18.正しさは柔らかいなかにある

 ケヴィンは再度会議に呼び出された。初めて見た重鎮も厳かな雰囲気で処分を語る。

 権堂の忠告通り、ヘイズコードの外に飛ばされる処分が下った。ケヴィンは向かう場所は”コーダ”。静かな色の家具と肌寒い気候の土地で、情勢は過激派と大衆国がせめぎあい、条約上ヘイズコードも戦力投了してる。そんな国でケヴィンは特務機関も協力している仕事につけられるらしい。


「一週間後に経つように。なお、これまでの戦歴を讃え監視員はつけなかった。今回もつけることなし」


 口だけの感謝をケヴィンは放つ。


「君は今までよく頑張っていた。今回は残念だと思う一方、他のハシュなら禁固刑だ。私たちもそう願ったが、権堂が気を回した。君は感謝するように」


 彼はその場から立ち去った。権堂は会議にも姿を表さず、休暇を取っている。あれから顔合わせする勇気もなくて、彼は仮拠点の建物を離れた。


 ヘイズコードの外に出る。建物の外でツバキが壁に寄りかかっていた。片手にはペットボトルを握っている。


「俺は旅に出るよ」

「小春に伝えなくちゃな」


 彼女はついてきてほしいとまた願った。ケヴィンを貶める嘘はつかない。素直に後ろをひっついた。


「しかし、遠いところに行くな」

「死ぬよりましだ」


 権堂はケヴィンを傷つける嘘はつかない。ひとえに、出会った頃変わらず善意が居着いているからだ。

 彼は電車に乗り、今までの町並みや顔だけを知った人を記憶にとどめる。どうせ忘れることだろうと諦めていた時、記録屋の本懐を見出した。この日常の隙間を記録するから必要とされるのか。


「ここの駅で降りる」


 彼女は駅から出て町並みを歩く。どこか寂れていて、生気のない街だった。

 ツバキはあまりに有能で、話しかけるタイミングが遅かったなと痛感する。しかし、物事は今進行している。


「ツバキさん。どうも」


 突然、彼女は通行人に話しかけられる。それに対して流暢に受け答えした。


「何も無かったか?」


 ツバキは彼を手招きして先を歩かせる。目の前に廃ビルが姿を現し、シャッターが勝手に上がった。灰色のコンクリートの片隅に下る階段がある。そこを進むと、ランタンの明かりが彼を照らす。


「久しぶり、だな。ケヴィン」


 久野がベットに寝かされている。身体は管を通され、まるで病院のように処置されていた。


「久野を私たちが保護した。殺してもよかったが」

「よく冷静になれますね」

「人を殺す行為は冷静でないといけない。おまえもそうだったろ。それに聞きたいことがある」


 やすらぎ会議をなぜ名指しした。ツバキは彼の隣であえて質問する。繋がれた彼は手首の鎖を揺らす。


「表向きはハシュの社会復帰を推進してるが、裏は違う。あいつらはビィの技術を独占して、新たなハシュを作ろうとしていた。メンバーは南部京子、権堂ワタル、権堂瑞希」

「えっと、なぜ彼女の名前が浮かぶ」

「南部京子はタダの元上官じゃない。ビィの技術を再現しようとしたやすらぎ会議の会員だった」


 逮捕されて捕まえやすくなったと冗談でも笑えない。


「権堂ワタルに気をつけろ。俺は遺体を騙し取られた」


 権堂ワタルは人を使う天才で、権堂のネットワークを生かし成長してきた。

 証言した彼女は、もう財界に戻れないと自暴自棄だったらしい。それでも、言えることはそれだけのようだ。


「ということだ。ケヴィン」


 やっと捉えた彼は弱っている。満足な治療もなく致命傷だった。


「お前を呼んだのは一つだ。コイツを殺すか?」


 ケヴィンは試されていると直感した。彼女は無抵抗の人間を殺さない。

 それでも、好悪はあった。


 ベットの横について、久野の胸ぐらを掴んだ。


「本当に殺したのか」


 兄は今にも沸騰しそうな火山を抱えている。いつ爆発して殺しかねなかった。観念した久野は指名手配犯の皮を自身で剥ぐ。傷だらけで拘束され、やっと心を明かす。


「殺すしかなかった。彼女は改造されて既に死にかけだったんだ」


 お前を助けるために自分を犠牲にしたんだ。


「はっ?」

「信じられなくてもいい。権堂もそれを計画していた。俺に殺されるのは予想してなかったみたいだが」


 だから、俺について来いと手を差し出したのか。

 ケヴィンの身体に黒い糸が飛び出してくる。ベットの梯子に衝突し、小さな穴を開けた。身体の中から怒りが落ちてしまいそう。

 彼はつばを何度も飲み込んだ。


「……コイツは利用価値がある」


 ベーテンの放送は久野の殺害が土台となっている。彼が死んでいないとすれば権堂ワタルは目の色変えて捕まえに来るはずだ。


「ワタルがしてることは異常だ。説得するために彼を利用する」

「彼を許すのですか?」

「彼は利用価値がある。生きているとなれば襲ってくるはずだ。飯塚や部下を殺したベーテンを探し、殺す」


 苛立ちを久野に向けていれば楽だった。間違っていることだとケヴィンだって理解している。それでも、ビィが死んだのは自分のせい。その事実を飲み込むまで時間を有する。


「……よく堪えたな」

「全てが終わったら殺します。無論、あなたも俺を試した。このこと覚えておきますからね」


 逃げるように建物を出た。ポケットの記録を再生する。イシグロの友情が映像になった。




 彼は駅を降りてすぐ、海の近くを歩いている。薄い青の揺らめきは心をかき乱した。もう見られないという現実が胸の上部で強く締め付ける。


「あ、ケヴィン!」


 小春は最寄りの駅でケヴィンを待ち伏せしていた。動きやそうな格好にサンダルを履いていた。


「わざわざありがとう」

「いいよいいよ。だって、私のやつを見てもらえるんでしょ?」


 ケヴィンは入院中の彼と小春とのやり取りを記録するよう頼んでいた。それが前に完成したと報告を受け、最後に受け取りに行く。


「出張サービスのご利用ありがとう!」

「いえいえ、こちらこそ助かった」


 小春の主張サービスは誰に対しても行い、この格好で太陽しているのだろうか。ケヴィンは胸が痛い気がして上から触る。特にケガは残っていない。


「久しぶりにどうぞ」

「お邪魔します」


 家の中でケヴィンは進む。数ヶ月前まで、キムラの家でお世話になっていた。身体がどこに居間があるのか記憶していて、案内いらずに席へつく。

 彼女も遅れて前に現れ、片手の品物を机に置いた。


「これが小春と俺の記録?」

「うん。持ち運びしやすいように材質は硬いものにしたよ」


 これで心置きなく旅立てる。彼は背筋を正して前を向く。


「君と仲良くなれてよかった」

「ど、どうしたの?」


 照れた彼女は片手を首元に持っていく。初めて見る仕草で、まだ知らない要素を見てみたい。そんな欲深い彼がしたから覗き、抑え込む。


「俺はヘイズコードを出ていく」

「へ?」


 エアコンはごうごうと風を吹いている。生活音が二人の耳に入り込み、黙ってしまった。切り出したのは小春から。


「私も行く」

「だめだ」

「私はあなたとついて行きたい」

「やめてくれ」


 優しくされたくなかった。でも、彼女の安らぎが彼を癒している。危険に晒したくないという思いがせめぎあってざわついた。


「私は本当の私になるって決めたの」

「君の周りは許さないだろう。もちろん、君を危険に晒したくない」

「それは私もなんだけど。君に死なれたら終わりなんだけど」

「残酷な事を言わないでくれ」

「嫌だ。絶対手放さない」


 ケヴィンは片手を机に乗せていた。そこで、彼女は背を伸ばし、温もりを指先に与える。人差し指の中指の上から被せた。やがて、空いた手も上に続く。

 人肌は意地を溶かしてしまい、ちっぽけな彼は呼吸が荒くなる。


「私、ついて行くね。コーダの言葉わかるから通用するよ」

「俺は、一人になるのが怖いかもな」


 浦崎は彼に1人なのは可哀想だと言った。その言葉が棚から取り出されたように、まぶたの裏で反復する。

 日は下に落ちて、背景は赤く染め上がった。


「このまま二人に話すよ」

「俺も、いないとな」



 帰ってきた彼女は無言だった。ただ片腕の安全装置は取り外している。頭を下げるケヴィンの後頭部はつむじがあり、ツバキに差し出されていた。


「彼女を連れていきたい」

「お願い。私は彼と外に行ってみたい」


 ツバキは片腕に力を込め、2歩で接近した。彼の頭皮をつかみ上へあげる。ケヴィンは苦悶の表情で耐えた。


「ツバキ、やめて!」

「これは私への罰か?」

「いや、俺は彼女が隣にいてほしいだけだ」


 黒い糸を出さなかった。ツバキは片足で彼を宙に浮かせる。抵抗しない彼は深呼吸をした。かけよる小春は背中をさする。


「お前、自分が何言ってんのか分かってんのか!」

「これは私が決めたことだから、話だけでもつけておきたかったんだ」

「姉貴はハシュの境遇を熟知してない。どうしても、貴女だけは傷つけたくないんだ」


 どうして分かってくれないと地面を踏みつける。彼女は自分の姉が大好きで、目に入れても怖くない。その存在が危険なところへ行動させようもしている。


「私はコーダに行きたい!」


 かわいた音が家に響く。ツバキは好きな人の頬を叩いた。


「夢から覚めろ! もう子供になれない」

「私は子供でも構わないよ。だって、好きな人の隣に立ちたいって純粋に思ってるから」


 叩いた手は震えていた。暴力の恐怖が、攻撃したツバキの首を絞める。


「ツバキ、貴女は正しいと私もわかる。実力もないのに知らない土地でやっていけるわけがない。その通りだと思う」

「わかってるなら撤回しろよ」

「叩かれても行くよ。だって、私は人といることを知ってしまったから」


 ツバキは前髪に手を置いて、かき乱した。二人は話しかけるタイミングがない。


「私は許さないからね。次、姉貴を見たら力づくで連れ戻す」

「……ありがとう」彼女は微笑んだ。「ごめんね」


 リビングから二階へ上がっていく。ケヴィンとツバキは取り残されていた。


「南部京子に話を聞いてきた」


「ベーテンのことを話した。したら、彼女は成功したのかと悔しそうに呻いたよ」


 その作戦は前から存在していたことになる。そこで、彼女は罪状を軽くする代わりに聞き出したらしい。


「権堂ワタルに気をつけろってさ」


 ケヴィンと小春は家を飛び出した。ツバキはリビングで俯いたまま見送ることもなく、扉は閉められる。

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