第23話 組合長の老婆は不気味に笑う

「シグ坊、冒険者を追放されたって?」


「笑いごとじゃねえぞ。理由もなしにギルドを追放しやがって」


「それはあの娘が勝手にしたことだ。なに、ちゃんとあとで戻してやるよ。

 貴重な魔術師を野放しにしとくなぞ、勿体ないからねえ」


 またも不気味な笑い声を上げながらばばあは言う。戻してくれることに越したことはない。この街を出ていくにしても、冒険者であるほうが何かと生活しやすい。


「で、叡智の化神がダンジョン最上階層に出たと。あいつらは黄昏時が一番力を発する。だからその時間帯を狙って召喚したんだろうね。戦う頃には時間も過ぎてるだろうし。そのメリィって子、ちゃんと考えてるじゃないか」


「問題は日も落ちたこの時間帯にどうするかって話だ」


 俺は問題点を提示する。化神が黄昏時と彼は誰時の僅かな時間帯に本領発揮することは承知している。だからこそ人族にも多少なりとも勝機がある。

 しかし、


「夜にはこちらも動きづらい。かと言って易々と相手に彼は誰時を譲ればどうなるか」


 それに時間が惜しい。


「まず大前提じゃが、シグ坊が助けたいと言ってる獣人は本当に生きてるのか?」


「これを見てくれ」


 俺は耳につけていたイヤリングを外して机に乗せる。

 イヤリングは僅かであるが紫色の光をゆっくりと点滅させていた。


「このイヤリングに呼応するペンダントをヨツノに持たせている。取り込まれたあいつが助けを求めればこのイヤリングが反応する。

 僅かだが反応があるのは、化神に取り込まれても自我が残っているからだ。あいつはまだ完全に取り込まれていない」


「ふむ。ならばシグ坊、貴様に機会を与えよう」


 数秒考え込むようにしていたギルドマスターが、ニヤリと口角を吊り上げてこちらを見た。


「三十分与える。その間にアーカイブスを倒すんだ」


「正気か!?」


 異論を唱えたのは意外にも女戦士だった。


「俺らは化神を倒したことがあるからよく分かってる。あいつらは正真正銘の化け物だ。いくら攻撃してもなかなか体力を削れない。だから俺らだって一ヶ月近くかけて戦ったんだ。

 それを、こんな奴に三十分で倒すなんて無理だ!」


「こんな奴というが、お前さんはシグ坊と本気で戦ったことがあるのか?」


「俺はないが、ジーマが杖舞試合をしている。ジーマは本気だった。それでも勝負は拮抗した。それが奴の実力だ」


 はぁ、と大きくため息をついたのはジーマ。


「残念だが、我は本気でも、相手はそうでもなかったよ。完全に遊ばれていた」


「ジーマ、お前まで何を言う!?」


「我も魔術師の力量くらいなら、正しく測れるつもりでいる。彼は底知れぬ力を、隠しているよ」


「コルネフォロスだったか? お前さんたちはこの街の来て日が浅いから仕方ないだろう。というか、この街にいる奴ですらほとんど知らないが。うちのギルドで真に一番強いのは、このシグ坊じゃよ」


 なして二人で俺を持ち上げるのか。このばばあ、そこまでして俺を一人で死地に送りたいか。


「ジーマとか言ったか、試合は何秒もった?」


「精々四十秒程度といったところでしょう」


「そうかい。シグ坊が小さい時、わしと大喧嘩して杖舞試合をしたんだが、どれくらいかかったと思う?」


「杖舞は長くても十分。実力が本物であれば三十分くらいありえるかもしれないですが」


「残念、三日じゃよ」


「…………」


 そういえば、小さい時にばばあと喧嘩したな。理由は忘れたが、殺さない前提の本気でやりあった気がする。って、なんかみんなドン引きの表情なんですけど。


「もちろんわしも本気だった。たとえ殺す気のない戦いでも三日。貴様たちにできるか?」


「リーダー、ここは一度彼に任せよう」


「……っち」


 女戦士は納得はしてないようだが、ともかくヨツノを救うチャンスは貰った。


「シグ坊、いまから十分で支度しな。わしの光の魔術で空を明るくしてやる。そこから三十分だ。それで倒せなかったらギルドの討伐編成をかける」


 中途半端な時間だなと思ったら、ばばあの極大魔術の限界時間じゃねえか。さっきまでの全部ほら吹いたな?


 まあでも、三十分で片付けるけどな。


「お前さんの言った大切なもの、ついでにこの街を守って見せろよ、シグ坊?」


「いいだろう、その喧嘩買ってやる」


 ***


 俺は別室に移動し、アイテムボックスの中身を整理していた。ダンジョンで使った道具の補充や、ヨツノを救い出す際に必要なものを確認していく。


「シグ?」


 ドアがノックされ、レネが不安そうな表情で入ってきた。


「本当に一人で戦うの?」


「一応、俺のわがままだからな。他に迷惑はかけられない」


「でも、またあの時みたいな攻撃を受けたら……」


「分かってる。同じ攻撃はもう避けられる。

 でも、もし攻撃を受けたら素直に帰ってくるから。そしたら、また回復術を掛けてくれないか?」


 これもわがままに過ぎない。レネも被害者であり、これ以上戦闘に巻き込む訳には行かない。

 しかしアーカイブスの攻撃は強力だ。あれ以外にもカードを隠し持っていたら対処出来る自信なんてない。攻撃を受ければ、またレネに頼らざるを得ない。

 だというのに、彼女は何故か小さく笑みを零した。


「やだ。絶対回復術は掛けてあげない」


「え」


「掛けてあげないから、だからお願い。無茶はしないで。怪我しないで、危険だと思ったら直ぐに逃げて」


 俺の両手を握って見上げてきた彼女の瞳は真剣そのものだった。本気で俺の事を心配しての言葉だ。

 俺がヨツノを助けることばかり意識して自分を蔑ろにしているのを気付かされた。

 彼女は今までだって、誰よりも一人一人を見てくれている。


「レネ……ばばあに似てきたな」


「うぇえ!? 私おばば様のことは尊敬してるけど、似る気なんてないよ!?」


「わーってるよ。冗談だ。でもありがとう。ちゃんと自分のことも考える」


 俺はレネの手を優しく撫でた。

 彼女は嬉しそうにはにかみ、それから少しばかり頬を紅くして言った。


「あ、あと、違うから」


「なにが?」


「私、アルクとなんて付き合ってないから。いままでも、ずっと……」


「え……まじか。ていうか何で今そんなことを」


「今じゃないと言えなそうだし。それに、シグが私を助けてくれた時、変な勘違いしてたから」


 そういえば、ダンジョンでアルクに襲われていたレネを助けた時、思わず叫んだな。今考えると小っ恥ずかしい。勘違いした上にブチギレるとか。

 いや、そもそもアルクが俺を騙していたのか。なんで付き合ってるなんて嘘をついたんだろう。


「そっか、悪かったな」


「ううん、いいの。だから、またトライアンフに戻ってきてもいいんだよ?」


「……それはもう、できないかな」


「どうして? アルクのこと許せない?」


「そんなことはない。アルクが反省して、また一緒に酒でも飲めば仲直りできるさ。だけど、俺は他にやる事を決めてしまったんだ。

 ヨツノを帰りたい場所まで送る。彼女を一人にしないって約束した。

 俺が一人だった時にレネたちが手を差し伸べてくれたように、俺もヨツノに手を差し伸べたい」


「そっか……。そうだね、私もそういうシグが一番好き」


 そう言って笑うレネがいつも以上に可愛らしくて、なんだかとても心が落ち着いた。


 俺は机に並べていた道具をアイテムボックスに戻す。


「シグ坊、時間だよ」


 同時にばばあが開いているドアをノックした。

 三人でギルドの裏庭に移動する。そこにはコルネフォロスとギルド内の関係者。そしれ噂を耳にしてか何人かの冒険者が見物に来ていた。

 彼らに囲まれる形で、巨大な魔法陣が庭に描かれてあった。


「いいかいシグ坊、この魔法陣を発動してきっかり三十分だ。徐々に暗くなるとかはない。一瞬で夜に戻るから気をつけるんだよ」


「了解」


 ばばあが円の縁に立ち、真名を唱えた。


「我が真名、テルマ・ウィツィロポチトリ・クロウリーの名の元に魔術を行使する」


 真名というか、ばばあがいくつか所持している魔法名の一つだ。系統によって分けてるとかなんとか。だから本当の名前は違う、はず。


 魔法陣が白く輝き出して、中央から光の玉が空に向けて放たれた。

 高く飛んだそれは空に届きそうな勢いで登っていくと、小さくなったところで弾ける。瞬間、空が白く輝き、青空が広がった。


 光の極位魔術。範囲と時間からしても真似できる奴はいない。


「ちゃんとダンジョンから引きずり出すんだよ。わしだって見たいしねえ」


「最上階層がここから見えるわけないだろ……」


「シグ、気をつけてね」


「ああ。ちょっくら、一人ぼっちのお姫様を救ってくる」

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