17.新しい種族の放送

 旅館の屋根に空いた穴や廊下の傷跡を説明する。ツバキの武器が猛威を振るった。敵を追い返したと嘘を最小限に抑えて伝える。

 対応係の警官は難色を示した。しかし、物的証拠不足と領域液の採取、二次災害で死傷者ゼロで謹慎処分になっただけだ。しかし、ケヴィンは領域液が採取され、自己防衛という主張も聞き入れられない。


「処分は追って伝える」


 彼は仕方ないなと状況を飲み込んだ。



 ケヴィンは机に置かれた手紙を手に取る。退院した彼は返事された字を読む。そこには拙い字でたくましく生きる菜月がいた。


『お返事ありがとうございます。私は毎日追われる毎日で、挫けそうになりながら頑張っています。私は寮で友達ができました。とても優しい人ですが小心者です。どこか私の友達と似ていて懐かしくなりました。その友達にも再開して遊びました。それで、思い出したのですが。私とケヴィンさんって、やはり前にあった気がするのです。確か、その時は大きな包があったような』


その日、彼の携帯に連絡が届いた。


「もしもし」

【ツバキだ。自宅は暇か?】


 小春から連絡先を聞いたようだ。ツバキは先に謝罪した。巻き込んでしまったと。


「俺も気になっていたことだ。それで、襲撃はどうなった」

【様々な要因があるとして対策は立てられている】


 今回の連絡は情報共有だった。彼女は独自のネットワークで久野の存在を追いかけているらしい。動けない彼は彼女の協力に助かっている。


「もっと早くツバキと連絡すればよかった」

【お前はピリピリしてて、権堂が関わらせなかった。今更だけど、付き合う友達考えた方がいい】

「そう言うなよ」


 彼女は今誰もつけないで外にいて、誰かの家を訪問したらしい。そこで入手した情報を提供するようだ。


【それで、私はビィが他界したと仮定して話を進める。この場合、遺体に保存されていたデータを摘出し、アイツらを作ったことになるよな】

「あれはビィのデータから作られたハシュだ。見間違うはずもない」


 ツバキは報告書通り、久野が遺体を保管しているのではないかと疑った。


「リベロに保管していなかった」

【なら、久野が所持していないと視点を切り替えよう】


 久野が所有していないケースの方が現実味がある。数々の組織がビィの技術力に挑戦し、敗北してきた過去がある。その一方、透明なハシュにも説明がつく。早急に遺体を弔わないといけない。


「ほんと、お前優秀だな」


 ケヴィンの家にインターホンが鳴る。携帯に断りを切れ電話を直す。

 彼は警戒しつつ玄関に出る。穴を覗くと、権堂が退屈そうに立っていた。


「どうしたんだ」

「お、元気そうだな」


 権堂は私服の姿で手を振っている。手にはコンビニ袋がぶら下がっていた。


「仕事はどうした?」

「もちろんあるけど、少し立ち寄ろうかなって」


 午後から出勤するらしく、ケヴィンの家にしばらく寛ぐらしい。彼は家にあげて椅子に座ってもらう。


「ケヴィン、おそらくお前は特務機関にいられなくなる」

「そう、か」


 殺されないだけマシだった。今回の暴れた1件はツバキの主張もねじ曲げてしまう。


「なあ、ケヴィン。聞きたいことあるんだよ」

「何だ」

「旅館で戦ったろ?」


 相手の目をじっと見つめる。権堂は噂を広める人格じゃない。観念して首を縦に振り、誰にも言うなと睨んだ。


「ま、そんなことだろうと思ったよ」


 人仕事終えたように息を吐く。訪れた理由が一つ判明した。それに関連してケヴィンは思い出す。久野に何を言われたのか。首元を掴みたくなるほど問いただしたくなっている。


「で、遺体は見つかったか?」

「あ、いや」

「もしかしたら遠いところにあるかもしれんな」

「分かるのか?」


 はぐらかす彼は、瞬きした。その右目に生々しい縦の傷跡が浮かぶ。久野に攻撃された恐怖を物語る。もうケヴィンは彼に詰問できなくなっていた。


「ケヴィン、テレビつけるぞ」


 テレビの番組がヘイズコードの国営放送に切り替わった。釘付けになる民衆の中で、ケヴィンも目を奪われる。


『突然ですが速報です。久野の居場所を突き止めました。速報です。久野の居場所を突き止めました』


 日常に異質が覆い被さっていく。テレビの画面はざらついた映像から一転して道路になった。右上には久野の終焉と文字が付け加えられている。左上のワイプは報道キャスターが神妙な顔で原稿を読み上げた。


『今から活動家の権堂ワタルさんに変わります。彼はこの作戦を裏から支えた支援者です』

『変わりました権堂ワタルです。えーっ、まずはこれからの映像を閲覧ください』


 大画面はひび割れた道路を写している。周りには枯れ木と手入れのない雑草ばかり生えていた。そこに画面の下から黒い布を着た人間が複数歩いていく。


『画面下の彼らはベーテンと言い、我らの味方です。早速、彼らの実力を久野で見てもらいましょうか』


 彼らは飯塚を殺害した連中だった。それを証明するように体に傷をつける。そこから光の屈折した透明な糸が排出された。塊のように生成され、羽の形状になる。


『来ました。久野です』


 空撮カメラの映像が上下に揺れる。砂埃が広まっていき、黒い影が姿を現した。

 久野だった。黒い糸が背中から鋭い槍となって布を着た子供を狙い定めている。彼の身体は襲撃の時と同じく身体がぶれていた。


「右肩、治ってないのか」


 誰も見抜けない庇い方だった。ケヴィンは直感で口に出している。それでも、久野は一歩も引くつもりもなかった。

 黒い布を着た子供は羽のようなもの、同じように蜘蛛の足を体から出している。1人に対して10人がかりで、彼を倒そうとしていた。

 あの黒い布の子供はケヴィンの実力と同等だった。つまり、久野は10人のケヴィンと戦うようなものだ。襲撃前の彼は傷一つない本気を出せていた。今回は前回のハンデも背負っている。


 仕掛けたのは久野だった。黒い槍を後方に飛ばしていき、相手の喉元を食らいつく。1人は苦しそうに武器を両手で捕まえていた。

 子供たちは散開する。ケヴィンがやったように蛇行して、周りから攻めていく。中距離の武器を放り投げた。


『今、戦闘が始まりました』


 ニュースキャスターは状況を飲み込んで実況した。ワタルの瞳は語らずとも合図を分かっている。


 久野は地面を蹴って体を半回転させた。受け流される武器は勢いをなくし、こぼれるという表現が似合うほど、殺傷性が失われていた。宙ぶらりんの久野は近距離を仕掛ける。

 彼の手が身近なベーテンの心臓に貫いた。まるで刃物のように切れ味が鋭い。そこに群がる彼らは、光に集まる蛾のようだった。実際、羽が生えて飛びかかっている。

 しかし、久野は衝撃で仰け反らせた。


『久野が優勢に見えますか?』


 権堂ワタルは隣に質問する。図星をつかれ言葉を失っていた。


『さて、今から来ますよ』


 何かが画面の上部を待った。黒い塊のようだったけど、ケヴィンは唖然として目をこする。

 久野が力負けして空に飛んでいた。


『始まりです』


 ベーテンの俊敏な行動は建物や、コンクリートを這う。久野は体制を立て直し、近づいたものから殺そうと黒い糸を構える。相手は透明な糸を使えていた。その糸は右肩を捕らえている。


 久野の弱点が敵に露見する。ベーテンは初めから本気にならなかった。徹底的に潰すつもりだから、隙を探っているようだ。そこに首元を狙われていたベーテンが飛んでくる。復讐の獣になって、久野を翻弄した。ケヴィンの宿敵は無闇に黒い糸を放つ。カウンターを狙われ、久野の腹部を透明な羽が吸い寄せられた。


「な、何やってんだよ!」


 彼は図らずも叫んでしまった。テレビ越しの弟は自身の声が届かぬところで苦戦する。自身で引導を渡せない。ケヴィンは黒い糸が右手に縫われていた。


『さて、決着ですね。どうですか、不落の久野を抑えることができました』


 次は一人だけでも抑えられるでしょう。ワタルは誇らしげに中継で解説した。ニュースキャスターが口を挟まないことをいいことに、彼は荒らげる。


『我々はハシュの脅威に怯えていた。そして、ハシュは周りの目が気になった。もう両者のいがみ合いは終わりです』


 テレビ画面の久野は地面で寝ていた。安らかな死を受け入れようとしている。ベーテンたちは仲間の傷を見ていた。


『絶対的な強者がベーテンです。彼らがいる限り、ハシュは力を振る舞えないでしょう。なぜなら、彼らは素早い』


 忽然と画面から姿を消した。


「ケヴィン、これを見て!」


 権堂はタブレットを相手に押し付ける。画面にはSNSのコメントが並べられた。その文字はすべて『ベーテンがすぐそこに飛んでき』という驚きだ。


『私たちの研究でビィの技術を解明できました』


 道路の画面からビィの解説に移し変わる。子供をさらってハシュにするという犯罪履歴を持った自立型の機械。


『このベーテンは平和の象徴です。ビィの力を改良し、絶対的な上の存在を作る。これこそ、ヘイズコードです。平等な国の第一歩となるでしょう』

「……殺してやりたい」

「ケヴィン?」

「何でもない」


 彼の家族は利用されることを好まない。あくまで人間との対話を望んで、ケヴィン自身は騙され、久野に終止符を打たれた。

 ビィは利用されてしまった。権堂家によって。


「ケヴィン、おそらくお前は遠くに飛ばされる。それに従え」

「考えさせてくれ」

「アイツらはお前を狙ってくる! だから遠くに逃げろ」


 権堂はそれ以上話しかけないで、扉から出ていった。コンビニ袋にはぬるくなった炭酸飲料が二つ転がっている。

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