第12話 据え膳食わぬは男の恥らしい

 一晩ぐっすりと眠ったおかげで、あることに気がついた。

 いや、眠ったというよりは気絶したと言う方が正しいか。それ自体は問題ではない。

 気づいたというのは俺の家が火事になった件でだ。

 床に座り込んで当時の状況を思い出す。


「やっぱおかしい」


「なにもおかしくないよ」


 考えていた言葉がつい口から漏れると、後ろから即答で否定が入る。

 振り返れば、ムスッとした顔のヨツノが朝食の支度をしていた。昨日散々泣き喚いて、途中で疲れて寝たから寝不足というわけではないはずだ。


「まだ怒ってるのか?」


「据え膳食わぬは男の恥って知ってる?目の前に出されたご馳走はちゃんと綺麗に食べないといけないんだよ」


「そうなのか。じゃあ朝食としますか」


 ヨツノは難しい言葉を知っているな。獣人の言葉だろうか。

 そんなことを思いながらテーブルにつく。彼女はまだふくれっ面だ。ちゃんと綺麗に食べるって。


「それで、何がおかしいの?」


「何もおかしくないって、お前が言ったじゃないか」


「主題が違うことくらい分かってるよ。あれだけ散らかしてるんだから、考えてたのは燃えた家のことでしょ?」


 彼女が指差す床には大量の書物やアイテムが散らばっている。これらすべては俺のアイテムボックスに入れてあったものだ。

 整理がてら、ある物ない物を確認していたのだが、そこでふと気づいたのである。


「家が燃えるわけがない」


「いや、燃えたじゃん。ごあーっ!って黒い煙立たせて!」


「確かにごあーってしたんだけどな。手持ちの魔術書にしろ、研究中だった魔法陣にしろ、火が出るものなんてないはずなんだよ」


 魔術師は魔法陣の研究をする。冒険者であった俺はいかに早くて効率のいい陣が描けるか等を研究していた。他の魔術師がどんなものを研究しているかは知らないが、オーソドックスなのは魔力効率とか威力とかだろうか。

 火の魔術を研究した書物も確かにあったが、そもそも俺が魔力を流さないと発動しない。いなかったんだから発動するわけない。


「科学……じゃないね、魔術って二つのものが合わさった勢いで爆発したりしないの?」


「それには大前提として魔力摩擦が起きないといけないから、俺一人じゃ起こせない」


「それじゃあシグロくんは、外部の犯行だって言いたいんだね?」


 ふふんと鼻を鳴らしたヨツノはスプーンの柄を口に咥えると、指先でつまんでぷはーと煙草を吸うときの様な動作をした。誰の真似だろうか。


「狙われる覚えでもあるのかな?」


「特にないな。パーティーの連中以外となんてほとんど話さないし」


「それはそれでどうなの……」


 でも、とヨツノは続ける。


「パーティーから追放され、ギルドも除名され、挙句の果てに家が燃えるとか、街に嫌われてるんじゃない?」


「街にか?」


「街に巨大な意思があって、それがシグロくんを追い出そうとしてる、とか」


 そういう考え方はなかった。

 確かにこの数日不幸続きだし、街に残るような理由もなくなってしまった。しまいにはヨツノという旅目的まである。

 人生の転換期かもしれないとポジティブに捉えることもできるだろう。

 しかし唐突なギルドからの除名や謎の火事は偶然で終わらせられない。


「……嫌がらせでもするか」


 男の恥にならぬよう朝食を綺麗に食べ終えた俺は立ち上がる。


「ヨツノ、出掛ける準備だ」


「え、あ、うん」


 ヨツノに朝食の片付けを任せている間に、床に散らかった書物をアイテムボックスへと戻していく。


「ああ、これはつけとかないとな」


 書物の下敷きになっていたアイテムのひとつにイヤリングがあった。片側分しかないそれは、紫の鉱石を小さく削って磨いたものだ。宝石のように輝くそれを耳に左耳に取り付ける。


「うわ、シグロくん似合わない」


 食器を置いて食堂から戻ってきたヨツノが、俺のイヤリングを見て片眉を釣り上げた。似合ってないのは重々承知しているつもりだが、改めて言われると傷つく。


「これは魔道具のひとつだから身につけておかないと意味が無いんだよ」


「慣れないお洒落をしようとして失敗した男子高校生みたい」


「例えがまったく分からんのだが……。魔術師はこうしたアイテムを結構つけてるからな?俺だけが派手に飾ろうとしてるわけじゃないからな?そんなこと言ってるとお前にこれをあげないぞ」


「なになに!」


 俺が手に掲げたものを見たヨツノはころっと表情を変え子供のように目をキラキラさせる。尻尾をぶんぶんと振ってるあたりガチだ。現金な奴め。

 仕方なくそれを、物欲しそうな彼女の両手に乗せる。以前レネに渡したものと同じだ。


「ペンダント? わー綺麗。ステンドグラスみたいだね。これも魔道具なの?」


「そうそう。だから肌身離さずしっかりと持っていろよ」


「効果は?」


「俺のことを強く想うと、頭の中に俺の顔が浮かぶ」


「いらない……」


 返そうとしてきたので無理やり首にかけてやった。ご主人様からのプレゼントなんだから有難く頂いて欲しい所である。


 不満げなヨツノを余所に書物を片付け終え、予備の服とローブに着替えて準備完了だ。


「今日もダンジョン?」


「いや、嫌がらせしにギルドへ行く」

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