第14話 亜人の奴隷達は見世物となる

 案の定絡まれてしまった。


「随分と面白いこと言ってたじゃねえか」


 かっかっかと笑う女戦士は、雰囲気だけ見ればさほど怒っていないようだ。自分の実力に確かな自信があるからこその余裕だろう。神狩りとまでなれば多くの冒険者から羨まれ、逆にくだらない陰口も叩かれる。いちいち気にしているようでは身が持たない。想像だけど。

 ただ、突っかかってきた時点で何かしら思うところはあったのだろうと察する。

 謝っておくのが最善だろう。


「いやほんと、うちの奴隷が大変失礼なことを言いました。まだ教育中なものでして、どうか御容赦ください」


「なに、主人が奴隷の前で見栄張るくらい気にしねえさ」


 あ、俺がヨツノにそう言い聞かせてるって解釈なのね。人に聞かれない場所で「実は俺、神狩りよりも強いから」とか言って奴隷からの好感度を上げるみたいな。ただの恥ずかしい人じゃん。


「まあでも、教育がてら、事実というものを教えてやるよ。表へ出な」


 わーい死んだー。


 ***


 ギルド前の大通りに連れ出された俺達は、多くの野次馬取り囲まれた中で最強パーティー<コルネフォロス>と顔を向けあっていた。


 ヨツノが。


「あれ、俺が戦わされるんじゃ?」


「底辺魔術師と戦って面白味なんかないだろうが。運良くお互いに奴隷持ちだからな、奴隷試合といこうじゃねえか」


 奴隷試合。所有する奴隷を主人の代わりとして戦わせる競技である。

 実際結構盛んなもので、都市部には競技場が設けられているほどだ。


「なんか、ポケットの魔物になった気分」


「なんだって?」


 問い返すと、ヨツノは「なんでもないですッ」と言って不満げな顔のまま前に出ようとする。

 俺は慌ててその首元を掴んだ。「ぐえ」とカエルの鳴き声みたいなのがヨツノから漏れる。


「服伸びるじゃん!」


「どうせすぐボロになる。それよりもお前、間違っても魔術は使うなよ。亜人は魔術なんて使えないのが普通なんだ」


「でも、万が一不利になったら奥の手として使うしかないよ」


「こんな衆人の前で魔術なんて使ったら、二度と帰れないぞ。それを肝に銘じておけ」


 本当なら、戦いたくないと言わずに前に出ただけでも褒めてやりたいところだ。しかし状況が状況だ。奴隷の失礼は主の責任。相手は俺に文句を言うなりすればいいだけなのに、わざわざ奴隷を戦わせようと言う。要はあいつらを馬鹿にしたヨツノをいじめて見世物にしようって魂胆なのだ。


 しかも相手は奴隷と言っても神狩りパーティーのポーターだ。最低限の躾を受けているだろう。奴隷としての、そして冒険者としてのだ。


「七番、行け」


「はい……」


 女戦士に指示されヨツノの対面に出てきたのは大きな首輪を身につけた兎の獣人。白い耳に白い髪。赤い瞳はどこか虚ろだ。身体は小柄で歳も二桁いってるようには見えない。初心者冒険者よりは少し劣る防具を身につけているあたり、戦闘には加えていないのだろう。というか、七番って名前ですらない。

 七番と呼ばれた獣人が、背負っていた大きな荷物を下ろす。どしりと大きな音が響くと一部の観客が感嘆の声を上げた。


 女戦士がニヤリと笑いながら試合形式を告げてくる。


「時間は無制限。武器の使用はなし。拳と脚での殴り合い蹴り合いといこうじゃねえか」


「……決着方法は?」


「もちろん、どちらかが死ぬまでだ」


 どっと観客が沸く。奴隷試合の最大の見どころは、どちらかが死ぬまで争わせること。冒険者でない一般市民にとって殺しや死は近い存在ではない。だからこそ近場で体験できる奴隷試合が人気なのだ。

 人族ってのはとことん残酷だ。


「え、殺し合いはちょっと……」


 ヨツノが申し訳なさそうに口にする。

 こいつぅ……。


「おいおい本当に奴隷の躾がなってないみたいだな」


 ヨツノの思わぬ発言に、かっかっかと女戦士が笑う。


「まあ確かに、こんな野良試合で命を掛けるのも勿体ねえな。奴隷つってもある程度育てた奴は替えがきかねえ。なら一方が気絶するまででどうだ?」


 譲歩に見せかけて、自身も最大のリスクを回避できる提案か。矜恃も大事だがちゃんと損得勘定も考えているらしい。万が一を考えられる冒険者は強い。

 俺には獣人の強さの基準がわからない。

 ヨツノとの一戦では俺の想像を遥かに上回っていた。その力が他の獣人と比べてどれほどのものか……。


「では、余が審判をしよう」


 審判を申し出てくれたのはコルネフォロスの魔術師だ。公平性には少し欠けるが、殺し合いではなくなったし、こちらが勝たなければいけない理由もないので構わないだろう。


「別に勝たなくてもいいぞ」とはさすがに言えないので黙っておく。だが戦闘経験の少ないヨツノが今後ダンジョンを潜るにあたっては、今回の勝負が今後に生かされるかもしれない。


「では、始め」


 開始の合図とともに動いたのは兎の方だ。即座に膝を屈めると、地を思い切り蹴りヨツノとの距離を一瞬で縮める。そのまま伸びていた右足を前方に突き出して回し蹴りをかます。

 反応が遅れたヨツノは避けることができず、しかし腕を曲げて左方から入り込んだ相手の脚を肘で受ける。初撃は辛うじて防いだが、勢いは兎の方が上。ふんばりの体勢ができていなかったヨツノがそのまま横に蹴り飛ばされた。


「なるほどッ」


「まだ……!」


 何とか体勢を立て直して着地したヨツノは、納得した様子で顔を上げる。そこを兎が追撃のために攻め込む。再び地を蹴り今度は正面からの蹴り。最初の一撃で有効だと判断してか。

 しかし、ヨツノは目を細めただけでその場から動かなかった。受け切る気か。


「こんなもんかぁ」


 ヨツノが残念そうな声を上げ、手を伸ばした。その横を兎の脚が横切りヨツノの顔面に――到達しなかった。

 ヨツノが足首を掴んで止めたのだ。


「ふんっ!」


 ヨツノが力み、蹴りの勢いを利用して兎の身体を大きく横に振り回す。そして上に持ち上げ――――地面に叩きつけた。

 乾いていて結構な硬さの地面に小さなクレーターができる。

 うわ、頭からかよ。えげつないな。

 ヨツノは追撃することなく大きく飛び跳ねると、俺の前まで戻ってきた。


「どーんなもんよ!」


「えぐい」


「感想がそれ!? だって足を持って振り回したら頭から落ちるに決まってるじゃん! そりゃ私もやばっとは思ったけど」


 焦った様子でわたわたと言い訳を並べるヨツノの背後で、七番が立ち上がるのが見えた。


「おい」


 女戦士の声に、兎の身体がびくりと跳ねる。青くした顔で女戦士の方へと視線を向けていた。

 女戦士は顎をくいっと動かしただけだ。だがそれで兎は何をすべきか分かったのだろう。即座に身体を構えた。


 まだ気絶には至っていないのだから、戦闘続行である。


「ァアアア!」


 地面を踏み台にした跳び。兎が再び蹴りの体勢でヨツノへと急接近する。


「あー」


 当然ヨツノも状況は理解している。俺と喋っるのに夢中になっていたわけではない。ちらりと後ろを見てひどくめんどくさそうな顔をする。


「そんじゃば、こうッ!」


 兎の蹴りを直前で躱す。それも肌と肌が擦れ合う距離で。

 お返しに、ヨツノの右拳が兎の顎に命中した。


 「ッァ―――――!?」


 小さな身体が反動で空中を二回転してから地面に落ちる。


「さすがに脳震とうなら、起きられないでしょ」


 ヨツノが再びこちらを見て「ふふん」と満面の笑みを浮かべる。尻尾が大きく左右に揺れているのはどういう理由なのか。


「シグロくん相手なら分からないけど、さすがにあの程度の子なら私でも余裕余裕」


「お前の判断基準はどこから来てるんだ……」


「え? だからレベル、じゃなくて、熟練度的な?」


「なるほどわからん。あと、後ろ」


 俺はヨツノの後ろを指差す。彼女は振り返って「うぇ!?」と驚きの声を上げた。というのも、七番が再び起き上がったのだ。まあ審判が何も言ってないのですぐ分かったが。ヨツノには確実に仕留めたことを確認するまで気を抜かない、という教訓になるだろう。ならないと困る。


「脳みそ揺らしてまだ立つとか……キモい」


 キモいのは容赦なく顎を砕きにかかったお前だよ。


 それはともかく、七番の様子がどこかおかしい。さすがに顎に一発食らったのはダメージが大きいか。

 七番は痙攣に近い感覚で脚を震わせながら、ゆっくりと立ち上がる。不規則で短い呼吸が僅かに聞こえてくる。特徴的な細長い白耳も小刻みに垂れたり伸びたりを繰り返していた。


「おい、これは」


「――――だ」


 試合継続していい状況ではないのかと審判に告げようとした時、七番の小さな声が聞こえた。

 彼女の顔がゆっくりと上がる。窺えた表情に、俺は息を飲んだ。


「や、だ……」


 赤い瞳の視線は既に定まっていない。上下左右を動き回るだけで何も見ていない。

 それは何かに怯えているようだった。俺はその原因にすぐ気づいた。


「はあぁぁ……」


 大きなため息を吐いたのは女戦士だ。その瞬間、七番が小さな悲鳴を上げて口元を歪ませる。


「やだ、やだ。やだやだやだやだやだやだ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいいいいいいいいいい――――――――!」


 不規則な呼吸を身体全体でし始め、そして絶望を孕んだかのように赤黒く濁った瞳がついにヨツノを捉えた。


「あああぁあああああ!」


「ちょぉ!?」


 恐怖を振り払うかのように、七番は叫び声を上げながら迫ってくる。

 既に勝ちを確信していたヨツノは慌てて構える。だが、


「ここまでだな」


 審判の魔術師の声が聞こえた。

 同時に、七番の瞳が白目を剥いてその場で倒れる。

 どうやら、ヨツノの攻撃はしっかりと効いていたらしい。


「ら、ラグがあるなんて聞いてないよ!」


 変なことを言いながら、ヨツノは怯えた様子で俺の後ろへと隠れる。隠れちゃだめだろ。

 時間にして僅か数分だ。最初に湧き上がっていた観客からも不満の声が盛れている。


「かっかっか。お嬢ちゃん強いな」


 そんな中で人一倍大きな声で笑ったのが女戦士だった。


「まさかこんなあっさりやられるとはな。そりゃあれだけ言う自信もつくわけだ」


 ヨツノが他の獣人よりも強ければ、それを従わせている主も強いと……?いや、ヨツノの強さに便乗して、俺はもっと強いとか嘯いてると思われたのか。


 女戦士は七番の元まで行くと。長い耳を握って頭を持ち上げた。

 後ろにいたヨツノから小さな悲鳴が漏れる。


「にしても、こいつももうダメだな。やるべきことが出来ねえ。しかも恥を晒しやがった。こいつ買ってきたの誰だった?」


「七番は、メリーが、買ってきた」


「あー、そいやあいつどこいった」


「実験のために、一時的にパーティーを離れると、言っていただろう」


 女戦士の質問に魔術師が答える。

 どこかで聞いたことのある名前が飛んでいたが、それを考える前に背中をつつかれた。


「シグロくん、あの人を止めて。耳を引っ張ったら痛いよ」


「いや、でも」


 奴隷の所有者はあちらであるし、俺が扱い方に口出ししていいものでもない。余所は余所、家は家。所有者が各々に奴隷の扱い方を決めている。


「おら、いい加減起きろ」


 耳を引っ張られても目を覚まさない七番に嫌気がさしたのか、女戦士は七番の頭を地面に押さえつけ今度は左耳だけを握った。

 縄を強く絞る様なみちみちとした音が聞こえ。


「いつまでも寝てるなッ!」


 女戦士が怒号を上げながら、耳を頭皮ごと引き剥がした。


「――――あああああああああぁぁぁ!?」


 痛みに七番が目を見開き叫ぶ。血飛沫が灰色の髪を赤く染めていく。

 女戦士の突然の行動に俺は言葉が出なかった。


「いやああああああ!」


 ヨツノの悲鳴が耳を劈く。

 どうしてあんなことをしてるんだ。

 負けたから? 神狩りとしての矜恃が許さなかったから。

 そんなことで、耳を千切るなんて残酷なことするのか?


 いや、あれはパフォーマンスだ。

 神狩りの奴隷が負けたという事実は大衆に晒されてしまっている。それは神狩りのパーティーとして許されないことなのだろう。

 ならば、次に取るべき策は、奴隷が特別弱く不出来で、己らの力は偽物でないことを証明することだ。

 七番を切り捨てる気なんだ。


「いやッ! ごめんなさい、ごべんなさい、ゆるぢてぐださい!!」


 七番が顔面を涙と鼻水で汚し痛みと恐怖で歪ませ、逃げるように地面を這う。

 しかし背中にいた女戦士が逃がすはずもなく、もう片方の耳を掴んだ。


「主の言うことを聞けない耳なんていらねえよな?」


 女戦士が下卑た笑みを浮かべる。


「シグロくん止めて!」


 ヨツノが悲痛な声で訴えかけてくる。考えている暇はない。


 次元魔術――異空移動


「やめろ」


 そう言い放った俺は女戦士の右腕を掴んだ。


「あ?」


「……瞬間移動?」


 腕を引こうとして引けなかった女戦士が俺を見て眉を顰め、遠くから魔術師の意外そうな声が聞こえた。


 異空移動は次元魔術においても基礎の魔術。自身を始点に定めた目標座標へと異空間を通じて到達する魔術だ。

 魔法陣は事前に異空間内に展開しておき、魔力を供給することで即座に発動する。

 魔術師が呟いた通り、傍から見れば瞬間移動に見える魔術である。


「お前、何をした」


「お前こそ、何をしている」


「かっかっか。自分とこの奴隷を自分で躾けることになんの問題がある?」


「こんな大衆の面前で、やり過ぎだろ」


 数秒の無言。僅かに視線をずらした先では、七番が痛みに蹲り身体を震わせていた。部位欠損は回復術師でなければ直せない。

 そう考えた時、背後で殺気を感じた。

 女戦士の腕を離して横に逸れると、先ほどまで俺がいた場所に雷撃が通過する。女戦士を掠めたそれは地面にぶつかり土を抉った。


「ほう、これを避けるか」


 放ったのは紫ローブの魔術師であると察しがつく。何が目的だと、俺は相手を睨みつけた。

 魔術師は気にした様子もなく、俺に告げた。


「面白い。貴様、余と勝負、しないか?」

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