第22話 無様な魔術師は意思を固める

 落下しながら上を見上げると――アーカイブスがこちらへと向かってきていた。

 どうやら敵と認識したものは逃がす気がないらしい。

 距離はまだある。ぎりぎり追い付かれない。


 俺は視線を落下先に向ける。六十九階層を過ぎ、レネたちのいる六十八階層が見えた。

 右腕は焼かれるようにして奪われたので、不幸中の幸いか血が出ていない。左にはメリィを抱えたままだ。両手が塞がっているという状態なので、俺は身体を回転させ、背中で着地した。


「ごふっ……げほっ!」


 衝撃で息もままならなくなる。

 魔術師は魔術が使えなくなれば一般庶民と何も変わりはしない無力な人になる。

 そのため自身の身を守れるように、ローブなどに防御魔術を仕込んであるのが常識だ。メリィを殴った時もそれを理解していたから地面に叩きつけたのである。

 それでも多少の衝撃は発生するので、この有様だが。


「シグッ!?」


 声の方に視線を向けると、レネと、その隣で仲良く寝転がっているトライアンフの三人が目に入った。

 俺はすぐに立ち上がり四人の元に駆け寄る。その後ろで暴風が巻き起こった。


「え、なに!?」


「いったん逃げるぞ!」


 異空移動を発動!


 足元が光り黒い穴が生まれる。全員がその範囲内に収まり身体が沈んでいくのを尻目にアーカイブスの方を見た。

 アーカイブスの目が赤く光り光線が放たれる――が、それが届く前に視界が真っ黒に染まり、すぐに森の中へと変わった。同時に上空から爆発音が小さく聞こえてくる。

 間一髪、ダンジョンから外の森への移動が間に合った。

 これなら化神も一瞬で追ってはこれないだろう。


「ここ、森の中?」


「ああ、レネ、回復術を頼む」


「シグ――腕が!?」


 寄ってきたレネが俺の状態を見て小さな悲鳴を漏らす。彼女はすぐに俺の前で座ると、腕のなくなった右腕に自身の両手を重ねる。


「神の加護よ、癒しを」


 レネの両手が緑色の光を帯びると、光りは俺の肩に移動して徐々に腕の形を成していく。

 回復術は魔術にない人の身体を修復する能力だ。これは回復薬でも不可能な領域で、パーティーに回復術師が必須となり奪い合いなどのトラブルを起こす原因でもある。

 トライアンフでは幸いレネが回復術の才能を開花させたから、他のパーティーよりも安定した冒険が続けられたわけだ。


「レネ、悪いけど、俺が終わったらその女も頼む」


「その子は……え、メリィ、なの」


 俺の隣で倒れているメリィを見て、レネが声を震わせる。先ほどまで元気に人をあざ笑っていた女がこんな姿で戻ってきたら戸惑うのも無理はない。


「シグ、一体何があったの?」


「メリィの馬鹿が化神を呼び寄せる魔術を発動しやがったんだ。

 こいつはリスクを何もわかっちゃいなかった。だからこうなったんだ」


「化神!? それって災厄だよね? は、はやくギルドに伝えないと。

 あ、でもここにいて私たちは大丈夫なの!?」


「落ち着け。上から追撃がないってことは、ここはまだ大丈夫だ。

 だが状況は芳しくない。とりあえずギルドに戻って報告だ」


「獣人の子は?」


「……ヨツノは、化神に取り込まれた」


「そんな……」


 場の空気が重くなる。

 救うと言った。助けると言った。責任を持てと言われた。なのに現実は指先すら届かない。

 無力で無様だと嘆きたいところだ。本当なら悔しい悔しいと地面を殴っていたい。だけど、そんなことをしてもヨツノは戻ってこない。

 取り戻すには動くしかない。


 腕に纏っていた緑の光が消える。完全に元通りとなった腕を俺は軽く動かしてみて状態を確かめた。


「問題ないな。ありがとう、レネ」


「シグ、獣人の子は……」


「大丈夫だ、ヨツノは死んだわけじゃない。まだ取り戻せる」


 俺は立ち上がり、転がっているトライアンフの三人をメリィの横まで運ぶ。

 そして全員を俺の魔術の対象範囲に収めた。


「一気にギルドまで行く。次元の歪みで気分が悪くなるかもしれないが諦めてくれ」


「……わかった」


 唯一起きているレネが頷いたのを確認して、俺は異空移動を発動した。


 ***


「な、なんであなたが!?」


 移動した先はギルドの二階、書庫の前だ。

 全員が無事移動できたのを確認して、再びメリィを担いでから一階へと降りると、カウンターで暇そうにしていた受付嬢が俺を見るなり目を見開いて叫んだ。

 その大きな声に、酒を飲んで騒いでいた他の冒険者も視線を向けてくる。その中には、ありがたいことにコルネフォロスのメンバーもいた。


 俺は抱えていたメリィを床に投げ捨てる。

 数秒、床に転がったものを見て、椅子に座って肉を齧っていた女戦士が眉間に皺を寄せて立ち上がった。


「てめぇ、メリィに何をした!」


「しでかしてくれたのはメリィの方だ。苟且の因に化神が出た」


 告げると、ギルド内が一気に騒めく。

 当然だ、俺たち冒険者の最大の目標が現れたと言ってるんだ。


「そうか……メリィがやったのか」


 問いかけてきたのは、俺と杖舞試合をした男だ。


「ジーマと言ったか? お前、メリィがしていたことを知ってるな?」


「……場所を変えよう」


 メリィとトライアンフの三人をギルド内にある療養室へ移動させた後、俺とレネ、そしてコルネフォロスのメンバーが会議室に集まった。


「さて、言い訳を聞こうじゃねえか」


 女戦士が机を思い切り叩いてこちらを睨む。

 その後ろでびくりと肩を揺らす七番の姿が見えた。千切られた耳が元に戻っている。どうやらジーマは約束を果たしてくれたらしい。こちらの視線に気付いたのか、七番は困った表情をしたまま女戦士の背中に隠れた。

 俺は視線を女戦士に戻す。


「メリィが苟且の因最上階層である七十階層で魔術を行使した。結果、俺の奴隷を巻き込み、自身も魔力と精力をすべて吸われてあのザマだ。

 魔術は化神を呼び寄せるもの。現在、最上階層には叡智の化神アーカイブスがいる」


 再び机が強く叩かれる。


「ふざけるなよ、メリィがそんなことするわけねぇ!」


「いいえ、メリィは仲間になるふりをして私たちのパーティーに加入し、そして裏切ったわ!」


 威嚇にも近い女戦士の言葉にレネが気圧されず反論する。いつも大人しく場の空気を整えてた彼女とは思えない珍しい光景だ。やはり仲間が裏切られたことに相当腹が立っているのだろう。


「なら証拠を出しやがれ!」


 女戦士に言われ、俺は視線をジーマに移した。


「……化神の召喚を彼女が行ったことは事実だ。それはこちらでも確認している」


 そう言いながらジーマが机の上に置いたのは……木の破片?


「これは簡易的な交信鏡とでも言えばいいか。彼女の発明で、二つに割った魔道具同士で会話ができるというものだ」


「なるほど、それでお前は状況を知っているわけだな」


「音が聞き取りづらいのでな。具体的なことはわかっていなかったが」


「おい、ジーマ、お前は何を言っている!」


 話から置いてけぼりにされていた女戦士が口を挟む。ジーマは大きくため息をついた。


「すまない。メリィが化神の研究をし、実際に召喚したのは事実だ。我らは責任を持って対処せねばなるまい」


「そんな……なんでメリィがそんなことしてるんだ!」


「彼女が研究熱戦な魔術師だからだ。止めなかったことは我の責任でもある」


 話から察するに、メリィの計画を知っていたのはジーマだけみたいだ。まあ、彼ですらその全てを把握しているとは思えないが。


「責任追及はメリィが意識を取り戻してからでもいい。問題は化神だ」


 俺は書庫から持ってきた化神全書を机の上で開く。


「叡智の化神アーカイブス。全てを知り、故に全てを無にする完全不敗の巨鳥か」


 記述内容なんてすっかり忘れていたが、改めて確認すれば、なるほど魔術が無効にされたのも頷ける。


「物理攻撃が最も有効だろう」


「なら俺らの出番だな。前回と同じ方法を使おう。剣士と拳闘士で物理的な攻撃を喰らわす。その間にジーマが巨大魔術を準備する。弱らせたところで魔法陣まで誘導して一気に片付ける。さすがに規模のでかい魔術なら止めきれないだろう」


「お前とそこの剣士でやる気か?」


「不安なら化神討伐の依頼をギルドに出させろ。前回は鉱山のてっぺんだったし、魔術も有効だったんで俺らだけで倒せたが、人は多いにこしたことはない。一ヶ月もあれば倒せるだろう」


「え!?」と驚いたのはレネだ。あっさり言ってくれるが、一ヶ月は結構な長期戦だ。


「ま、街はどうなるの?」


「災厄だからな。街にも被害は及ぶだろうよ。今のうちに避難勧告も必要だな」


「ちょっと待ってくれ」


 方針がほぼ決まりかけたところに口を挟む。女戦士が訝しげに片眉を吊り上げた。


「俺たちの作戦に文句があるのか?」


「作戦は問題ない。ただその前に、ヨツノを助け出さないといけない」


「なんだ、死んだんじゃないのか」


「違う。メリィの魔術を発動する器にされたんだ。今は化神の中に取り込まれている。だから助け出す」


 会議室に沈黙が走る。

 そして、女戦士の笑い声が大きく反響した。


「メリィのしでかしたことは悪いと思ってる。しかし助けるだと? 相手は化神だぞ。腐っても神だ。そう易々と救いに立ち向かう相手じゃねえ。しかもヨツノってのは亜人奴隷だろ。命張ってまで助けるものじゃねえ」


「……助ける、じゃない、だと?」


「シグ、ダメ!」


 頭の中で何かがプツリと切れて足を前に出すが、後ろにいたレネが俺の腕を掴んで止めてきた。

 ……いけない、いま本気で殺そうかと思った。

 俺はレネに視線で大丈夫だと告げる。


「俺はあの子に、一人にしないって約束したんだ。獣人だからとか、奴隷だからとか、そんなもんはどうでもいい。

 お前の価値観で俺の大切なものを汚すな」


「てめ……ッ」


「ガキども、いい加減にせんか」


 女戦士の額に青筋が浮かび、直ぐにでも殴り合いになりそうな空気になったところに、入口から不気味な老婆の声が響いた。

 全員が視線を向けると、黒と白の入り交じったボサボサの髪に、茶色のローブを纏った薄汚い老婆がいた。


「ばばあ……」


「ギルドマスターと呼べ、シグ坊」


「テレマおばば様!」


「おーレネか、久ぶりのお。綺麗になって」


 俺はダメでレネはいいのかよ。しかも会ったのなんて数週間ぶりだろうに。


「どこに行ってたんだ」


「なに、ちょっと王都に招集を受けてな。それも終わって、やっと帰ってきたってのに、まあ次から次へと問題だらけで困る」


 そう言いながらも、不敵な笑みを浮かべてギルドマスターは上座に移動した。


「さて、話は馬鹿な受付の娘に聞いたよ。

 こんな一大事、ギルドマスターである、このテレマ・クロウリーを通さないでどうするよ」


 伝説の魔術師クロウリーの血を継ぐ者。

 そして、俺やレネが育った孤児院の院長でもある。

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