼の足に絡ませた。解かれるよりも早く、家の外に投げる。ケヴィンも家から出て、空に飛んだ。左腕に黒い糸を貯めて落ちる角度を計算する。


「来いよ」


 一つの光のように落ちていき、彼は横に転がった。地面にめり込んだ腕で掴んで起き上がり、回転した相手の蹴りをくらう。手足は重力で外に行っている。イシグロは黒い糸の先端を尖らせる。そのまま腹に接した。


「ほんつと、かてぇなお前!」

「ぐっ」


 当たらなかったと判明し、黒い糸を早急に戻していた。それでも、彼の体には青あざが多い。


「ケヴィン、少し考えてみろよ。俺はもうお前を許すつもりは無いんだ」


 イシグロは本気でケヴィンを追い詰めるつもりだ。もし、そうなった場合、迷惑を受けるのはケヴィンだけじゃない。小春だって被害の及ぶ可能性もある。


「俺たちは変わったんだ」


 ケヴィンは久野と戦った時の再現をする。額を切って視界を潰した。ただ暴れるだけの獣に成り下がる。

────早く殺してあげたかった。綺麗な思い出を抱えて笑えないなら、永遠に生きることは残酷だ。誰とも分かり合えない人生を生きている必要がない。平坦な毎日に価値はなく誰かと共にいきたい。どうせなら、やすらぎの時に殺していればよかった。今、近くをかすめた住民のように、恐怖を植え付けて立ち直らせなければよかった。街に移動しているのはイシグロで、どうやら追いかけているらしい。守るべきものを守るため、過去を切り捨てないといけなかった。無くしてしまおう。なら、価値も基準もプライドも。


 イシグロは黒い糸を飛ばしてきた。対してケヴィンは獣のように叫び、そのまま突進してくる。彼は黒い糸は先端を尖らせていたが、勝手に輪っかが作られケヴィンはくぐり抜ける。イシグロは予期してない不具合についていけなかった。それはケヴィンも同じで、彼も黒い糸が勝手に動き出し、そして。



 彼らは透明な場所にいた。球体の部屋に青空が天所につけられていた。下を覗くとコンクリートが、地平線まで続いている。


「ここは?」


 ケヴィンは違和感で顔を触る。全ての傷が跡形もなく消失し、また服の破れも治っている。自身の激情を操作しても黒い糸は突出してこない。


「ケヴィン、何をした……」


 隣で彼が起き上がる。頭を抱え、自分が武器を持っていないこととラフな格好になっていることに気づく。


「俺は何もしていない」

「だったら、ここはどこだ」


 イシグロは戦いを続行しようとした。しかし、彼の足に何かが絡まる。


「なっ!」黒い糸が色を変えて下から生えてくる。


 彼らは透明な球体に閉じ込められ、ハシュの力を取り上げられていた。武器さえなく打開できそうもない。


「何なんだよ。これは」


 黒い糸の先端が泥のように揺らめき、彼らの顔に近づいてくる。逃げられる様子もなく、二人は素直に受け入れた。


 情報の波が頭に押し寄せてくる。

 対人格闘の心得や重火器の取り扱い方。ハシュの足止め方法や殺害作戦一覧。また、戦時中に苦しかった課題や人との上っ面な付き合い方が流れ込んでくる。その黒い糸はケヴィンに一方的な情報を譲渡していた。ケヴィンは全てを受け入れるのに時間がかかる。拒絶できたが、目を離せなかった。


「これは、イシグロが見たもの?」


 彼の主観で場面が変わる。文字で伝えられることもあれば、彼目線の動画付きで届くことがあった。


「もういい! やめてくれ!」


 イシグロの叫びでケヴィンは我に返る。黒い糸はすぐさま体を離した。


「イシグロも見たか?」

「クソッ。見たよ。お前が何を出来て、何ができないか」


 彼は気分が悪い様子で頭を振っている。

 どうやら互いの情報を共有したらしい。


「意味わからない。何なんだよ」

「この黒い糸は他のハシュが操ってるのか?」


 二人は戦えない状況に陥る。ケヴィンは拘束を解かれ、球体の周りに歩を進めた。外側は分厚いガラスのようなもので、経験上開かない硬さだ。


「早く出してくれよ」

「俺には無理だ。外から助けを呼べそうもない」

「はぁ、何なんだよ。せっかく、良い機会だったのに」


 むしろケヴィンにとって好都合だった。冷静な場面で返答される。彼はなぜ襲ってきたのかもう一度聞く。


「お前が来ると、人から聞いた」


 ケヴィンの話題はコーダに広まっていた。耳にしたイシグロは計画を練ったらしい。


「ベーテンが襲ってくるかもしれないってな。でも、それを聞いたとき終わりに出来ると気づいた」

「終わらせる?」


 目線を自分の胴体に落とすイシグロから、既に敵意はなくなっており、あるのは失望だけだった。


「俺が警察になれるかもしれない。そんな夢が終わってくれると信じてたんだ。誰かに殺される前に、俺が殺したかった。お前を」


 ガラスの球体が崩れていく。黒い糸は待っていたと言わんばかりに解れていた。二人は身体がついていかず、天井の糸を身体に浴びる。黒い糸の先端が突き刺さっても、痛みなかった。どちらの攻撃でもなく、第三者の奇襲ではない。

 二人は居心地の良ささえ覚えた。最初から到達したかったというふうに、終わっていく世界を見つめている。



「やっと目覚めたかい」


 ケヴィンは重いまぶたを押し上げる。隣はイシグロが寝息を立てていて、壁が緑色の人気のない倉庫にいた。太陽は割れた窓から、眩しい光を出している。

 声の方向に一人の女性がいた。白髪で目は鋭く、その口は狼のような牙が並んでいる。


「貴方は?」

「私はエド。君たちの騒ぎを止めてあげた」


 エドは逞しい腕を空に投げる。

 どうやら、二人の喧嘩はコーダを巻き込む大騒動になっていたらしい。そこを彼女が乱入し収めたようだ。


「迷惑かけた」

「いや、釣り合いの取れるものを見せてもらったからよい」


 エドの笑い方は不気味だった。ケヴィンが子供だったら、豊かな発想力で食べられると誤解していただろう。


「君、どうしてハシュはできたと思う?」


 ケヴィンは彼女が少なからず悪い人間に見えなかった。ビィと似た雰囲気だったから。


「俺が考えるには、強い人間になるためですかね」

「少し離れている」


 エドはケヴィンへ向かってくる。その聞き出し方は教育機関の講師と同じだ。


「子供が生きていくための、分かり合うツールなんだ」


 彼女はハシュの性能を語りだす。

 黒い糸はハシュとハシュを繋ぐプラグであり、分かり会おうとすることで接続される。球体を互いに生成し、生存に必要な情報を交換しあう。プライベートな情報は二人に任される。


「ハシュは子供に定着し、大人になれば薄れていくもの。戦争孤児や親に恵まれない子供は、それだけで後手に回る。ハシュは子供たちが子供たちらしく生きていくため、子供たちだけで話ができる装置なんだ。そこに、自衛のつもりで攻撃性も加えられた」


 それが今は反転してしまった。分かり合うつもりが傷つけ合い、本来の用途は見ていない。


「だが、今、ここで起きた。とても懐かしい気分だ。君、名前は?」

「ケヴィンです」

「ビィのところか。よし、私は決めた。私は君を救おう」


 君を救おう。そのセリフは前にも言われていた。戦争孤児で誰も助けてくれず、道端に倒れていた時だ。ビィから、言われたことがある。


「私はハシュを作るもの。ビィと同じ機械だ」

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