6.おれはおれをごまかす

 彼は膝を突き合わせた相手に作戦のことを伝えたかった。しかし、それは規約違反にあたりハシュに迷惑がかかる。


「……ケヴィンさん?」

「あ、ああっ。わるい……、ここどこだ?」

 

 デュークはバーの中で飲んでいた。バー自体は閉店し、スピカと店長が在籍している。


「そうか。最後だからって飲みに来たのか」

「そうですよ。もう眠いんですか?」


 ケヴィンは未成年だから一滴も飲んでない。彼の出頭を付き添う形になる。


「でも、スピカさん。前から思っていたんですけど」

「はい。何でしょう」

「貴方は何を考えているのかわからない」


 スピカというロボットは思考能力が備わっている。よく楽しませるようにとの機能だったが、平和な今は状況判断能力にたけるとして飲食店で稼働していた。変えのバッテリーも修理も安く済むパックがある。


「貴方が好きだったんです」

「デュークさん。もう来ないんですか」

「……」


 デュークは手元のお酒を一気に飲んだ。耳は赤くなって態度は大胆になっている。


「あの時、私を庇ってくれてありがとうございます」

「いやいや、そんな」

「そして刑事さん。私を捕まえてください」


 横で俯瞰した彼は前に出される。ケヴィンは刑事ではないが話の行方が先だった。


「スピカちゃん」

「私は機械なうえに経歴がない。なにかしてきたわけじゃないから私を捉えてください」

「スピカちゃん。辞めて」

「わたしが無警戒に裏道を歩かなければよかったんです。案の定、襲われて、それで」


 被害者である塚地はブラック企業に務めていた。上には上のパワハラがあり、のし上がるには心を犠牲にしないといこない。掲示板では前から劣悪な環境で叩かれていて、乗っている勤務リストは恐ろしい画像として出回っている。


 そして、機械は社会的立場が極端に低い。たとえストーカーしたとしても自立した行動をしていないものとして、相手にされなかった。


「ふたりとも、明日は逃げろ」


 勝手に口が動いていた。敬語の仮面が今のやりとりで外れる。


「特務機関が殺人を犯したとしてリベロに突入する。浦崎には逃げるよう伝えてくれ。俺はこれ以上かかわれない」

「ケヴィン、どういう」

 


 目線の先をスピカにする。機会とは思えない決め細やかな肌をしていた。


「おそらく君にも捜査の手が届く。店長さん、うまく隠してやってください」

「わかった」


 デュークはしばし考え込む素振りをし、椅子から立ち上がった。


「デューク、前に構成員だっただろ。そこで聞きたいことがある」

「答えられることなら」

「動かない機械を見なかったか?」


 彼は考え込む素振りをした。やがて、口を開いた。ケヴィンは『ここにあるよ』という発言を期待する。


「いや、見たことないですね。久野も所有してなかった気がします」



 作戦決行日、ケヴィンは仕事用の携帯を鳴らしていた。彼は虐殺をおこさないよう待機しているのだ。

 森の茂みで突入隊の様子の強さを測る。すると、電話が通じ耳にした。


「権堂、どこにいる。俺はもう持ち場に着いている」

『そっか。なら、始めてください』

「え? なんで急にけい────」


 ケヴィンは自分が嵌められたことに悟った。正面の突入隊は権堂のフェイク。


「どういうつもりだ!」

『どうやらリベロに突入が漏れていたらしい。だから、変えられた拠点に進行し、捕まえて潰すのさ』


 リベロが森の奥にあるコンテナに潜んでいる。仕事用の電話から不吉な情報が垂れ込んだ。

 ケヴィンは泥臭く走った。足をおおきく振りあげて地面を踏み、手を大きく揺さぶる。周りの街はすっかり面影をなくし木々で視界が緑になっていく。


「ケヴィン! どうしてここに」


 彼を呼ぶ声がして振り返る。そこには白衣を着てスキニーを履いた権堂がいた。

 友人の声で足を止め、肩で息をした。


「なぜ俺に伝えなかった!」

「俺達がもぬけの殻に来たと誤魔化すためさ」

「殺しちゃダメだ!」


 その発言は権藤を揺らした。ケヴィンは飛び越えてはいけない境界線を過ぎてしまう。


「危害を加え、出頭しないハシュには許可が降りてる。今までだって殺してきたじゃないか!」

「でも、今回は事件と関係がない」

「組織の部下が起こしている。それに、これは初めてじゃない。また、ハシュだからといって麻薬を売り人をダメにするのは許されるのか?」

「それは論点のすり替えだ!」


「ケヴィン」友の腕を掴み、力強く引き止める。「……守るべき相手を見間違うな」


 ハシュじゃないお前に何がわかるという言葉が喉まできたが飲み込んだ。すると、権堂の無線から通信が来る。


「お前が、それを言うのか?」

「へ?」

「ビィを見殺しにしたお前が言うのか?」

「ケヴィン……」

「俺は正しくないといけないんだ! これは間違っている!」

「問題発生。報告にはないロボットを確認。現場の判断により破壊する」


 なぜ君がそこにいる。デュークが大切にしたかった日常が自分から連れ込まれた。


「スピカ! やめろ!」


 電話越しに銃声が響く。命が床に落ちて絶望が広がった。ケヴィンの頭で叶わなかった願望が責めてくる。お前の身勝手な自己犠牲が被害を拡大したと、始まりから間違いなのに正しくなるからこうなる。


「ケヴィン。ここにいたか」


 天敵がいた。久野が白い仮面をかけて立っている。おかしいと思わなかったかと質問してきた。


「な、なんで久野がここに」

「なんで今現れるんだよ……お前」

「そりゃ、居場所を壊されたんだ。俺の破壊活動は一時中断させてもらうさ」


 やはり久野にとって家のような存在だったようだ。それにしても、瞳の奥は冷たかった。

 ケヴィンは場を壊した張本人だ。想定していない自体だった。


「ケヴィンは俺を殺すために、周りを巻き込むんだな」

「俺はそんなつもりじゃない!」

「結果、そうじゃないか。まあいいさ。ビィと同じく、お前らは脆かったってだけだ」


 肉体から黒い糸が突出する。それらは針となってケヴィンへ標準を合わせた。


「ビィのこと撤回しろよ」

「あんな鉄クズに同情してんのかよ。お前はバカだな。だから、何も守れないんだ」


 久野は納得のいかない様子でケヴィンを見定める。針の一つに注意して声上げた。


「ケヴィン。君のいるところは腐っている」

「く、久野おお!!」

「逃げるぞ。相手のペースに乗るな!」


 すべて久野の手のひらの上だった。ケヴィンはどの言葉よりも侮辱で、心に深い傷跡が残る。


「ダメだ。ケヴィン!」

「お前は力の使い方をわかるはずだ」


 ケヴィンの針は久野の身体を追尾した。周りの木々に黒い糸が突き刺さり、すべては払われていく。権堂は身を屈めるしかなかった。穴あきにして、血液を地面に染み込ませ復讐を遂げる。動くだけのケヴィンはそれ以外の意識を絶った。家族を殺されて、何もないと思い込んでる。そんな彼は唇を噛み締めていた。


「こんな、こんな戦いをするつもりじゃなかった!」

「言い訳したいのか。なら、早く死ね」


 久野は彼の遠距離攻撃を難なく交わす。針がどこに着地するか予測してるみたいだった。


「お前は世界に牙を向けない」


 特務機関の作戦は廃工場を含めてスタイルが違った。黒い糸を身体に絡ませて鉄砲玉となる。それが今は身体の外に出して武器にしていた。

 そして、久野も黒い糸を外に晒して、六本の足が中央の久野を支える。黒に近い血液が散乱して緑の茂みに混ざった。


「ケヴィン、こんな卑劣な、権堂のところにいて満足か?」


 久野の異質な身体は、人間と呼べる動きじゃなかった。手足は簡単に外れ、怪我をしても怯むことない。動けなくなる箇所だけを避ける。無駄がないそれだけの動きだ。ケヴィンは不慣れな動きで暴れている。権堂の足にぶつかり、それから全てを壊していた。

 そのケヴィンの足を久野は絶つ。一つの赤い足を上から突き刺した。


「がァ!」

「ケヴィン!」

「君の友達は蹲って話すことも出来てない」


 その傷穴を強く詰る。ケヴィンが出した足を切断して糸が解れていく。


「お前、弱くなったな」

「くっ……」


 彼はこれまで冷静に対処できたし、罪悪感は見ないふりをしていた。しかし、今回は集中できずにいる。どこかで何かを美化していた。その残酷な浅ましさが戦いに現れている。

 ケヴィンの肩に怪我を作る。久野はあえて急所を狙わなかった。彼の体は既に天敵に侵された。望んだ勝利は手が届かない。


「ケヴィン、お前ならわかるだろ」


 傍観者の権堂には、久野が喜ぶどころか落胆さえ伺えた。膝つくケヴィンは傷の痛みで唇が震えている。


「ハシュ差別する上の人を殺す。そして、お前が俺を殺す。それで、復讐は終わる。だから、まだ早いんだよ殺すのは」

「俺は、乗らない」

「ここで拉致するといっても乗らないか?」

「お前はビィを、家族を殺した」

「間違ってない」


 久野の身体が跳ねる。黒い糸の片足が銃弾に被弾した。彼からして右の方向、突入部隊が駆けつける。


「またなミチル」


 久野は地面から跳躍して鳥のように舞う。銃弾が貫通しても怯まない。滑空して姿をくらまそうとする。突入部隊は2つに分かれて、片方が追って、一つが救護した。


「すみません。ケヴィンが重症なんです」


 権堂は後ろを指さした。しかし、そこに人はいない。


「ケヴィン。おいどこいった。ケヴィン!」



 傷だらけの彼は海にいた。身体の血は勝手に固まり再生する。ハシュは人間より都合よく出来ていた。


「誰も救えなかった」


 コンクリートの地面に濁った地と汗が零れていく。彼の中で失敗が押し寄せ息苦しくする。


「あ、あの……」

「……」

「すみません。ケヴィンさんですよね?」


 目線を動かすと、隣に女性がいた。明るい髪色にぱっちりとした瞳、モデル雑誌に乗りそうなすらっとした女性だった。心配そうにケヴィンの背中に手を当てた。


「どうしておれのなまえを」

「じっとしていてください。お父さん呼びますから」


 彼女は小春という名前だとケヴィンに伝える。しかし、彼は活動の限界を迎えて名前を聞き取れなかった。そのまま、灰色のコンクリートに肌をつけ意識が飛んだ。

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