12.久野の誕生
「それは嫌だ」
ケヴィンは恐怖という銃を常に向けられている。迂闊な行動を取れば球が飛んできて、そして蹲ってしまう。
「な、何でだよ!」
「俺の兄弟はどこに消えたんだ!」
ケヴィンは権堂の怒鳴りに急かされて、声も次第に大きくなってしまう。二人の目を見れないから、視点を汚れた土に固定する。
「ケヴィン以外は死んだ。ここにいた事で殺されなかった」
「みんな、死んだのか」
サキの仮面の手ざわりを気を抜いたら思い出している。目元が血でぬるく、側面は怪我防止で滑らかになっていた。
「死ぬことが怖いなら手助けする。脱出したあとは俺の下で働けばいい」
権堂は特務機関で勤務する予定らしい。生きるために仲間を殺す皮肉は友達が理解していないようだった。
「特務機関と言っても仲間は殺さなくていい。事務作業すればいい」
「俺はあと4年で20歳になる。そうしたら、嫌でも外に出なくちゃいけないじゃないか」
「20歳になったハシュは前線に送られる」
彼は刺激しないよう気を使って教える。このやすらぎでは専門的な学部は金が足らず通えない。やすらぎの施設は紛争地に派遣するため実践的な格闘を学ばせている。
「国の戦士になりたいならいい。しかし、戦わない選択肢もあるんじゃないか」
彼はクラスに漂う諦めを肌で感じたことがない。落ちてきた現実を彼は受け止めきれなかった。
「考えさせて」
ひ弱な彼に対し、二人の返答は朗らかなものだった。
「私たちも段取りがあるから大丈夫。整理していこね」
やすらぎの施設長はハシュを快く思っていないからこそ、頂点に座っている。彼を黙らせるために手間取ると語った。
「だとしても、俺たちは脱出する方針で動く。次に、俺と会ったら初対面みたいに振る舞ってくれないか」
ケヴィンは選択から解放されて背骨を伸ばした。権堂は今にも崩れそうなほど辛そうな顔つきで、見てはいけないような不安に駆られる。
「あ、ケヴィン。これ貰ってくれない?」
そう言うとビィはペンダントを手渡した。中身はケヴィンの家族が乗せられている。
「お古だけど持ってて。それ権堂くん特性の連絡機だから」
「まあな、俺は同じ後悔をしたくないんだ。必ず助けるよ」
やすらぎの生活を否定されて落ち着かなかった。ケヴィンは停滞した毎日を愛していたからだ。それでも、言い返せないのは相手の意図も飲み込めるからだった。
▼
昨日の出来事で寝付けなかった彼は、授業中に睡眠をとってしまった。昼休みになり三人と昼食を取っている。
「ねえ、ミチル。本当に大丈夫なのか?」
友人は俺の顔を覗き込んだ。
「なあ、イシグロ。もっと早く外に出たいか?」
「やっぱ、それはそうだな」
20歳よりも若く外の土を踏めるとしたら、彼は警官を望む道を進むのは変わらない。
「ユウはどうする?」
「正直、外に出るのは怖い」
彼女は机の上で困惑するように指をいじる。ケヴィンの質問を真剣に思案し発言する。
「私は外の世界が怖いことを知っている。でも、ここにずっと居るのは嫌かな。だって、痛い思いをしてるから」
三人と外で集まれたらいいね。彼女は健気で、ケヴィンの淀んだ気持ちが打ち砕かれた。
「そっか。外で会おうよ」
「ケヴィン?」
「俺、ココを出るかも」
「外で待ってて」
「分かってる」
学校を出て、駐輪場で、自身の自転車へ鍵を回していたら声かけられる。
身体を起こして誰かを探す。そして、その白衣が目に付いた。
「久しぶりだな。ケヴィン」
駐輪場の中で白衣を着た権堂が近寄ってきた。場に不釣り合いな服装は異質感を演出する。
「少し面を貸してくれないか」
そこで敵意を察する。彼の後方で武装した男達ふたりがケヴィンを観察していた。
「不快にさせて悪い。部下が護衛をつけろとうるさかったんだ」
ケヴィンは自転車に鍵をかけた。彼について行くことを決める。白衣を翻して護衛の元へ進む。護衛含め4人で近くの黒い車に入った。銃を持つ彼らに挟まれる形で、真ん中に座る。
友は車の下に置かれていた鞄を持ち上げ、中からファイルを取り出した。
「最近、このやすらぎに侵入者が入った」
手渡された紙に目を通す。1枚目はビィに対する情報と、対処方法だった。
「彼女は君の家族で、彼女はハシュを作り出せる機械だ。ヘイズコードではハシュを製造しようとしてる」
「何で」
「俺の推測では前線のハシュを完璧なものにするためだ。殆どの子供は病気や飢餓で死に絶える。それを再利用しようって腹だ」
「戦争が起きてるのか?」
国が国と落ち着くためには周りを理解させなければならなかった。そのための武力行使が続いているらしい。
「そこで、そのファイルに話は戻る」
ケヴィンはページをめくって目を見張る。そこに乗っていたのは自分の名前だった。
「担当者は機械が口を割らなかったらしい。その代わり、機械はケヴィンを指名した」
階段を下って鉄色の廊下を進んでいく。黄土色の蛍光灯が四人の足に影を作っている。
警備員が横脇を囲んで、彼は少しずつ歩いていく。正面には権堂が先行している。
「ケヴィン、今日は実験をするらしい。俺と一緒に立ち会ってほしい」
「わかった」
やがて4人は一つの扉に到着した。扉は大きく、2メートルある人間がすんなり入る幅だ。扉の真横に肩の高さでスイッチらしき装置が置かれていた。そこに、権堂は指をかざし、赤いセンサーが通過する。機械の画面が赤から緑に色を変え、扉を開通させた。
「もう遅いけど、ケヴィン。驚くなよ」
先頭にケヴィンが歩いていく。室内の色は灰色で、上に豆電球が吊るされいる。その下に椅子が二つ放置されていた。
豆電球の下で椅子を引いた。すると、明かりが部屋の隅から焦らすように点灯する。
「また会ったね。ケヴィン」
「……」
管が壁から伸びて、彼女の頭に刺さっている。それ以外の場所にも管が伸びていた。彼女は上半身だけを起こして、対峙している。寝かされたベットには拘束具が手足を固定する。
「え、え?」
「これでも少ないほうなんだ」
「な、何が起きて」
ビィは限りなく人間に近い。そのため、肌色の腕から鉄の管が刺されたような異質さがあった。
「な、何で」
彼のに黒い影がぼうっと現れた。今度は二つの白い目が逸らすことなく捉えている。まるで、ケヴィンが取り乱して暴れてくれと言わんばかりに待っていた。灰色の部屋に重力がなくなって安らぎを出ようとする精神。彼は彼であるための証拠を探していた。親もいなければ友達もいない。自分には黒い糸と和解して、開放されるしかなかった。さあ、手を伸ばして。
「ケ……、ケヴィン!」
「ハァ、ハァ」
「ケヴィン!」
横に権堂が汗を垂らして揺すっていた。彼の手が両肩に当てられている。ビィの身体に管はつけられたままで、背中にいる警備員は銃口を向けていた。黒い影は寂しそうに下へ溶けていく。
「今日は休むか?」
「いや、いい。それよりもビィと話したい」
転倒した椅子に手を回す。
「久しぶりだね。ケヴィン」
「その姿どうしたの」
「何か色々調べられちゃった」
唯一ハシュを作れる装置を作動できて、彼らを使役していた自立型機械。確かにデータを抜き取るのは当然だ。しかし、それは解決に導かなかった。これでも彼女は必死に抵抗している。手段を渡すつもりはないと。
「権堂。これ外せないのか?」
彼はケヴィンの横でじっとビィから目を離さなかった。顔を見ないまま返答する。
「俺もこんなことしたくないが、前に解放したら暴れてきた。申し訳ないが耐えてもらっている」
「それにしてもあんまりじゃないか」
「分かってるつもりだ」
友が秘めた思いを直感で察した。彼よりも上の巨大な敵を見据える。板挟みに苦しむ彼に、ケヴィンは意地悪を思いつく。嫌がるなら、なぜ俺たちを助けなかったと。
「さて、そろそろ移動する」
権堂はケヴィンと同じ子供だったから、八つ当たりしても変わらない。それにケヴィンは今の生活に満足している。
周囲の人々は用意に取り掛かった。ケヴィンと権堂は壁を背に今後の予定を聞く。
「今から彼女がハシュを作る。指定した通りのハシュを君の学校に通わせるらしい」
「見せてもいいの?」
「長を黙らせるには必要な手順だ。君に見せるのは不正をしてないか見極めるためらしい」
彼は話を理解してないがわかったフリをした。ベットの車輪が回転して別口に出る。
「俺はお前を捕まえるつもりはなかったが、信じなくていい」
「……」
「お前をここから出す。それまで辛抱してくれないか」
まるでケヴィンが外に出たいと決まってる口ぶりだった。その強い決意に押されて曖昧な態度をとる。やがて、別口から彼らも外の日差しを浴びた。
そこから裏道を通って、かの薄汚れたプレハブ小屋に来る。彼女の片腕には手錠がついていた。あまり効果は期待できないが、警備員の気休めになる。
「それでは、ビィ始めてくれ」
ハシュ製造機を愛おしくなでていく。ディスプレイに何かを打ち込む様子はない。しかし、画面のコードは自動で書き加えられた。彼女はただ触っただけで画面がめまぐるしく変わっていく。
ハシュ製造機の隣接する袋が移動し、黒い建物に取り込まれた。赤い煙をあげ、機械が震える。
「出てくる」
機械の腹から白く濁った液体が滴る。中から肌色の細い腕、薄い黒髪が液体から現れる。一分かけて液体が地面に落ちていった。8歳ぐらいの子供が出産される。
「職員記録。実験は成功し、検体を摘出成功。診断後、学送り」
素早く記録係がボードを弄る。権堂の発言を聞き取って書き加えていた。
それに対してビィは冷めた目をして子供を見下ろす。
こんな汚い世界に子供は堕ちてくる。瞼が受け入れようと開かれていく。
「君の名前は久野だ」
ビィはその子供に名前をつけた。不思議なのか当たりをきょろきょろ興味をなくならない。そして、正面の母親を補足する。
「マ、マ?」
ビィは抱きついた。当の子供は目を見開いて硬直している。回された腕に戸惑っていた。身体に液体が付着しても構うことがない。警備員は問題にならないと牽制しなかった。
「ごめんね、久野くん」
「……」
「久野、ごめん。本当にごめんね」
彼女は許しを乞うように謝っていた。その行動に意味は見いだせなかったが、ケヴィンは生々しい現場を見逃さなかった。今、そらしたら全てを落としてしまう。そのような錯覚が働いた。
「ごめん?」
「うん。ごめんね」
おそらく、久野が生まれてきて初めて覚えた言葉だった。
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