第26話 神狩り魔術師は神狩り魔術師を叱る

 ***


 翌朝、俺はギルド長室に呼ばれていた。


「ばばあ、いるか?」


「馴れ馴れしい入り方しやがって。ギルドマスターと呼べと言ってるだろうに」


 ドアを開けると、嫌そうな顔をしたばばあが椅子に座って寛いでいた。

 呼び方を直せと言われても、こっちの方が慣れてるし、今更変えるのもなんか嫌なので変えない。


「まあいい。そこに座れ」


 応接用のソファを勧められ言われるがまま座る。ばばあも椅子から立ち上がって向かい側のソファに移った。


「久々にゲームでもしようじゃないか」


「シャトランジか。懐かしいな」


 テーブルの上に置かれていたのは四角い盤と、その上に並べられた数々の駒。シャトランジというボードゲームだ。駒はそれぞれ役割を持った形に掘られていて、決まった動かし方で相手の一番強い駒である王を取る。


 黒く塗られた駒をばばあが動かす。続けて俺も白で塗られた駒を動かした。

 しばらく無言で駒を進め、中盤に差し掛かったあたりでばばあが口を開いた。


「昨日はご苦労だったね。まさか本当に三十分で倒すとは思わなかったよ」


「思わなかったなら無茶振りするなよな……」


「なに、お前さんの本気を久々に見たくなっちまったんだ。わしと喧嘩してた頃はそこそこ強かったくせに、冒険者になってから目立ちもしない」


「うるせえ。仲間のために頑張るってのが信条になったんだよ。本気出したらびびられて終わりじゃねえか」


「あの子達はそんな理由で離れないだろう……と、思ってたんだがねえ。まさかアル坊が唆されるとは」


「まあな……」


「これからどうするんだい?」


「俺は街を出るよ。約束してるからな」


「お前さんが助けたあの嬢ちゃんかい。まあ、戦争もだいぶ落ち着いてる。今ならさほど苦労せず獣人の地にもいけるだろうさ。

 だが、わしが聞きたいのはトライアンフのことだ」


「俺はもう追い出された身だ。パーティーのことはメンバーで考えればいい」


「そうかい。随分と優しいねえ」


 くくくと不気味に笑うばばあを無視して、俺は駒を動かした。


王手シャーマート


「ん? おおん?

 いや、ついにシグ坊に負けたか。昔はわしに負けてばっかで泣いてたのにね」


「何年前の話をしてるんだ……」


「いや、本当に、強くなったねぇ。

 いいさ、ほかの街でも獣人の地でも、好きな場所へ行くといい。

 お前さんならやっていけるだろうよ」


「そりゃどうも」


「ほれ、餞別だ」


 そう言ってばばあはボードの上にペンダントを置いた。

 五つの菱形を重ねた銀のペンダント。


「神狩りの証、か」


「お前さんの功績はこのギルドで認められた。

 今後は多くの冒険者の目標となり、また指標となり、神狩りらしい立ち振る舞いを忘れずに」


「要は陰口も嫌がらせも甘んじて受けろということだろ?」


「分かってるじゃないか。それくらいで心すり減らしてるようじゃ神狩りは務まらんさね」


「よく言うぜ」


 貰った神狩りのペンダントを首に掛けてから立ち上がる。


「街を出る前に、首謀者どもに怒りの形相でも見せておくんだね」


「わーってるよ」


 昔っから世話焼きなんだよなあ。でなきゃギルドマスターしながら孤児院の院長を兼任してないか。


「あとこれもやるよ」


 そう言ってばばあが何かを投げつけてきたので反射的に受け取る。黒くて薄い、チョーカー………?


「王都の方で新しく作られた奴隷首輪だそうだ。嬢ちゃんに使うといい」


 ヨツノの首輪は化神に取り込まれた時、完全に消失した。

 まあ、元々壊れていたんだけど。

 ヨツノを縛りつけるつもりは無い。あいつはたぶん自由にしていたほうが似合う。今更裏切るなんてことはしないだろう。

 ただ獣人にとって人族の地は危険が多い。このチョーカーは彼女を守る手段となる。そういう意味ではつけておいた方がいい。


「有難く頂戴しておくよ」


「精々、可愛がるんだね」


 部屋を出ていこうとする俺にばばあが笑い声で告げた。


 ***


 ギルド内にはいくつか療養室が設けられている。怪我をして帰ってくる冒険者も少なくないためだ。

 その一室をノックすると、「どうぞ」と聞こえたのでドアを開く。


「あら、まさかあなたが来るなんてね」


「元気そうじゃねえか、メリィ」


 入ると、ベッドから身体を起こしていたメリィがこちらを見てニタリと笑った。

 太陽と月の系統魔術を行使したことにより、魔力と精気を奪われて痩せ細っていたが、ギルドの回復術たちの治療のおかげで対面した時と同じくらい健康そうな見た目に戻っていた。


 唯一違うのは――


「この白髪を見ても言えるの?」


 綺麗な緑で染め上げられていた髪は、全ての色を失ったかのように白に成り果てていた。

 回復術師たちは、魔力を少しずつメリィに送ったのだろう。

 魔力を体内に保持できる魔術師や回復術師は、逆に魔力が枯渇すると身体に影響が出る。それを戻すには魔力を注ぐしかない。輸血と同じようなものだ。

 ただ髪の変色は精力を吸われた影響か、もしくは魔術行使の対価か。


「ねぇ、あなたももしかして」


「俺の髪か? 残念だが、俺のは生まれつきだ」


「でも、それならどうしてあの魔術のことを知っていたのよ」


「小さい頃に、その魔術を使う人を見たことがあるだけだ。

 お前こそ、どうしてあんなことした」


「決まってるじゃない。神を呼んで狩る。そうやって実績を作っていけば――」


「ふざけるなよ!」


 揚々と語るメリィに思わず張り上げた俺の声は怒りを含んでいた。


「よく分かりもしない魔術で、真名まで使って、関係ないやつまで巻き込んで!

 例え神を倒したってな、お前が作った被害と犠牲は関係ないものばかりだったんだぞ! それで誇れるものなんて一つもねぇよ!」


「ッ…………」


 やばい。つい怒ってしまった。今回のことはしっかり反省させようとは思っていたが、別に怒鳴りつけるつもりはなかった。どうせ俺が何もしなくても、ばばあから嫌という程お仕置きを受けるだろうし。

 今回は自分も不安定になる場面が多々あった。まだまだ未熟だ。


「わ、悪い。そんなに怒るつもりは」


「……ふぇ」


 慌てて謝ろうとすると、メリィから謎の声が漏れた。

 そして――


「ご、ごめんなさい……」


 ぽろぽろと涙を零し、親に叱られた子供のような顔で謝ってきた。

 が、直ぐに彼女は「あ、違っ!」と涙を両手で拭いながら下を向く。


「べ、別に、怒られ慣れてないとか、叱られたことないとか、だから驚いたとか怖かったとか、そんなの全然、全然ないからっ!」


 天才児は怒られ慣れていなかったらしい。あんな高飛車な性格と発言の仕方で敵を作らないわけないだろうに。いや、いままではそれでも黙らせられる程の実力を見せてきたわけか。


「わ、悪かった」


「うん……」


 急に素直になるなよ……。


「あの時も言ったと思うけど、私だって魔術師よ。だから新たな可能性には必ず自ら手を伸ばすわ。それがどれだけのリスクを抱えていても」


「……本当にお前は、生粋の魔術師だな」


 俺はメリィの白い頭をポンポンと軽く叩く。

 魔術師は常に探求者である。メリィはそんな理想の姿そのものだ。まだ若いのにも関わらず自らの在り方を既に確固たるものとしている。


「素直に賞賛するよ。偉いと思う。だけど次からは、誰かを犠牲にしていいなんて考えないでくれ。それは最悪、人としても、魔術師としても、大切なものを失ってしまう」


「……あなたは何か失ったのかしら?」


「さぁな」


「……嘘が下手ね」


 笑って答えると、不満げな顔で手を払われた。おふざけはここまでだ。


「とりあえず、しっかり療養して、迷惑かけた分の反省してから、また研究でも冒険でもすればいいさ。それじゃあな」


「あ、待って」


 話も済んで出ていこうとしたところを、メリィに呼び止められる。


「悪いんだけど、あの子に謝っといてくれるかしら。多分会えないだろうし」


「……わかった。でも会う機会があったら、ちゃんと自分の言葉でも謝るんだぞ」


「親みたいな事を言うのね」


 そう言って二人で小さく笑い、今度こそ俺はメリィの病室を後にした。

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