第24話 次元の魔術師は化神を狩る
俺は森の中に入ると、他の奴らに見えない場所まで来て異空移動でダンジョンの一階層に移動した。そこから少し歩き、ダンジョン内の転移魔法陣で最上階層へ向かう。
ダンジョン内を異空移動する手もあったが、いきなりあの場に出たとしてまた赤い光線を受けたらたまったものではない。そんな事を考えて転移魔法陣を踏んだが、そもそも最上階層のどこにでるのか知らなかった。もし相手の目の前に出てしまったら同じだ。
しかし大きく変わった視界の中に映ったのは白い壁。奥にボス部屋と同じ扉がある。
もしかしたら最上階層全部がボス部屋という扱いだったのだろうか。そうなると、戦闘中に下の階層に落とされたりしただろうか。面倒極まりないな。
俺は軽く深呼吸をしてから、大きな扉を開いた。
七十階層が視界に入ると同時に――異空移動で場所を変える。先程までいた場所を赤い光線が通過する。
俺が移動したのは七十階層が見下ろせる位置。
その真下に――アーカイブスがいた。
すっと首がこちらを向き、一つだけの赤い眼が小刻みに揺れてから俺を捉える。
『タスクコード照合、完了。敵生命体ヲサイド確認。
排除シマス』
赤い光。俺は次元を移動してさらにダンジョンから離れた外側の空中に出る。
すかさず追加移動。俺のいた場所を光線が抜けていく。
さらにダンジョンから離れた場所へ。三度目はなかった。
範囲から外れたか、もしくは連続攻撃は二度までか。あちらの視線は迷わず俺を捉えているので後者だな。
しかし反応速度の速さが難問だ。魔術を発動してもすぐに対処されている。
秘策は一応あるが、二度目から対処される可能性もあるし、無闇に使うことはできない。
やはり物理か。といっても、持っているのは剣だけだし、魔術で武器を生成しても所詮は魔力なので相殺されれば意味がない。
三十分は想像以上に厳しいんじゃないだろうか。
俺はローブのポケットから、外してあったイヤリングを取り出す。
「やっぱり時間ねえじゃねえか……」
ギルドで見た時よりも光が弱くなっている。
つまり、助けを求めているヨツノの自我が弱くなりつつあるという事だ。もう少ししたら完全に飲み込まれて化神と一体化してしまうだろう。
それだけは避けないといけない。
「出し惜しみしている場合じゃないか」
と、アーカイブスが黄金の翼を大きく広げ風を巻き起こす。
どうやらクールタイムは終了らしい。落下した時と同様、わざわざ追いかけてきてくれるようだ。
……そういえば、俺の次元魔術は普通に発動出来ているな。
空中に浮いていられるのだって魔術の一つだ。足元の座標を固定しているだけだ。
それくらい、仮にも神の代わりであるなら魔術で相殺できるはず……。
いや、魔術相殺には相反する系統をぶつける必要がある。
もし相手が次元魔術の系統をわかっていなければ……。しかし相手はあくまでも神の一部。そんな僅かな可能性に掛けていいものなのだろうか。
「躊躇っている暇はない!」
近づいてきたアーカイブスの目が光る。ワンパターンの攻撃だがあれは強力だ。
俺は再び異空移動を繰り返し二度の光線を避ける。
これでまた数秒こちらに時間ができる。だがヨツノには時間がない。
「結局、化神を数分で倒せって話になってるな」
奥の手を使う。
座標を固定、把握。相手の位置を特定。
胴体にはヨツノがいるはずなので、狙うのは首元。
「切り落としてやる」
アーカイブスの首を覆うように、別次元から魔術が浮き出す。
『魔術ヲ確認……対象魔術不明。対処不可能』
「次元魔術――時空裂斬」
空間の歪む甲高い音と共に、アーカイブスの首が胴体から離れ地上に落ちていった。
――――しかし、
『修復シマス』
一滴の血も滴らない首の切れ目が不気味に蠢くと、内部から肉が盛りだし顔の形へと成していく。
再生能力まであるとか……どんだけ化け物なんだ。
物理的に切断してもダメだとすると。打撃による攻撃が有効かもしれない。ただ、そうなると俺には手段がない。
いや、落ち着け。目的を履き違えるな。
最優先はヨツノ救出だ。例え化神が倒せないとしても。
俺が朽ちるとしても。
『無茶はしないで。怪我しないで、危険だと思ったら直ぐに逃げて 』
「……くそっ!」
再び飛んでくる赤い光を二度避け――ようとして、二度目の攻撃が俺の頬を掠めた。
背中に嫌な汗が流れる。徐々に相手のスピードが上がっている!?
このままじゃ確実に俺が負ける。
数秒だ。数秒だけあいつの動きを封じるか、意識を別に逸らせばいい。
俺がアーカイブスの背中をナイフで切り裂いて、ヨツノを引っ張り出す時間が作れたら。
「……これだけは、使いたくなかったが」
人を捨てた親の魔術を改良したものだからな。
「次元の狭間より魔法陣を出現」
俺の目の前に直径三メートルの巨大な魔法陣が現れる。描かれた構築式は緻密で描くのに一ヶ月は要した。
これが効かなかったら本当に心が折れるし、魔術師としてもダメになるかもしれない。
もはや願いだ。
神の化身相手に神頼みだよ。
魔法陣にありったけの魔力を流し込む。
赤黒い稲妻が周囲を走り、起動準備が整った。
これはとっておきなので、メリィのように自身を使わなければ発動できない。
だから、叫ぶ――!
「我が真名、シグロ・ネメアの名の元に魔術を行使する!」
魔法陣は呼応するように輝く。
「次元魔術――」
魔法陣が形を歪ませ粒子となる。そして俺の身体も粒子へと変わり、二つの次元を通過する。
視界は闇。音は無。全てを失いなおも彷徨う。
そんな惨たらしい感覚が心を抉る。
これは僅かばかりの代償。
そうして初めて、こいつらを召喚できる!
「ミドガルズオルム!」
視界が開け全身の感覚が一度に戻ってくる。
次元を超えて目先にアーカイブスを捉えた。
赤い瞳がこちらを見て――
「アンチゴkkk――ッ」
その声が震える。
そして足元には赤黒い蛇を携えて。
次元の狭間より現れでた炎の巨大蛇が、声を轟かせながらアーカイブスに絡みつき、首筋へと噛みついた。
「既存魔術ニ適合ナシ! 対処不可能! 対処不可能! 活動ガ危険領域ニハイリマシタ!」
アーカイブスからベルに似た奇妙な鳴き声が漏れる。俺にすら、この化神が焦っているのが伝わってきた。
この魔術は魔力を獣の姿へと変える召喚魔術の一つだ。ジーマのリヴァイアサンやメリィの翳狼と同じだが、唯一違うのは、こいつらが次元の隔たりを持っているということ。
基本的に二つの次元は相容れない。だから互いに干渉もできず認識も不可能。その隔たりを埋めるのが次元の魔術。
俺が一方通行の道を作って蛇を案内したようなものだ。こちらからは干渉されるまで認識することはできないが、あちらの次元ではこっちのことが丸見えなのである。
結果として、突然隣に蛇が現れて絡まれたという摩訶不思議な状況が生まれる。
俺は暴れるアーカイブスの背中へと乗り移る。まだ赤い光線を放てないからか獣のように暴れる化神にしがみつき、ヨツノが吸い込まれた位置までくるとナイフを突き刺した。
深くまでくい込んだナイフを力限り縦に引く。裂かれた背中を両腕で広げると。
「ヨツ……ノ?」
液体の入った薄い膜の袋がそこにはあった。
なかに俺の渡したペンダントが浮いている。
これが……ヨツノ、なのか。
もはや生き物の形を成していない。そのほとんどを取り込まれて消えかかっている。
イヤリングを確認するとまだ光っていた。ならば、自我はあるはずだ。
まだヨツノはそこにいる。
俺は切り裂かれた黄金の背中に腕を捩じ込ませる。アーカイブスの声がさらにけたたましく鳴る。
ヨツノと思われる液体に触れると、自身の魔力を流し込み始めた。
俺ができることは、自身の記憶を魔力に混ぜ込んで、ヨツノの身体を再形成させることだ。こんなの本で読んで事しかないし眉唾ものだと思っていた。
戻せるかなんて心配をしている場合ではない。戻すしかない。
「戻って来い、ヨツノ!」
と、腕に不気味な感触がまとわりついてきた。肉塊ではない何かが、俺の腕を追い出そうとしてくる。これは魔力か! それだけじゃない。メリィから吸い上げた精力も入っている。アーカイブの拒否反応だろう。
「ここで、諦めるわけにいかないんだよ!」
俺は自身の中にある魔力を出せる限り外に吐き出す。ヨツノを取り囲む魔力の流れが乱れ、俺を押し出そうとする魔力も弱まってきた。
これで――
その時だった。
「――――ッッ!!??」
乱れていた魔力が途端に流れを変える。まるで全体で一つの意思を持ったかのように固まり、俺に向かって逆流してくる。
アーカイブスの罠か、それとも核となっていたヨツノに無理やり触れているせいか。
意識が魔力に飲み込まれ――――
***
「…………どこだ」
仄暗い世界を通過して、自分の意識が身体に戻ってきた。
一人で立たされていた俺は、目の前の光景の異様さに、自分の知らない場所だと悟る。
灰色の固い土で整えられた地面には、チョークで描かれたような白い線がいくつも配置され、魔術用の素材と思しき黄色や緑の四角い板が規則的な様子で並べられていた。
その上を、どこか虚ろな視線の人々が、中央を開けてこちらと向い側に立っている。人々を並ばさせる目印のように立った大きな棒は、先端を赤く光らせていた。
誰もが異様な服装で、多く目に入るのは一部の貴族が着ていそうな背広。他には魔術学院の制服に似たようなスカートを身に着けた少女たち。
その中に――ヨツノがいた。
黒い髪の上に大きな耳はない。スカートの下に膨れた尻尾はない。そこにいるのはただの人族の少女だ。周りを見れば同じような恰好で、同じような髪色で、同じような顔の人族はたくさんいる。
だけど、それでも、俺には彼女がヨツノだという確信があった。
「ヨツノ!」
だから叫ぶように呼んだ。
しかし彼女が気づく様子は全くない。いや、気づかないのは耳に何かいれいているからか。髪色と違う線が一本だけ耳から肩へと流れている。
ヨツノだけではない。並んだ人たちの中で、俺の声に気付いた様子を見せる者は一人もいなかった。まるで全員が俺の存在に気が付いていないような、無言の圧力さえ感じるほどに。
赤く光っていた棒が青色へと変わる。するとヨツノは耳につけていた何かを外した。
「――――!」
再び叫んだ。
しかし俺の声は突如流れた奇妙な音に掻き消された。鳥の囀りに似たどこか冷たい音に合わせるように、止まっていた人々が歩き出す。
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