第15話 次元の魔術師は杖舞試合をする

「勝負だと?」


 俺は眉を顰めて続ける。


「いましがた、代理として奴隷試合を済ませた。この件に関してはもう決着がついているだろう。今更何の勝負をしようっていうんだ」


「いや、単純に、我が貴様に興味を持ったまでだ。先ほどの移動魔術は、見たことがない。是非その魔術を、ご教授願いたい」


 確かに焦っていたとはいえ、これだけの人の中で次元魔術を使うべきではなかったか。魔術師なんてみんな変態だ。自分の知らない魔術を見ればすぐに盗もうとする。この男もご多分に漏れずということだろう。


「嫌か? ならば、条件をつけよう。一度だけ、杖舞試合オルギアをしてくれればいい。そうしたら、そこの奴隷を、メンバーの回復術師に診せる」


 そう言いながら男は七番を指差す。女戦士が未だ耳を握って笑っているあたり、俺を逃がす気はないらしい。


「……わかった」


 俺は頷いて立ち上がると、ポケットからチョークを取り出した。

 男もチョークを握り、互いに先端を向け合う形をとる。


「「霊杖テュルソスを握れ」」


 これは試合開始前の合図みたいなものだ。

 同時に観客へ後ろへ下がれと言う指示でもある。


「今度は杖舞だ!」と観客の誰かが叫び、再び大衆が沸き上がりながら後方へ下がる。

 杖舞試合とは、魔術師同士による魔術の試合だ。これも奴隷試合と同じくらい人気がある。

 名前の由来は――魔術師が踊るからだ。


 観客が静かになり数秒。

 ほぼ同時に動き出した。


 定石は正面からの打ち合いで始まる。顔面、胴体の位置に魔法陣を描く。序盤は早さが全てだが、俺が相手に合わせた分コンマ数秒遅いか。

 直ぐに魔法陣が輝きだし炎が放たれる。相手の魔法陣からは水だ。同じ位置に描かれた魔術が中央でぶつかり合い小さな爆発が生まれる。

 その間にも互いが向かって左側に入り込み、さらに魔法陣を二つ。ここも同じく炎と水が放たれる。しかし今度は位置が違う。相手が俺の右腕を狙い、俺が相手の左脚を狙った位置だ。そうなれば攻撃は直接襲いかかってくる。飛んできた水は早さと魔力よって水圧が段違いだ。生身で受ければ穴が開きかねない。俺は右腕をあげて水を避けると、そのまま空中に魔法陣を書き加えて今度は電撃を放つ。既に相手も一直線に放たれた炎を避けて次の魔法陣を描いている。


 こうして互いが互いを狙いつつ避けるを繰り返す。空中に描かれた魔法陣の青白い光と、昔の偉大なる魔術師の動き回る姿が、舞い踊るようだと言われたのが乱舞試合の始まりだとか。

 やっている身としては、相手の魔術を読み切らなければいけないので非常に疲れるのだが。しかも互いが魔術師としてレベルが高いほど長期戦になるという。


 さすがは神狩りの魔術師だけあって、読みも鋭いし、何より一つ一つの魔法陣に付加する魔力量が適切だ。最低限の攻撃で俺に当てようとしているし、俺が相殺する度に魔力量を増やしている。完全にこちらの力量を測ろうとしているな。

 であれば、その遊びに乗っておいてさっさと終わらせよう。

 すでに読みは同じレベル。ここで展開を変える。

 俺は続けて描く魔法陣を変える。スピード重視ではなく威力重視にした。当然、それには魔方陣に描く情報量が変わってくる。たとえ数秒でも遅くなれば、相手の攻撃が全て襲いかかってくる。

 俺は三つ放たれた水の魔術を跳んで回避。描いている魔法陣は魔力に引かれてチョークの先についてくる。そのままひとつの魔法陣を描く。先程まで使っていたのよりもひと回り大きい陣だ。

 青白く光った魔法陣から炎が放たれる。違いは、その炎が槍の形を成して相手に襲いかかることだ。威力と早さが大きく増している。


「――ふ」


 だが、相手の鼻で笑った声が聞こえた。放たれた槍を魔法陣で相殺――ではなく避ける。掠めた槍がフードの端を切り裂く。俺と同じく攻撃を全て避けて大きな攻撃を仕掛ける気だ。


「リヴァイアサン」


 描かれた魔法陣は俺ではなく上空に向けられていた。

 通常の魔法陣と違い、魔法円が描かれ赤黒く輝き出す。あれは根本的に術式系統が違う――召喚魔術だ。


 魔法陣から二匹の細長い魚が放たれた。茶色の鱗にエラとヒレがあり、大きな口が開かれると何十本と言う牙が目に入った。

 今の数秒で召喚魔術を描けるとは恐れ入った。流石としか言い様がない。

 召喚獣は通常の魔術と違い敵を認識して攻撃してくる。


「だが、残念だな」


 認識出来なければどうということはない。

 次元魔術――異空移動

 二匹の召喚獣が牙を重ねるが、すでに俺はいない。


「終わりだ」


「……見事だ」


 俺は男の後ろに立ち魔法陣を途中まで描きあげていた。動こうとすれば直ぐに魔法が放たれる。

 決着がついた。


「その瞬間移動、二度見たが、魔術の発動も感じられない」


「固定概念に囚われすぎだな。うちの奴隷は直ぐに見破ったぜ」


「ふむ、どうやら、あちらの奴隷も見込みがあるらしい。言葉通りの実力、しかと見た」


 男はここまでだと、チョークをポケットに戻した。

 観客は何が起きたか分かっていないらしく静かに黙っている。審判もいないし地味な終わりだったから仕方もないか。


「おいおい、お前まで負けたら本当に恥しか残らねえじゃねえか」


 唯一騒いだのは女戦士だ。


「彼の魔術に、興味があっただけだ。余が未熟なのは、当然認識しているよ」


「かーっ! やっぱあのメスガキの方が闘争心あるな。やらせなきゃよかった」


 頭をがしがしとかきながら女戦士が立ち上がる。それに合わせて耳を引っ張られた七番も痛みに顔を歪ませながら立ち上がった。


「とりあえず、そっちの奴隷が言ったことは不問にしてやるよ。だが冒険者ってのは実績がランクを決める。それをちゃんと教えときな」


 女戦士がそう吐き捨てると、コルネフォロスは観衆の中を通って去ってしまった。

 それで終わりだと、集まっていた街の人たちも散っていく。


「シグロくん」


 駆け寄ってきたヨツノが怒っているのか悲しんでいるのかわかりづらい表情をしていた。


「あの子、大丈夫かな」


「七番か、まあ約束くらいは守るだろ。一緒にいたもう一人が剣士兼回復術師っぽいしな」


「そっか……シグロくん、ありがとね。

 私の……奴隷のお願いなんか聞いてくれて」


 ヨツノは俺に向かって大きく頭を下げてきた。口調とか態度から考えれば滅多に見れない光景な気がする。

 俺は彼女の頭に触れて大きな耳を撫でた。


「お前は相談して、俺がそれに応えた。それだけだ。昨日に比べればお願いを言うだけ進歩したってことだな」


「もぅ、調子のいいことを言う」


 そうは言っても表情の柔らかなヨツノを見て、俺も自然に笑がこぼれた。


「さて、トラブルも去ったし」


「ぇ、ちょぉ!?」


 俺はヨツノを膝裏を持ち上げて背中を支える。


「お姫様だっこって、急に、なに!?」


「俺たちは騒いだ。騒がせた神狩りはもういない。つまり――」


「そこの者達!」


 後ろから憲兵隊の声が聞こえた瞬間、俺は全速力でその場を逃げ出したのだった。


 ***


「逃げ切ったな」


「みたいだね」


 俺達は宿屋の木窓から外を覗く。下の街路には憲兵隊の姿は見当たらない。ヨツノを抱えて遠回りしながら逃げてきたし当然と言えば当然か。顔を知っている奴らなら後からここを見つけるかもしれないが。そんときには、しらばっくれるしかないだろう。


「最後の最後まで迷惑な人たちだったね」


「まあ、あっちにとっちゃトラブルなんて日常茶飯事なんだろうな」


 不満げに頬を膨らますヨツノをみて苦笑しながら、俺はベッドの上で仰向けになる。


「さて……だるいなぁ」


「ちょっとお! すぐベッドの上に転がらないの! そういうことするとすぐやる気なんて吸われて……何もできなくなっちゃうんだからぁ」


 文句を言いながら隣で転がりだした狐はどこの誰ですかねえ。


「でもなあ、火事の調査もこれで打ち切りだし、まじで犯人分かんねえ」


「受付の人の反応を見る限りは、誰かが絡んでいるんでしょ?」


「そうだけどな……特別恨まれるような生活をしてきた覚えはないんだよな」


「ここ最近のこと思い出してみてよ。なんかやらしたことあるんじゃない? 夜中にふらりと外に出て騒ぎを起こしたとか、ご飯食べたばっかりなのにすっかり忘れてまたご飯食べたりとか」


「白髪から離れて」


「火のないところに煙は立たないんだよ?

 ブイブイ言わせてたあの頃のことを思い出して!」


「意味のわからん獣人語を使わないで。とにかく本当に、身に覚えがないんだよ」


 身体を横に向けてヨツノを見つめながら、ここ幾日かの流れを頭の中で歩み直す。


「シグロくん……?」


 事の発端はパーティーからの追放だ。これに関してはリーダーの権限で決めることができる。しかしそれだけではパーティー内に軋轢を生みかねないし、なにより信用だけで自由勝手に行使していいものじゃない。独裁者はパーティーリーダーにはなれないのだ。


「あの、そんな見つめられると……」


 パーティーを失った俺は、ギルドも除名となり職を失った。そこで考えたのは街を出ること。そうでもしなければこの街で稼ぎ続けることはできないと思ったからだ。

 それを追い立てるように起きた家の火事。


『街に巨大な意思があって、それがシグロくんを追い出そうとしてる、とか』


 目的は、俺をこの街から追い出すこと?

 だとしたら、誰が利を得る?


 全てに絡むことの出来る可能性がある奴は。


「アルク……?」


「ぅぇ?」


 俺のつぶやきに小さく声を返したのはヨツノだった。

 よく見れば、こちらを赤い顔で見つめている。瞳を潤わせて何か言いたげだった。


「顔を赤くしてどうした」


「……っもう!」


 と、文句言いたげに頬を膨らました彼女はベッドから起き上がる。そしてこちらになにか言おうと振り返って、顔をきょとんとさせた。


「シグロくん、そのイヤリング」


「お?」


 ヨツノが指さしたのは俺が右耳につけている魔道具のイヤリング。それが、紫色に光っているのだ。


「……ヨツノ、俺のこと強く想ったか?」


「にゃ、にゃわけないでしょ!?」


「そうか、じゃあいくぞ」


 俺も立ち上がり身だしなみを整える。

 ヨツノが小首を傾げた。


「行くって、どこに?」


「決まっているだろ――――」

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