19.かつての友が現れる

 二人は移住できる手荷物をキャリーに詰めて行動していた。小春は大荷物で、ケヴィンが一つの手提げ袋を手にしている。


「コーダは何が有名なの?」

「白身魚やバーガーみたいな食べ物が有名らしい」

「お腹減る」


 二人は弁当を購入して新幹線に乗っかる。指定された席に向かいで座り、肘置きをスライドさせテーブルを作った。

 この線路は他国が加盟国にだけ通される長い通路だ。海の間をモーゼみたいに割り、大陸に繋げどこでも電車で向かえる。


「記録屋、あっちでも続けられたらいいね」

「もちろん続けるよ! 金欲しいし」


『ケヴィンさんには女型の機械を捜索してほしいわけです』


 コーダへ発つ直前の出来事だった。特務機関で出張していたライオットから任務の通知が届く。


『私たちはビィ以外にもハシュを作る機関や安物の機械見てきましたが、どれもお粗末なものです。しかし、今回観測した機械はビィと同じモデルなんです』

「ビィ以外にも、彼女が作るハシュレベルの機械がいると?」

『名前はエド。貴方はビィの下についていたから手助けするように、そう伝えられました』


 エドを即刻捕獲せよ。権堂父の役回りが彼に巡ってくる。宿命と言わざるおえなかった。


「ねえねえ」

「小春、どうした?」


 小春は弁当を半分食べ終えていた。美味しそうな白身魚が後に残されている。


「素敵な街だといいね!」

「俺もそう思う」


 ケヴィンは彼女の素に救われていた。





 彼らはコーダの地面をふむ。

 彼らは深い茶色の建物の下で立っていた。コンクリートの長い道と、細長い木々が規則的に並んでいる。住宅の1階で露店を開く人もいた。


「熱気がすごいね」


 排気ガスが彼らの横に漂った。地元の人は車の道路を青信号でも渡っている。


「十分かかるからタクシー乗る?」

「いや、歩こうよ。町並みをみたい」


 十分かかる道をふたりして歩いた。すると、肌の焼けた男性がケヴィンと目が合い、その場から動かなくなる。彼は居心地が悪く顔をそらす。


「ミチル、か?」


 ひときわ通る声が流れる。ケヴィンはその顔を見、不意打ちを食らったような情けない顔をする。


「イシグロ! 生きてたのか!」


 あのイシグロがケヴィンの前に現れた。



「へー、あのイシグロ君か!」

「なんだ。俺のことを悪く言ったのか?」

「言ってない。それより、なんでお前がここに?」


 やすらぎ施設は久野の手によって破壊された。彼の夢である警官は届かない理想と変わり、生きるため傭兵に属しているらしい。


「俺たち、色々あったな。生きて再開できるとは思わなかった」

「でも、イシグロが傭兵なんて信じられない」

「おいおい、前の戦争では活躍してたんだぜ」

「イシグロはすごいな」

「お前は何してるんだ?」


 自分は特務機関という職務についていたが、仕事を失敗し飛ばされた。彼の友人は嘲るようにニヤニヤする。


「ああ、いけ好かない権堂のやつならよく知ってるよ。最近も連絡を取った」

「悪いやつじゃないよ」

「お前にとってはそうかもな」

「何でケヴィンをミチルって呼ぶの?」


 やすらぎ事件を伝えていなかった。イシグロは目で話していいか訴え、重々しく口を出す。


「ミチルは俺と同じ施設で育った。そこで付けられた名前だ。ケヴィンってのは『犯罪者』につけられた偽名だと、されたんだな」


 児童は判断能力に欠け、またトラウマを刺激しないように。ケヴィンへのささやかな配慮だった。


「そんな経緯があったんだ」

「ケヴィン呼びでいいからね。イシグロも統一してくれよ」

「悪かったって」

「あ、着いたよ」


 彼と小春は分け与えられた部屋がある。それは七回建てのビルで、駅と大使館から近く、頑丈なセキュリティが働いていた。待っていた管理人にお礼を告げ、階段を登りつく。


「あ、あれ?」


 ケヴィンは配布された資料を見直す。そこには部屋がひとつしか用意されていなかった。


「管理人さん。部屋を二つ用意してもらうように言いましたが」

「え、ケヴィン。そんなこと言ったの」

「え?」

「おい、ケヴィン。マジで言ってんの?」


 管理人は顔を青ざめて携帯を耳に当てた。一分ほどたち、彼は腰を低くして切り出す。


「スミマセン。すぐに用意します」

「大丈夫です。私、彼と同じ部屋で」

「小春、何を言ってる?」

「部屋でも鍵をかけられるし、いいよ」


 彼が男だと理解していないようだ。ケヴィンは勘違いの芽を必ず摘み取っている。俺はハシュだと言い訳していた。彼はハシュと人間が結婚するケースを数多く知っているとしても。


「すみません。それでは、どうぞ」


 洗面台や台所、通路の奥はリビングがあり、荷物が山積みだった。彼らは箱を解いて部屋に配置する。彼らの住まいは一つだけ小部屋があり、そこに鍵がついている。彼女の部屋に決定された。


「よし。小春さんケヴィンを借りるぞ」

「了解です!」

「おい! ……小春。早速だが家を開ける。ごめん」


 作業に明け暮れ、太陽が地に落ちた。


「いってらっしゃーい」


 新しい生活の扉を開く。ケヴィンは誰かと住むなんて期待していなかった。予想外の連続で訝しむ暇がない。あるのは振り向かないで進んでいく行動だけだ。

 彼はライオットから有名な居酒屋をピックアップしてもらっている。そこで彼は情報を集めようと考えた。


「ここから近いのは、クォーツか」


 ケヴィンは何があっても良いと防具を身につけている。肌と防御壁の間で粒の汗を流していた。

 クォーツは木製の壁紙が貼られた1階建ての店だ。つばを飲まこみ来店する。


「いらっしゃいませー」


 愛想のない店員が携帯をいじって口を動かす。賑やかしい熱気が体を包んだ。


「ケヴィン、ここは男を見せるところだ。一番高い飲み物を飲み干せ」


 彼らは会話を緩めないけど、目線をケヴィンに送っている。よそ者の振る舞いを品定めしていた。

 臆することなくケヴィンはカウンターの席につく。殺害現場より心をおけるところだ。そう自分に暗示している。


「何を注文しますか」

「何がオススメかな」

「この街名物のレッドコークはどうですか」


 笑い声が歓声のように響く。コーダの洗礼が彼に降りかかる。


「ソレをいただく」

「了解しました。この街は初めてですか?」

「これから初めてじゃなくなる」

「住むということですか?」

「ああ。よろしく頼む」


 彼の前に飲み物が通された。毒々しい赤色に炭酸の泡が立つ。


「その前に準備をしたい」


 ナイフを喉仏の近くに切り込みを入れる。血が飛び出るよりも黒い糸が早く穴を塞ぎ、こぼれてく。口周りに縫い付け、内部に侵入していた。


「いただくよ」


 劇物を喉に通せた。黒い糸は網みたく液体を絡ませ、液体を少量ずつ落とす。喉に熱が当たっても堪えた。ケヴィンは意識と体を離す。


「これ、美味しいのか?」


 ケヴィンは一気に飲み干した。


「すげえなお前!」


 隣の客が肩を抱いてきた。男性の匂いが鼻に突き刺さる。次第に人だかりができていく。ケヴィンは度胸試しを乗り切った。


 イシグロは耳打ち後、遠くから眺めていたようだ。観客に混じって手を叩いている。



 ケヴィンは電柱の下でうずくまった。


「吐きそう」


 とっさに背中を撫でる。彼の手のひらは岩石のように分厚く硬い。


「きついか」


 彼はちらりと時計を盗み見た。一日の終わりが近づいている。


「帰るよ」

「いや、泊まっていけ。部外者がこの街でふらふらするんじゃねえ」


 指が服を引っ張っている。彼は頷かないと解放されなかった。


「よし。ついてこい」


 ケヴィンはおぼろげの意識で歩かされる。まるで自分の足じゃないみたく勝手に前へ出していた。


「前もあったよな。これ」

「ユウと3人でUFO探した日だな。オカルト研究部は楽しかったな」


 彼は立派なところに住んでいた。一階は駐車場で、2階から自身の家となる。窓のつき方からして三階建てだ。傭兵は儲かる職業だった。


「入るぞ」


 入口の階段を登ればリビングだ。彼はフローリングに倒れ込み、横向けになった。


「ケヴィン。ほんと、お前に会えて嬉しいよ」


 ケヴィンは酔いを言い訳にして答えない。


「お前に会えたことが何よりも嬉しい」


 目線が窓に変わった。手足の感覚がなくなっている。黒い糸が巻かれていた。指が丸まって、頭から血の気が抜けていく。


「ずっと探していたんだ」


 イシグロの背中から黒い糸が流れている。まるで電線のように頑丈な糸が二つとも拘束に使われていた。


「久野と同じようにお前も報道された」

「何を言ってるんだ?」

「なぜ、お前が特務機関に入れたのか不思議だったんだ」


 権堂の口添えだったんだな。その言葉と共に力が強くのしかかる。ケヴィンは友人の瞳で理解した。彼に殺意はある。


 護身用のナイフ体に切れ込む。喉近くの傷も相手を相殺した。


「やめろ。俺はお前と戦いたくない!」

「俺はお前と戦う理由がある。ユウは死に、俺の夢は壊された」


 イシグロは黒い糸を体に纏った。ケヴィンの技を再現している。彼も同じように黒い糸を装備した。切り傷から黒い糸が水源のように溢れて皮膚を縫い合わせていく。防御服と相まって、戦闘時の再現が起きた。


 傭兵の彼は仕掛ける。右手の指を鳴らすと、床が爆破され落下した。臓器が持ち上げられた彼は気が動転して背中から落ちる。

 大きな穴に彼は球を打ち込んでいく。ただスイッチを押すように軽い作業だ。硝煙が立ち込めていくばかりで、ハシュに対抗している。


 ケヴィンは黒い糸で防御の壁を立てていた。しかし、穴だらけで傷が目立つ。致命傷を避けた彼は伸ばした糸を軸に飛翔する。左足がイシグロに影を落とす。


 周囲は光に包まれた。蹴りあげる感触はなく、腹部に強烈な痛みが走り、横向きで嘔吐する。


「そんなもんか?」


 飛んでいる彼を狙い定めて攻撃した。二つの管は彼に突き刺さらない。舌打ちし、至近距離で発砲。腰を軸に地面を回り、イシグロの膝裏へ踵を当てる。珠は壁、天井と1列作った。ケヴィンは身体を回して起き上がる。ナイフを逆手持ちした。一撃、再度突き刺そうとする。銃を使わせない腹だった。肉弾戦に持ち込まれていく。腰の入ったパンチが飛ぶ。ケヴィンの顎に吸い込まれていく。しかし、彼の糸は既にガードしていた。


「あぶねっ」


 反動したイシグロの腕をつかむ。後ろへ引っ張り、防御を解除して肘から糸を出す。その糸で空いた腕を縛り付けた。そのままナイフを喉に突き立てた。


「おい、止めるなよ」


 イシグロにとって愉快だったらしい。ナイフの先端を自分から当てていく。


「殺せよ」

「……」

「俺を殺せって言ってる!」


 左腕が袖をつかみ糸を自分の物で押し返す。右回転し、ケヴィンは背負い投げされる。


 ナイフは遠くに滑った。馬乗りのイシグロは一方的な拳を落とす。顔を両手で守りながら、2階の床をくり抜いた。

 爆発音がする。車が延々と煙を吐いた。


「あっ……」

「え?」


 ケヴィンの首元から何か落ちる。目を落としたらビィのアクセサリーが粉々に砕けていた。もうつけることが出来ないほど鎖のつなぎ目は捻られ、扉も閉まらないようになっていた。


 気をそらした直後、ケヴィンは銃弾の雨を浴びる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る