第11話 未経験魔術師は夜を戯れる
悲しさも嬉しさもぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ、そんな声でヨツノは一頻り泣いた。俺も彼女が落ち着くまで胸元を貸して頭を撫でていた。
「落ち着いたか?」
「はい、ご主人様」
「ご主人様呼びはもういいよ、奴隷の首輪も外れたままだし、実は呼びにくいんだろ」
「す、すみません。実は敬語とかそういうの苦手で」
「気にしないから、喋りやすいのでいいぞ」
「うん……えと、それじゃあ、シグロくん」
若干恥ずかしさの篭った呼び方だ。ダンジョンでの叫びくらい自然な方が、こちらとしても恥ずかしくなくて済む。
いっそ
「今日はほんとに、ごめんね」
「若い時は多少間違えるくらいでいいんだよ」
「……シグロくんっていくつなの?」
「ヨツノは?」
「十七」
「俺は七百」
「なるほど」
「納得しないで。本当は二十二だ」
「…………」
ヨツノが訝しげな表情で俺を見る。ふざけるなと言いたい気持ちが丸出しだ。
「髪の毛が白いから、実はおじいちゃんって言われても納得した」
「髪はなあ……。父親は綺麗な金髪だったののに、母親に似ちまったんだよなあ」
「孤児院育ちじゃなかったっけ?」
「ああ。母親はどうしたか知らんが、父親に捨てられてな。まあ、奴隷として売られなかっただけよかったんだろうが」
そう言いながら俺は窓際まで寄ると、街の様子を確かめる。
あたりはめっきり暗くなっており、街道にも人の気配はない。月明かりが高い空から僅かに明かりを作っているだけだ。
「俺はどれくらい寝てた?」
「ざっと十時間以上は」
「そっかぁ……っていうか、どうやって戻ってきたんだ?」
「ボスを倒して」
「ボスを倒して……」
「四十二階層の入口まで戻るのは迷うかもしれなかったし、シグロくんも抱えなきゃだったから。ならボスをサクッと倒したほうが安全で早いかなって。ほらボス部屋って隔離されてるし」
いやまあ順当な判断だとは思うけど、二人パーティーで片方気絶したままボス戦なんて普通はやらない。これが若さゆえの過ちか。冒険者未経験だと無理が無理と判断できないのか。
「四十二階層のボスって
「はい。特に火を纏うこともなかったので」
四十二階層のボスは大鎌鼬。火魔鼬の上位種にあたり、全長がふたまわりくらい大きくなる。火を纏うことはないが全身の毛の一本一本が鎌のような形状をしており、鼬特有の速さと突進が相まって凶悪な武器へと変貌する。タンクがヘイトを集めなければ討伐の難易度はぐっと上がるはずだが。
「シグロくんは部屋の隅に隠しておいて、あとは私がずっと的代わり。隙を見て転がっている石とか投げて、ようやくって感じ」
若者の一日中農作業で疲れたよ〜みたいな感覚で倒したと言われましても。どれだけ凄いことをやったのか本人は自覚がないらしい。
レベル1のダンジョン初心者が、四十二階層のボスを一人で。しかもケガ人付き。一気にレベル42へとなるわけだから、普通は誰も信じない。
証明するためには、階層踏破の証が必要だ。
「ま、魔鉱石は?」
「それ」
部屋の隅にありました。
ヨツノの指差した場所で、鋼色の大きな魔鉱石が存在感を放っていた。隣にある小さな赤い魔鉱石は火魔鼬の分だろう。
各階層のボスは通常の魔物と違い、必ず魔鉱石を残す。それをギルドに提出することで階層突破の証明となるのだ。ヨツノは正式な冒険者ではないし、俺も除名されたので今では意味のないことだが。しかしドワーフに売りつければ高額で買い取ってくれるし、ボスの魔鉱石自体がとても強力な魔力を孕んでいるので、自身の武具にするのも選択肢に入るだろう。
どちらにしても、階層突破。魔鉱石。お金!
「いや、よくやった。魔鉱石だって重かっただろうに。ほんとによくやったぞ」
俺はヨツノの頭を両手で鷲掴みして思う存分撫でまわす。既に金貨六枚分の働きはしたぞ。
褒められている本人は何が不満なのか顔を赤くして口を尖らせているが。
「あんなことしといて、飴ばかりとか、ずるい」
「アメ?」
「なんでもないっ!」
ヨツノに両手を払いのけられる。獣人って撫でられるの嫌だったりするのかな。純粋な獣と違うし当然か。
俺は嬉々としてアイテムボックスを開いて魔鉱石を放り込んだ。
「これは明日お店で鑑定してもらうとして。今日はもう遅いし寝たほうがいいな。
ヨツノもベッドを使っていいぞ」
「ッ…………!!」
奴隷は床で寝かすものだと聞いていたので、昨日は毛布だけを与えた。しかしこれだけの功績を残したのに無下にするのはよくないだろう。俺が気絶していた間も椅子に座って看病してくれたようだし、ここは彼女にも是非ベッドで身体を休めていただきたい。二人で使うには狭いかもしれないから、最悪俺が床で寝るか。
「今晩は、ゆっくりと……な?」
アイテムボックスを閉じてから再びヨツノへと顔を向けると、何故か俯きぼそぼそと何かを呟いていた。
「大丈夫……やり方はわかってるし。痛いのは最初だけ。痛いのは最初だけ」
何を納得したのか大きく頷いてから上げた顔は、とても大きな決意をしたような、そんな神妙な面持ちだった。呼応するように二つの耳が小刻みに揺れる。しかし唇は震え、瞳は大きく開き、顔は耳までも赤くなっている。さっきからずっと顔を赤くしているが熱でもあるのだろうか。それなら余計ベッドで休んでもらうべきだろう。
「シ、ご主人様!」
ヨツノが突然声を張り上げて立ち上がった。何故か呼び方が戻っている。
エプロンのポケットから何かを取り出すと首元へ持っていく。一つ一つの動きが大袈裟かつ丁寧なせいで、動作ごとに魔法陣を組まれた人形のようだ。
カチリと何かがハマる音が響く。首元に残ったのは大きな奴隷の首輪だ。一度ダンジョンで投げ捨てていたと記憶しているが、回収しておいたのか。というか、なぜつけ直したのか分からない。
「し、失礼します」
そう言いながらヨツノは、侍女服のエプロン部分に手を掛けると結び目を解いた。白い布地が床へと流れ、次に黒いワンピースをスカート部分から持ち上げる。
「ぉ!? えっ!?」
ヨツノの白い下着が顕になったところで、状況が自分の想像していなかった事態だと気付く。
いや、まて、落ち着け。ベッドを使うんだ。ヨツノの行動は間違っていない。
これは寝るための準備だ。さすがに侍女服のままベッドに転がることは躊躇われたんだろう。
ちなみに俺は冒険に出た時の格好のままだ。どうやら脱がすまではできなかったらしい。
と、慌てている場合ではない。ヨツノの裸は洗う時に見ているから今更驚くのもおかしな話だ。
なのに、何故か動悸が激しくなっている。洗っていた時の匂いとか感触が脳裏を過ぎる。これが獣人の魅了能力かそうなのか。恐ろしい話だ娼館が大人気なのも頷ける。思考が逸れている。
寝るために適当な服を一枚渡しておくべきだろう。裸のままでは少し寒いだろうし。
俺はアイテムボックスを開いて服を探す。少し大きめの部屋着があったのでそれを渡そう。下は少し涼しいかもしれないが我慢してもらうしかない。
目的のものを見つけて取り出すと、ヨツノへと差し出す。
――しかし、その手は途中で動きを止めた。止めざるを得なかった。
傾いた月が家々の隙間から顔を覗かせたのか、部屋一面が青白い明かりに照らされる。
夜に映されたヨツノは、まるで極限まで美を極めた人形の様だった。
そのように見えたのは、彼女が首輪以外の一切の人工物を脱ぎ捨てていたから。スカートだけでなく、下着もベッドの上を転がる。恥部は大きな黒の尻尾を前に持ってきてなんとか覆い、胸元の突起物は両手の中指と薬指で隠している。
頬を紅潮させ、大きな耳は恥じらいのせいか、またも垂れ下がっていた。
俺はあまりの光景に息を飲んだ。
な に を し て い る ん だ こ の 子 は 。
「おま、なぜ脱いで?」
というのは、下着までもという意味なのだが、口が上手く回らなかった。
ヨツノは答えることなく生まれた時の姿のままベッドの上に乗り仰向けになると、両膝を折りその間から尻尾を出して恥部を隠し直す。直した意味は分からない。
ただ、こちらを潤んだ瞳でじっと見つめながら、震えた唇で言い放った。
「初めて、だから……優しくして、ね?」
なにがなにをだ。
いやさすがに状況は飲めた。というか見落としていた。
彼女は性奴隷として買われた存在。ならば夜にベッドへ入れと言われたらどうなるかくらい想像がつく。だから彼女も覚悟を決めて、せめて可愛がられようとあんな感じになっているのだろう。
俺はベッドに近づいて片膝を乗せる。ヨツノは目尻にシワができるほど強く目を閉じていた。そんな彼女に俺は――手に持っていた服を頭から被せる。
「……ぁぇ?」
触られたことに少し肩を揺らした彼女であったが、しばらくしても何もされないことに違和感を感じてか両目を開く。そして服と俺を交互に見た。
「そうか、獣人は本来魔術が使えないから知らないか」
なぜヨツノが使えるかはともかく、本来獣人は魔術を使うことが出来ないと言われている。
神に嫌われているからとか言うやつもいるが、基本的な原理は単純で、魔術行使に必要な魔力を操れないからとされている。
これは人族でも同じことで、魔力を操れるものはごく僅かだ。それができる人族だけが魔術師の道に進むことができる。
しかし、魔術師には面倒な制約がひとつあるのだ。
「魔術師はな、性行為を禁止しているんだ」
「……へ?」
「魔力ってのは清らかな身体に流れているとされてる。だから他者と交わると過干渉を起こして魔術が使えなくなるらしいんだ」
「それって、つまり」
「魔術師はみんな処女童貞」
しばらくの沈黙。
ヨツノは小さな声で「そっかぁ……童貞かぁ」と言っているのが地味に傷つく。
ただ、俺が行為を禁止されているとなれば、当然彼女の現状も無意味なものへとなるわけで。
はっと我に返ったヨツノは自身の淫靡な格好を見直し身体をふるふると震わせる。
随分前にレネが言っていたな。
『いい、シグ? 女の子はね、覚悟と恥じらいは別ものなの。だから女の子が好意を寄せてくれたら甘んじて受け入れる。自分が寄せる時は相手のことをちゃんと考えるのよ』
大丈夫、俺はもう覚悟できている。
顔を赤くしたヨツノが右腕を上げて俺を睨みつけてくる。
首が変な方向に曲がる程度で済めばいいな。
「バカ――――ッッッ!」
――頬って、理不尽な音が鳴るんだなあ。
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