16.旅館での出来事
入院時の彼はリハビリと病室を往復する日々だった。傷のキズも癒えてきて退院まで秒読み。唯一の楽しみは見舞いだけで、暇だった。
「ケヴィンさん。外出しますか」
彼を心理的に支援する役職がついている。彼らは権限が強く外出届けを通していた。ケヴィンはその申し出を承諾した。
「では、閉院までに帰ってきてください」
念のためGPS付きの機械を手渡される。ポケットに直して外に向かった。
久しぶりの外は快適なほど晴天だ。涼しげな風邪を堪能しつつ進む。
「さて、仕事をするか」
ケヴィンは余暇生活の楽しみ方を知らない。なので、通話をする。
『久野はなぜ特務機関のビルを見つけ出せた』
『リベロに情報が流れていたんだろ』
『権堂はそれで満足するのか?』
電話越しの彼は3秒だけ返事が遅れた。
『ケヴィン。調べたいなら現場を当たればいい』
服を着替えた彼は崩壊されたビルに到着した。特務機関のビルは破壊されて拠点を変えることになった。元の場所から二駅ほど離れている。
「あれ。お前は」
彼は人影を見つけて駆け寄った。半身機械で小春の妹にあたる彼女だ。
「ツバキ、外に出て大丈夫なのか?」
ツバキは彼を見るなり親しみを込め挨拶をしてきた。どうやらビルに探し物をしていて、何かを見つけたらしい。
「ケヴィン。ついてきて欲しい場所がある」
ふたりは電車に乗りこんで隣同士に座る。傍から見て冷やかす関係ではないと、剣幕の悪さで察するはずだ。
「美津を覚えているか?」
「わかるよ」
「フタツキ区の殺人事件における証拠を提示してきた」
麻薬組織リベロの壊滅。そして、久野の居場所を潰した苦い過去だ。
「私もあの事件は納得いってないんだ。だって、今までの特務機関は目撃者だけで動かない」
ハシュは人間の子供がなるものだから、殺害行為は慎重にするべきだ。それなのに、リベロでは成長したハシュを目撃証言や不明瞭な証拠で襲撃した。
「彼女によると、犯人の目撃者が殺されていた」
数日前、バラバラ死体が発見された。血液も抜かれ身体は輪切りにされている。それでも、歯型から目撃者のものと一致したと報告が上がったらしい。
「ケヴィンだったら怪しいと思うだろ?」
「偶然とは思えないな」
「私はこの情報を上に流していない」
彼女は膝の上で拳を置き、骨が浮き出るほど握りしめた。
「情報をもみ消される可能性がある」
「……」
「君は心当たりがあるだろ。責めるつもりはないが、特務機関に入れたのも権堂の采配だ。試行錯誤できる場所になっている」
ケヴィンは現時点で組織から離れている。彼女は唯一信頼できる彼に頼った。
「だから、唯一の手がかりに向かっている。君がいるのは腹いせでもあり、私にも利益があることだからだ」
「そういうものなのか」
ここだと彼女は立ち上がり、出入口の前に立つ。ケヴィンは後ろをぴったり歩いて駅から脱出した。そこは高層ビルが一つもない住宅街だ。
誰かへ連絡をして、蒸し暑い外で待つ。すると、ふたりの前に車がカーブして止まった。窓が降りて顔が分かるようになる。
「貴方がツバキさん?」
「美津さん?」
美津はハシュ殺人事件で現場を担当していた。彼女の活動区はフタツキ区なのに、ここにいる。
「飯塚さんは現場にいます」
「助かる」
ケヴィンだけが打ち合わせから外されている。気が乗らないものの、引くことはできず後部座席に座った。
車はその後発進する。
「お久しぶりです。ケヴィンさん」
「ああ、そうか。二人は現場にいたか」
彼女は配慮が足らなかったと、新品の義手で頭をかく。ツバキだけは特務機関で作業をしていた。美津は運転しながら問いかける。
「ケヴィンさん。私たちは飯塚さんの現場へ歩いていきます」
飯塚が調査している現場へ車を走らせている。美津はツバキの頼みで使役しているようだ。
「リベロの件、ケヴィンさんはどう思いますか」
「殺されるべきなのは組織じゃなかった、とは思います」
「デュークは元構成員で、人生やり直そうとしていたなら、やるせない話ですね」
美津は車を左折して、立入禁止の線が敷かれている道でとまる。
「美津さん。悪いことしたら殺すって発想、最近は納得できないんだ」
「私は何も言いませんよ。だって、それを踏まえて殺していたんでしょう?」
車から三人が降りて、犯行現場にたどり着く。ケヴィンは手袋を身につけて血溜まりを歩いた。
「今回は広告が出てこなかったな」
「ケヴィン! 久しぶりだな」
飯塚は挨拶して手を握り返す。
遺体の件は残念だったな。また探しに行こう肩を抱く。
「ツバキもいる訳か。よし、少しだけ話をしよう」
彼は仕事を中断して話しかけていく。
「飯塚、あの時なにか変わったことありませんでした?」
「あったには、あった」彼は顎に手を置く。「これは部下の発言なんだが、変わったハシュがいたそうだ」
彼はケヴィンを指さしたけど、本人ではなく黒い糸が出てくる穴に注目させている。
「黒い布をかぶった小さな人々、聞いたことない部隊が邪魔をした。私は探ろうとする前に消えてしまった。わかったことは一つ」
ハシュの持つ黒い糸が、透明だった。
「透明な糸が体から出てきたってこと?」
「それに、どうやら子供だったらしい」
詳しい話は夜に聞かせてやるから、店を予約していてくれ。飯塚は話を切り上げる。
「美津。ここは何があったんだ?」
「リベロ同士の衝突ですよ。誰が上に立つのがふさわしいか、そんなことを繰り返しているんです」
彼は立ち止まる。二人は不審そうに振り返った。
「リベロが滅んで誰が得をする?」
「ケヴィン、どうした」
リベロは情報が集まってくる組織で、久野は居場所として住んでいた。彼が自由に動ける間は対象の敵が不利になる。居場所が割れたことで難癖つけて組織を叩いた。
「……浦崎は巻き込まれたということか」
彼も常識から外れた悪さがある。それを理由に殺されるのは納得のいかないものだ。ケヴィンは過去の無間と顔合わせする。
「俺は何も考えていなかったわけだ」
ケヴィンは自傷するように呟いた。
▼
夜8時を回り、住宅街からかけ離れた屋敷が前にある。昔あった日本という国の料亭にカテゴライズされていた。黄色の入口を超えていく。
ふたりは料亭に足を踏み入れた。ツバキは私服から仕事服のスーツに着替えて、靴を履き替えている。ケヴィンも指定された服で店の敷居をまたぐ。
「透明なハシュなんて聞いたことがない」
「ビィは生きていて、変種を作った。そう仮説を立てていたが違うようだな」
「俺の言うことは信じるんだね」
「嘘なら殺す」
「当たりきついね……」
姉のことがあるからなと茶化した。ケヴィンの仕事ぶりを彼女は買っている。
「ま、姉貴は私のことが嫌いらしい」
「……」
「なにか言えよ」
ツバキの声が上ずる。
「こちらでございます」
フスマが店員の手で開かれる。顔を横にする。店員も続いた。
「なっ……!」
血。死んだ魚の目に赤が彩られた。流れるようにテーブルの下へ滴り落ちている。
そこは二つの遺体が胸を貫かれていた。口は絶叫しようと開いている。
「キャー!!!」
「ツバキ」
「分かってる。飯塚とその部下が死んだ」
料亭は個室となっており、正面の窓が半開きでカギが壊されていた。
血液はまだ新しく、敵の呼吸を感じ取る。
「そこだな」
ケヴィンは肩や腰に傷を入れる。黒い糸が拳や足全体に薄く縫われていた。
「ケヴィン。フォローたのむ」
「けが人に無理させるなよ」
窓を器用に開けて外へ出る。ケヴィンは飛び上がって屋根に登った。ツバキに手を貸しつつ周囲を警戒。黒い布を着た子供ふたりを発見する。
「ツバキ、ロケットパンチ!」
「お前がやれ」
ケヴィンは自身の足を吹っ飛ばした。空中に浮き上がり、黒い糸がほつれ、黄色い液体が溶かし尽くす。手のひらに力を集中する。
「一閃!」
「!」
相手も反応が素早かった。すかさず防御姿勢に入り、屋根の上で衝撃を逃す。
「透明な、いと!」
月夜が彼の糸を照らす。無色透明で規律のある糸で、手のひらから変幻自在だった。
「ケヴィン、捕らえとけ!」
ツバキは解除した腕で発砲する。ケヴィンもろとも標的として撃ち続けた。
「ちっ」
敵は交わしきれず肩を負傷する。それでも、ケヴィンを振り払って敵は構えた。
「なんか強くないか?」
「ハシュは子供の方が強い。リベロでも手こずっただろうな」
「リベロ!」と、敵は絶叫した。
背筋を伸ばして手を挙げている。まるで先生に質問する子供みたいだ。
「リベロ、殺しました! 褒めてください!」
「ツバキ、権堂に謝るの手伝ってほしい」
「え、いいのか?」
ケヴィンは灰色の正しさを持っている。清いだけが正しいだけじゃない。
「今まで守ってきたものを投げ捨てるよ。だって、あれは俺が倒さなきゃいけない」
「だったら、私も謝るから手伝ってくれよ」
二人の目つきが変わる。襲撃する時と同じ人殺しの瞳だ。
「俺から行く」
ケヴィンは蛇行して間合いを詰めていく。その子供は地面に糸を衝突させた。地形が歪み、店の下に落ちていく。そこを一閃で突く。
待ち構えていたというふうにもうひとりの子供が空へ飛ぶ。ツバキはギアを変えてスタイルを遠距離に移行、腰から自立型兵器を発射し追尾する。
撃墜した子供へ近接攻撃を企てる。ギアを近距離に変更しスタイルを変えた。格闘が始まる。一矢乱れぬ攻防戦。現場経験のツバキとハシュの特別性で敵が先を行く。
「くっ……」
下から糸が吐出する。穴からケヴィンが微笑んだ。敵は捉えられ、一瞬の隙を作る。
「新品の成果を見せてやる」
場数を踏んだ彼女が殴打する。左頬に拳が当たり、すかさず高速具を体に絡ませた。下が揺れ、二人とも落下する。
「苦戦してるのか」
「ばかやろう。病み上がりだ。それより、客を避難させてくれ」
ツバキは右耳に当てると音声が響いた。
『ハシュの襲来です。速やかに避難してください』
「新機能だ。もうやってる」
「学ぶ人間は嫌いじゃない」
通常のハシュはケヴィンやツバキに劣る弱さだ。しかし、透明なハシュは子供という優位性に加え底知れぬ強さがあった。もうひとりの子供とに対してケヴィンとツバキふたりして攻め入る。奇襲で負傷させた子供とは訳が違った。
攻撃は加速させる。ハシュしかたどり着けない領域に至った。料亭の隅っこで暴れ狂う。ついていけないツバキは、自立型兵器で逃げた客の様子を監視する。けが人は数名だった。
「クソッ!」
ケヴィンが叫んだ刹那、彼は壁に吹っ飛ばされた。ツバキは身構えたが、彼らは襲わない。拘束された味方を透明な糸で背負い、ケヴィンに似た動きで逃走した。
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけあるかよ。あれは正真正銘、ビィの新作だ」
ビィの仕事を手伝ったことがある彼だからこそ、敵の真意を見抜いていた。しかし、彼は大事なものがかけていると表現する。
「ケヴィン。ビィは死んだとして、これはどう説明する」
「おそらく、遺体からデータを摘出された」
監督役の権藤が不在で、ハシュの力を使ってしまった。
「ツバキ、カッとなっちゃった」
「今回は私が暴れたから、ケヴィンが止めたんだ」
「えっ?」
「新品の力で撃退した。見栄をはらせてくれ」
ツバキは正しい人間だった。ケヴィンは自身に柔軟性が身についたら良いなと彼女を見上げながら考えている。
その後、ケヴィンを含めふたりは拘束された。自身らは会議にかけられ審議を問う。ツバキはケヴィンを庇った。しかし、上層部は頷かない。
「詳細は追って話す」
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