14.事件発覚後処理中
ケヴィンが天井をぼんやりと眺めていると、部屋の扉が開閉された音がした。警備員が扉を挙げて指図する。それがいつもの流れだったけど、今日は開いたままだった。
「何だ?」
扉の空いた透き間から叫び声がした。やすらぎでは騒ぎが起きているようだ。
おいて行かれた恐怖心に飲み込まれる。彼は身体を起こして、扉に耳を澄ました。誰かの悲鳴や爆発音が遠くで鳴っている。扉は誤差で開いたのかもしれない。ケヴィンは外へ出るために言い訳が必要だった。
そっと扉を押す。すると、廊下には人が仰向けで倒れていた。腹部から血液を流し肌が白く変色している。
「ケヴィン!」
彼は友の声に萎縮する。その方向を見やると、権堂が頬に汗をかき駆け寄ってきた。
扉の前にまで到着し、肩で息をする権堂。息を整えて、身体を案じる。
「何かされてないか」
「大丈夫だけど、これは何が起きて?」
権堂の脱出作戦が筒抜けだった。施設長は即座に対応してケヴィンを軟禁する。距離を置いて権堂を監禁して詳細を聞き出していたらしい。その話を聞いてケヴィンには心あたりがあった。つい気をぬいた友達に可能性として教えてしまったことだ。しかし、ケヴィンは友達二人が裏切ると思えないが、三人の全てが露見していた。
「ま、ともかくだな」
権堂は手を叩いて注目を集めた。そして、周囲の騒音を聞き分け、彼へ背を向ける。
「このドサクサに紛れて進もう」
「これは権堂の指揮じゃないの?」
自身の思惑通りだけど、始めの合図を取っていない。勝手に暴徒と化し、やすらぎは攻撃を加えられているようだ。
「じゃあ、これはいったい何のために」
二人は転げないよう気を配って、すり抜けるよう出口へ歩く。そして瓦礫を潜りぬけ外の光を浴びる。
「何だ、これ……」
やすらぎは崩壊していた。クリーム色の塀は赤と泥が付着している。黒煙が小屋から立ちこめていた。道行く人は恐怖に顔をゆがめていて、血を流していた。既に暴走した黒い糸が人間の上をまとわりついている。まるで、黒い糸が人間を操って壊し回っていた。ケヴィンは足下から震えのようなものが上がってきた。
「ビィを探しに行く」
ケヴィンは後ろから風が吹いた。それに押される形で、車内の記憶と今を照らし合わせ掛ける。
「待て。ケヴィン!」
「権堂、何で止める」
「ビィとケヴィンは別々に移動した方がいい」
暴走したハシュが突進してくる。ケヴィンは身体を翻し、権堂のもとへ戻ってくる。そうしなければ権堂は殺されていたからだ。
「とにかく逃げよう」
「ビィは別の組織が狙った可能性がある」
彼女の技術は他の企業や国にとっても魅力的に写る。敵襲に見舞われても不自然ではない。しかし、ケヴィンは感情を元にして動いている。
「だとしても、家族の命が狙われているかもしれない!」
「彼女のことを思うなら逃げるべきだ!」
尖った銀色がケヴィンの左腕を素通りしていく。服の裾が口みたいに広がってしまい、中から黒い糸が外に出ようとした。
「ケヴィン。この道はビィの施設だよな」
「いいから付いてこい」
声が遠くに聞こえ、彼は焦って相手を探す。権堂は道の上で足を止めていた。場違いなほど落ち着いている。
「それなら、俺だけでも外に出る」
「お前、死にたいのか」
すると、地面が震動した。立ってられなくなるほどで横に揺れて、二人は下に手を触れる。他の暴走した人々も身体のバランスを崩した。
「ビィは、彼女はどうなったんだ」
分け目もふらず目的地に向かう。地震が直った後も、権堂を取り残しても、離したくないものを取ろうとした。彼はもう一人になりたくなかった。
ハシュに腹を攻撃され、肩に穴が突き刺さる。それでも、瞳の光は失われていない。ただビィと旅をしたいという原動力が、その気力を支えていた。
「ビィ!」
廊下を下っていき、階段を数段飛ばして進み、死体の上を避けて、鉄の扉が目視できる。
鉄の扉は、入り口で横たわっていた。くの字に曲がって、防御の意味がなくなっている。そのまま進み、入り口のフチに手を掛ける。
「おい、どこに……」
ビィは椅子の近くで横たわっていた。まるで寝てしまったように安らかな顔つきをしている。その横である男性が見下ろしていた。片手には彼女の片腕と、黒い四角のもの。
「何をしているんだ」
「ケヴィン、これは」
その男性は久野で間違いない。つまり、彼は機械の付近で強奪している。
「おい、は?」
「ケヴィン。これは」
視界が黒く染まりあがる。彼の黒い糸が傷口から這い上がって、踊っているように揺れる。ケヴィンの身体は変質していく。制御不能な糸たちが殺意に執着して纏われていく。
「ケヴィン!」
___
権堂は後から追いかけて入ってくる。その目には、狂いだした友が両膝をついていた。
「おい、ケヴィン!」
身体が本音を黒い糸を覆い隠す。久野が逃げることなく覚悟をし、黒い糸を独りでに歩かせていた。そして、久野が分身する。
同じ顔同士が傷だらけになるため、一斉に戦いをする。ケヴィンは片腕を伸縮し、突き刺して振り回す。その一人でさえ輪郭が炙れて、すべて絡め取られていく。
「片付けないといけない」
権堂は友の独り言を聞いた。冷静になる糸口だと思いついたが、それは過ちだと沈黙する。
「俺は何も分かっていなかった。俺は何も出来なかった。ビィは」
例えば赤子の丸まった手の平に指を入れたら、その指を握ることを反射となる。彼の発言は黒い糸という自傷行為で口が勝手に開いている。心を無理に開くから、徐々に狂いが生じていく。その先端はやがて内側に食い込み、死亡に届きうる。
権堂は行く末を見守ることしかできない。この殺し合いに普通は参加できない。見守るしか出来ない彼は。ケヴィンの横顔に謝罪する。
そして、二人が昏睡して倒れるまで続いた。天井の鉄骨が落下して、無意識に逃避する。砂埃の中でケヴィンは目をつむり気絶していた。彼は推測で久野も同じだと決めつけた。身柄を拘束しようと記憶を頼って渡っていく。しかし、久野はおろかビィの遺体さえ発見ができずにいる。
彼はあきらめケヴィンに肩を掴み、一緒に脱出する。外の人間は殺害か自壊していた。生臭い道の上で心臓の鼓動に耳を傾ける。
やすらぎが1日掛けて壊し尽くされてしまう。ケヴィンが目を覚ますまで危険ではない家で休息を取った。
そして、目を覚ました友と共に事情を説明し、何かおいてないか協力を買って出る。
二人は意見交換せずとも研究施設の跡に到着する。
研究施設の跡で片膝をつく。周囲は瓦礫と読めない書類が散乱している。彼はそこで馴染みのある写真を見つける。まるで、ケヴィンを呼んだように目に入った。
ケヴィンは地面の下に落ちてある一枚の写真を拾う。それはファイルに添付されていたビィだった。
写真の砂埃を手の平で払い落とし、顔を老けさせないようにする。
「ビィの、遺体はどこに?」
背後の友人は手探りするようなためらった口調で言う。
「見つかっていないんだ。元の場所に姿を消し、目撃された情報さえない」
二人を含めた生存者は探索を続ける。この事例を研究し対策を立てないといけない。そのためには現場の情報を統制する必要がある。といっても、生きるだけで疲弊している彼らは目が滑ってしまう。彼も、権堂もその一人だ。
「権堂、俺を特務機関に入れてくれないか」
「いいのか?」
傷口から黒い糸を器用に放出させる。それは写真を丁寧に切り取って、その大きさをペンダントに収まるよう調整した。首にぶら下がった飾りを外して、手順通りに写真を装飾する。元に戻して首飾りを掛けた。
「ああ。俺は悪いハシュを世のために殺したい」
権堂は威勢の良さを悲痛な叫びのように聞こえた。耳が塞ぎたくなるほど痛々しいと、彼は口の中で押しとどめる。
「そこにいれば、久野を殺すことができるはずだ」
立ち上がって膝の砂を払う。振り返ると、権堂はケヴィンの目を必ず見ようとしない。普段は目を見て会話する彼らしからぬ行動だった。
「それに、彼が彼女の遺体を持ち去った。何のためか分かるか?」
彼の好奇心が悪い面で顔を出す。ケヴィンの疑問を真摯に見つめていた。
「彼は遺体に内包されたデータが狙いかもしれない。彼女にはハシュの技工を最大限に活かせるツールがあるはずだ」
「だったらなおさら、殺そう」
携帯した首飾りで殺意を思い出せる。ケヴィンは確かな恨みの鮮度を一滴も落としたくなかった。
「ということだ。入れてくれ」
権堂に拒否権はなかった。元々、所属違いの特務機関で働かせるつもりだからだ。
「久野を見つけたら殺す」
「そして、ビィの遺体をケヴィンが葬り去る」
彼らの関係に奇妙な同盟が結ばれた。それを守る限り、互いの優位性を発揮できる。
そして、この事件は久野と外部の組織が主犯格だと断定されたが、警察や特務機関は逮捕できなかった。そして、やすらぎの犯罪的な管理を告発した権堂は表彰される。勇敢な行為を称えるとされたが、権堂家のパフォーマンスに過ぎない。家族の歯車として、権堂は笑顔を作る。
事件はかくして解決になった。数多くの謎は掘り返せないし、妥協といった文字を地で行く。
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そのときも白い天井が視界に入ってくる。次に、ピンク色のカーテンが仕切りのように周りを囲っていた。ケヴィンは自分がベットの上で寝ていることを知った。
「ここは?」
「……あっ」
隣に小春がいて、目が船を漕いでいた。夢心地なのか表情は明るい。
「起きたんだ。おはよー」
「おはよう。小春」
彼女は倒れ込むように枕元の何かを押した。ナースコールだと頭で答えが出したら、看護師がカーテンを開ける。
「あ、ケヴィンさん目を覚ましました!」
身体は貼り付けたように固定されている。
「ここは?」
「病院ですよ」
ケヴィンは長い夢を見ていた。口に出したら鮮度が落ちるような繊細な内容だ。
「俺はどうなって」
医者は陽気に声かけしてくる。瞳孔や軽い診断し、誰かに連絡を入れていた。触られている間に、小春は看病していたのかと思い至る。そして、お礼を言う前に寝息を立てていた。
「……」
小春に何て言おうか、今の彼は考えることしかできない。
とりあえず、ケヴィンは喉が渇いていた。
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