第21話 愚かな魔術師は神と接敵する

 巨大な魔法陣を展開した影響か、白い霧が立ち込める。

 魔法陣の光はもうない。足元の少し先には、発動後に消えた魔法陣の僅かな跡があるだけだ。

 発動は成功している。

 ならば、ヨツノはどうなった。


「ヨツノッ!」


 叫ぶ。反応はない。

 まさか――


 そう考えた時、霧の中で紫電が走るのを目にした。


「ッ、風の魔術!」


 俺は空中に魔法陣を描いて風を巻き起こす。

 霧が霧散し、紫電の走る先を見た。


 そこにはヨツノがいた。


 ……いや、あれは本当にヨツノなのだろうか。


 既に手錠は破壊され、俺の向かい側、つまりは中央の穴の奥に立っている。

 その姿は――白髪白尾。髪も耳も尻尾も全てが色を失ったように白く、逆に肌には黒い模様が浮かび上がっている。瞳は紅玉のように赤く、獰猛な視線を向けてきた。

 そして彼女が身にまとっているかのように可視化された青い魔力。

 その姿が無事だと断定しきれないのが歯痒い。近くで倒れているメリィのように魔力も精力も吸われていたっておかしくはなかったんだ。可能性があるとすれば魔法陣の発動で余分に吸われたメリィの魔力と精力がヨツノに集約されたってところか。

 これが、化神を呼ぶ魔術なのか……?


 見つめていると、ヨツノが口を開いた。


「……します」


 なんだ?

 ヨツノの視線が鋭くなった。


「排除します」

「ッ!」


 まるで大きな波のように殺気が俺の全身を通過した。

 なんだこれ!?いままでだってダンジョンの魔物が殺気を放ってきたことはあったが、そんなのとは桁違いだ。反射的に魔法陣を描いて土壁を作っていた。殺気の風を浴びたくないという本能のせいか。

 しかしそれが功を奏した。

 壁が出た瞬間、崩壊する。俺の魔術が失敗したのではない。発動と同時にヨツノが攻めてきて壁を破壊したのだ。

 俺は焦りを覚えながらも異空移動でメリィの倒れている場所へ移動した。

 ヨツノの動きが見切れなかった。先日の一戦で見せられた動きよりも遥かに早くなっている。もし土壁を作っていなければ身体に穴が空いていたかもしれない。


「メリィ! 目を覚ませ、メアリー・キャロル!」


 ヨツノに視線を向けつつも横になっているメリィに声をかけるが反応はない。僅かにだが息の漏れる音がする。やはり死には至ってないか。それでも危険な状態だ。


「人の奴隷を巻き込んでおいて気絶してるんじゃねえぞ! ちゃんと罰は受けて貰うからな!」


 と言っても、この状況だ。

 ヨツノがふらりとこちらを向く。俺は咄嗟にメリィを担いだ。完全に俺を敵と認識していやがる。ヨツノの意識が何かに乗っ取られてるのか。

 もしくは、チャンスとばかりに俺を殺しに来ている可能性もあるが。それでも無言で表情ひとつ変えずに人を殺せるほど、あの子は大人じゃなかった。前者で正解だろう。


 ……攻撃してこない?

 ヨツノの視線はこちらではなく上、つまりは空の方へと向けられていた。

 何を見ている?呑気に空を眺めているはずもない。

 だが、ここを逃すわけもない。

 俺はメリィ左肩に担ぎ直し、右手で魔法陣を描く。メリィが使っていだろうものと同じ手錠を作り出す魔法陣だ。

 二つの魔法陣を描き、そこから出現した手錠がヨツノに向かって飛んでいく。俺の行動に気付いたヨツノがこちらへと向き直ると、七十階層内を駆けて手錠を避ける。

 しかしこの魔法陣は追尾型だ。手錠は方向を変えてヨツノへと向かう。直ぐに追いついて両腕を捉えた。ヨツノは思い切り手錠を引っ張るが壊れない。手錠は破壊されないように魔法陣が調整を施す。いくら引いてもバネのように鎖が伸びるだけだ。


「メリィの魔法陣が何かわからない以上、お前を野放しにできない。こいつを起こして解決策を聞くまで大人しくしていてくれ」


「…………」


 魔法陣へ魔力を流し込み手錠を調整する。ヨツノを引っ張りあげて吊し上げた。太陽と月の魔法陣が発動する前と同じ状況だ。

 ヨツノは俺がこれ以上攻撃しないと気付いたのか、視線を再び空へと向けた。

 既に外は黄昏時を過ぎて紫色になっている。まもなく夜だ。そうなるとここも暗くなって調査がままならない。

 下にいるレネ達を拾って一度ギルドに戻るのが妥当だろう。ヨツノを一人置いていくのが心配だが、攻撃してくる状態では連れ帰ることもできない。

 というか、本当にどこを見ているんだ?


「ッ!?」


 その時――唐突に空が黒くなった。

 当時に不気味な威圧感と強風が吹き荒れる。


「なに、が――ッ!?」


 息を呑んだ。

 その光景があまりにも驚愕的だったからだ。


 外へと繋がる大穴から侵入してきたのは、全長十五メートルはありそうな、巨大な黄金の鳥。

 金の羽毛に長い首。

 鋭く伸びた嘴と、十字架のような赤い眼がひとつ。

 俺は知っている。

 否、冒険者の全てが知っていて当然。

 全書にその姿と名は記されているのだから。


「叡智の災厄――化神ニルマナ・アーカイブス!」


『アクティベート、目下ノ敵ヲ補足』


 赤い視線が、俺を捉えた。


「くそっ!」


 嫌な予感が全神経を走り、俺は咄嗟に次元を潜って数メートル先に移動する。

 同時に、俺のいた場所に赤い閃光が通過して、すぐに爆発が巻き起こる。

 ダンジョンの壁が半分ほど吹き飛び、瓦礫が地上へと落ちていった。


「あれが、神の力だってのか」


 ヨツノもダンジョンの壁を破壊していたが、それとは比べ物にならない破壊力。


『アンチコード』


 アーカイブスからそんな声が聞こえると、等々に魔法陣が現れヨツノの手錠が粉々に砕けた。そのままヨツノがアーカイブスの背中に乗る。

 おいおい俺の魔術を容易く解除してくれるなよ。魔法陣なしとか、まさか同じ次元魔術か?

 いや、そもそも手がないんだから魔法陣を描きようがないんだ。神がそれを承知しているから、魔法陣を生み出す別の仕組みを持っていると考えたほうがいい。


 ヨツノが空を見ていたのは、この化神が来るのを待っていたからか。

 メリィが発動したのは本当に化神を召喚する魔術だったわけだ。そんなもん精力全部喰われて当然だ。


『コアヲ確認』


 ヨツノの身体が化神の中に取り込まれていく。

 いや、あれはさすがにまずいのでは。

 取り込まれてしまったら取り戻せない気がする。


「氷の魔術!」


 俺は魔法陣を描いて、先端の尖った巨大な氷柱を出現させると、アーカイブスに向けて放つ。効き目は期待できないが、ヨツノが取り込まれるのは防がないといけない。

 しかし、


『アンチコード』


「壊れたっ!?」


 アーカイブスの眼前に魔法陣が現れると。氷柱が砕けて下の階層へ落ちていく。

 先ほどのといい、あれは魔術無効化か? いや、ならそもそも魔術の発動自体が止まるはず。

 ならば、魔力による相殺か。魔力干渉による爆発が起きないということは、完全相殺。真反対の魔力系統を完全に同じ量で防御魔術に流し込む。

 どんな魔術師でも不可能といわれている、まさに神の領域だ。

 化けても神なら可能ってことか。


 そんな僅かな攻防の間にヨツノの身体が完全に取り込まれてしまった。

 空間斬裂は……もしヨツノの身体があの巨体の中にあるなら危険か。ナイフで直接胴体を裂くしかないか。


『コアヲ収納。敵ヲ排除シマス』


 赤い眼が光る。巨大な嘴が開くと、中に魔法陣が形成されていた。

 ごぅと大きいな音を立てて炎が放たれる。

 俺は空間を移動してそれを避ける――が、


 中央の巨大な穴の縁に移動し、アーカイブスと目が合った。

 移動先を読まれていた!?

 違う、僅かに首の動きが見えた。俺が出てきた瞬間に動いてる物体に反応したのか!

 直後、赤い光線が俺の真横を通り過ぎ、真後ろの壁が砕ける。

 同時に、右腕から激痛が走った。


「あ……?」


 右腕が溶けていた。肩から先が蒸発して握っていたチョークごと消えていた。

もしも逆側だったら、メリィごと……。


『排除シマス』


「くそがッ!」


 再び放たれる光線を紙一重で避けた俺は、そのまま足を滑らせるようにして中央の穴から落ちた。

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