第13話 ただの依頼人は嫌がらせをする

 ***


「えっと……」


 受付嬢は俺の顔を見るやいなや表情を青くして頬を引き攣らせた。それもそのはず、彼女こそが俺にギルド追放を言い渡したのだから。どうやら俺が報復しに来たと想像しているらしい。

 慌てた様子で門番の屈強なお兄さんを呼ぼうとするのを止める。


「俺は冒険者じゃなくなった。今回は依頼をしに来たんだが?」


「それは……わかりました」


 俺がニヤリと笑ってみせると、受付嬢は渋々と言った様子で書類を取り出す。

 実際、一度追放された冒険者が再びギルドを訪れることは滅多にない。ダンジョン探索以外の仕事はギルドからの斡旋でないと受けられないし、それら全ては信用というリスクを抱えている。

 ギルドを追放された冒険者は何かしら問題を起こしたのだというのが普通の認識だ。

 当然、後ろで依頼掲示板を覗いたりフリースペースでお茶をしている冒険者達は俺を見てひそひそと何かを話している。


 まあ俺自身は追放される理由が検討もついてないわけだが。その謎を解き明かす為にも、ここに来る必要があった。


「それで、ご依頼内容をお伺いします」


 わかりやすい営業スマイルを浮かべる受付嬢に、俺は告げる。


「放火犯探しだ」


「……シグロ様の不注意で自宅が燃えたのでは?」


「俺はそう思っていない。だから人を雇って当時の状況を調べたいんだ」


「分かりました。それではこちらの書類に必要事項を記載して提出ください」


 受付嬢から紙とペンを受け取り、ヨツノを連れて二階へと上がる。一階の席はパーティーメンバー待ちの冒険者がほとんどなので居心地が悪い。二階のスペースは人がほとんどいないから、空いた席に座る。


「なーんかあの女、怪しい」


 ペンを走らせていると、ヨツノが疑いを込めた声で呟く。俺は書類に目を向けたまま答えた。


「ほぼ確定で関係者だろうな」


「知ってたの?」


「さっきの会話で確信した。俺はただ放火犯を探したいと言っただけなのに、あの女は俺の家の話を出した。俺の家が燃えたことを知った上でないと言えないことだ」


「一日経ってるし、情報が知れ渡ってる可能性もあるんじゃない?」


「ギルドから三区画も離れてる場所の、たかが火事だ。話題にもならん。まあ否定はできないがな。ただ、依頼内容を聞いた彼女がこの書類を通さなかったら、確定でいいと思う」


「どうして?」


「主犯でないにしろ、共犯者がわざわざ犯人探しをさせると思うか? 適当な理由をつけて断ってくると思うぞ」


 そんな予想を立てて受付嬢に書類を提出する。確認の為にまたしばらく時間がかかる。彼女もその間に断る理由を作るだろう。

 ただ待つのも暇なのでヨツノを資料室へと連れてきた。書棚にびっしりと書物が並べられた小さな部屋だ。資料室には街やその周辺、そしてダンジョンの資料が集められて保管されている。閲覧は自由だ。


「勉強するなら持ってこいだが、ヨツノは奴隷だから自由に出入りできないんだよな」


「シグロくんが追放されてなきゃよかったのにね」


 なんで辞めさせられちゃったんだろうね。ここを使うためだけに依頼を投げまくるか。


「そうそう、これを見せたかったんだ」


 俺は書棚の奥に置かれている赤い装丁の施された分厚い本を一冊取り出した。


「なんか百科事典みたいだね」


「獣人の国にも似たのがあるのか?」


「ううん、こっちの話」


 売られている間に見かけたことがあるのだろうか。まあ複写されてどこにでも置いてあるものではあるが。


「これは『化神全書』と言われる本でな、昨日ダンジョンで話した化神の詳細が載っている」


「え、災厄なのに!?」


 ヨツノは本を受け取るとパラパラと適当に開いて中身を覗く。


「ほんとだ、なんか絵と名前がある」


 人族の字までは読めないらしい。言葉が理解出来るだけで十分ではあるが。

 彼女の開いているページには化神の見た目を描いたものと呼び名、その化神が何を引き起こすかなどの詳細が記載されている。古いものなので、絵は壁の落書きにしか見えない。


「ここに載ってるのは、いままで起きた災厄ってこと?」


「いんや、そこに載っているのは発現する可能性のある全ての化神だ」


「え、だって、じゃあこれは誰が書いたの?」


「当然、災厄を生み出した張本人――神だよ。……って嘘くせえみたいな顔するな」


「いや、シグロくんがなんかドヤ顔するから」


 ロマンなんだから少しぐらいドヤっとしてもいいじゃないか。


「ともかく、どんな災厄が起きようとも、とりあえずこれを読めば相手が何かは分かる」


「すごいねえ、神様なんて本当にいるんだ。いや、いなきゃ困るか」


 ひとりつぶやきながらヨツノも何か納得したらしい。

 そして絵のひとつを指差す。


「この宇宙みたいな絵は何? 化神じゃないよね?」


「宇宙なんて言葉、よく知ってるな。学者くらいしか使わないぞ」


 博識っぷりに思わず頭をなでなでする。耳の間を撫でるのが癖になりそうだ。

 ヨツノも「えへへ」と自慢気な顔で喜んでいる。


「それは魔術系統の一つで『太陽と月』を意味する。神がまだいたであろう時代にあった魔術だが、いまでは廃れて情報もほとんどない、過去の遺物だな」


「化神に関係あるってこと?」


「そうそう。化神を生むのか倒すのか。ともかく災厄に大きく関わっているのは確かだな」


 実を言うと何度か見たことあるのだが、いまそれを話してもヨツノに説明しきれないしやめておこう。


「シグロ様、お待たせしました」


 と、そこへ受付嬢がやってきた。どうやら言い訳が決まったらしい。思ったより早かったな。

 三人でカウンターまで戻り、受付嬢から説明を受ける。


「この度のご依頼ですが、残念ながら当ギルドでお引き受けすることはできません」


「理由を」


「放火犯とは言いますが、シグロ様宅の火事につきましては街の憲兵隊によって原因判明済となっております」


「その原因に納得できないから、こうして更なる調査を行おうとしているわけだが」


「それであれば、憲兵隊に不服申告をしては如何でしょうか? こちらとしましても、憲兵隊に盾突いてまでお受けする内容ではないと判断します」


 一応もっともらしい話だ。火事が起きた時点で街の憲兵隊が消火作業を手伝ってくれている。ついでにこぴっどく叱られた。

 街の憲兵隊とギルドは決して仲が悪いわけではない。しかし互いの領分を持って役割を果たしている。憲兵隊は街の秩序と安全を守り、冒険者は力を貸し危険を払いのける。そのバランスを保つために、仕事の斡旋においてもギルドが調整をしているのだ。

 なんでもやる冒険者がいたとしても、それが憲兵隊の不満を買うようなことであればあとから問題になる。良好だった関係性を崩すのは好ましくない。

 互いを監視しあう立場ではなく、手を取り合う立場でいたいわけだ。


「今後もシグロ様には問題を起こさないよう、自身の行動を改めていただきたいものですね」


 反論も浮かばず黙っていた俺に対し、受付嬢は勝ったと言わんばかりの小さな笑みを浮かべて言葉を付け足す。


「……では、自身の行動を改めるためにも、教えていただきましょう。どうして自分はギルドから除名されたのですか?」


「それはっ……!?」


 受付嬢の顔は一変して青白くなる。


「いえ、別に不満や不服があるわけじゃないですよ? しかしギルドから除名を行う場合、適切な理由を当人に説明することが必要なのは承知していますよね?」


 目の前の女は額から脂汗を滲ませる。やはり知っていて、あえてやらなかったんだな。

 ギルドの冒険者は様々な契約を交わした上で仕事を斡旋してもらえる。冒険者としての規則と規律を遵守しその信用を損なわないよう立ち振る舞うことを約束している。だから除名を受ける場合は、契約の何を破ったのか等の説明を受ける。否、受けなければ納得できようもない。

 受付嬢はパーティーを追放されて傷心気味の俺に、何一つ説明することなく除名を言い渡したのだ。その時は驚きのあまり何も言えなかったが、冷静になればおかしな話であるとすぐ理解できる。


「ギルド長との会談を申し込みたい。納得のいく説明を受けなければ、こちらにも不服申告をしなけれならない」


「ぎ、ギルド長は長期不在です。ご説明であれば後日私が致しますので、本日はお帰りください」


「お前じゃ話が通じないから上を呼べって言ってるのがわからないのか?」


「ッ……! 本日は依頼ということでいらしたはずです! 依頼はお受けできませんし、除名についても後日書類をまとめたうえでお話いたします! 本日はお引き取りください!」


「それでまた言い訳を考えるのか? それとも俺を追放するよう頼んできた誰かに指示を仰ぐのか?」


 そう返した途端、受付嬢の目が大きく見開かれ、口元が僅かに歪む。

 感情的な手法で引きずり出した答えだが、これで確定だ。

 パーティーの追放、ギルドの除名、自宅の火事。これらすべてが、誰かの企みをもって行われたものだと。


「シグロくん、感じ悪いよ」


 ヨツノに袖を引かれて、自分がカウンターに前のめりになっていることに気づく。

 騒がしがったフリースペースからも声が少なくなり、そのほとんどがこちらの様子を窺っているのは明白だった。

 褒められた状況ではないことは自覚している。半分は演技で、半分は本気だ。

 七年間、パーティーのために切磋琢磨し、冒険者として魔術師として腕を磨き、ダンジョンだって踏破階層二位にまで来たんだ。

 それを誰かのくだらない悪意で踏みにじられるのは、気に食わない。

 目の前の受付嬢が主犯でないのは確実だ。こいつに嫌われるようなことをした覚えはないし、たとえ嫌われていたとしても一人でできるタイプじゃないだろう。

 協力者、いや受付嬢を利用した誰かがいるはずだ。


「……失礼しました。ヨツノ、帰るぞ」


「う、うん」


 俺は踵を返してギルドを出ていこうとする。周りの冒険者が明らかな敵意で睨んできていても気にすることはない。

 冒険者という存在は仲間を重んじ、組織を大切にする。そうでなければ自分が追放されるからだ。だから俺に向けられた視線全ては冒険者を失格となったものへの罰と、自分はああならないようにという戒めが込められている。

 だが、それも数秒のことだった。

 ギルドの扉が開かれた瞬間、俺に向けられた視線が霧散し、すべてが音を立てた方へと向けられる。朝の活気が消え、空気が僅かに重くなる。肌を掠める感覚的なプレッシャーは、ギルドに数年通っていれば何回か味わうものだ。

 冒険者からの羨望と嫉妬。その感情が明るかったギルドの空気に入り交じり、突如として黒くて湿っぽい空間を作るのだ。

 しかし、それを受ける側には関係のないことだった。淀んだ空気など無いに等しく、全てを覆し冒険者の感情を「諦め」の一つにまとめる。

 それを可能にするだけの実力が、実績が、誇りが、自信が、覚悟があるのだ。

 扉を開いた者たちの先頭にいた者が、ギルド内を一瞥して鼻で笑う。


「なんだぁ? くっせえ空気だな、おい。雑魚は雑魚らしく騒げってもんだ」


 野太い女の声だ。発したのは、男勝りの屈強な肉体を鎧で固めた女戦士タンク。かっかっかと笑い声を上げながら入ってくる。

 その後ろをついてきた三人のうち二人は一目で熟練者であるとわかる。長剣を腰に携えた男はさわやかな笑みを浮かべているが隙がない剣士。隣には紫のローブに金の刺繍を施し、フードを深く被った魔術師。


「奴隷……」


 ヨツノが呟く。

 彼女が見ていた先、奴らの一番後ろをついてきていた三人目は、大きな首輪をつけられた兎の獣人だった。白く細長い耳が特徴的で、その耳すら大きく見える小さな体躯。しかし背中には全身の三倍以上はパンパンに膨れ上がったバックパックを背負っている。誰がみても間違いなく荷物持ちポーターだ。


「おら、邪魔だガキ」


 ずかずかとカウンターまで歩いてきた女戦士に肩を掴まれて突き飛ばされた。たたらを踏んだが転ぶことはなかった。


「よう姉ちゃん、ひと仕事終えてきたぜ」


「お疲れ様でした、<コルネフォロス>の皆様。それでは報告書をお願い致します」


 受付嬢は助かったと言わんばかりに笑顔を作り直して対応する。どちらにせよ俺は帰るからいいんだけど。


「いくぞ」


「なに、あの人たち」


 俺の後ろをついてくるヨツノが不満気な言葉を吐き捨てる。そして矛先が俺に変わる。


「シグロくんもシグロくんだよ。怒ったり言い返したりすればいいのに。さっきまで受付の人に放ってた性格の悪そうなオーラはどうしたの」


「感じが悪いとか言っといて、今度は言い返せとか容赦ないなお前……。あのパーティーの胸元のペンダントが見えなかったのか?」


「あの菱形が集まったみたいなやつ?」


「そう。あれは冒険者なら誰もが欲しがる強者の証。神を狩った者達だけに与えられる勲章だ」


「神を……ってことは、へぇ、あの人たちが神狩りなんだ」


「いまいちな反応だな。オーラ感じただろ? もっと驚くところだぞ」


 ヨツノの平凡な反応に苦笑しながらギルドの扉を開いて外へ出ようとした時。


「でも――――」


 爆弾発言が、投下された。


「シグロくんの方がずぅっと強いよね?」


 まるで時間が止まったかのように、ギルド内から音が無くなる。

 ヨツノが何を言ったのか、それがどういう意味なのか、考えるのに数秒。


「お前……」


「レベル、というか、熟練度的な意味で?」


 何故、いまここで、こんな状況で、きょとんと首を傾げて、そんな発言ができたのか。

 彼女には一体何が見えているというのか。


「ヨツノ、お前……友達いなかっただろ」


 そう答えると、彼女は目を見開いて真顔になった。どうしてそんなことが分かるのかと顔に書いてある。図星だったようだ。


「おい」


 と、背後から声を掛けられる。振り返れば当然、先程の女戦士がこちらを睨み付けていた。


「いまそこの亜人、なんて言った?」


 聞かれていないわけがない。ヨツノの声は良く通る。

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