第03話 寂しい魔術師は奴隷市に寄る
奴隷市、なんて言っているが見た目はひどいものだ。
大きな鉄檻が二つ並べられており、その中に男と女が分けて入れられているだけだった。
いや、亜人の性別は雄と雌だったか。どっちでもいい気がするけど。
さすがに一緒の檻というわけにはいかないのだろう。特に性奴隷なんかは未経験であることが価値を高める。病気持ちなんかだったら大変だし。子供はできないけど病気は伝染るって、よく買う気になるよな。
まあ、そう言う情報は幾度となく耳にしてきたが、実際に見るのは初めてなんですよ俺。
でだ。
「これは、まあ……」
なんというか、みんな目が死んでませんかね?
この世の終わりと言わんばかりの虚ろな瞳の亜人が多い。
こんなんで売れるのだろうか。労働力として機能すればいいのか。
亜人は、獣の耳であったり爬虫類に似た鱗の皮膚であったりと特徴は様々だ。やはりと言うべきか、人族の奴隷はいないらしい。それがよかったのかどうかといわれると困るが。
唯一の共通点は、その全員が魔鉱石で作られた首輪をつけていることだ。
亜人を無条件で奴隷にできるわけではないから、首輪で縛り付けるのだろう。それが良いことだとは到底思えないが、国が制度としているし、もっと北の方ではまだ亜人との戦争が続いているはずだ。あちらも捕らえた人族を奴隷としていることだろう。お互い様というわけだ。
「ようこそ、何かお探しの種族がおありですか?」
ボケっと見ていると、商人らしき男に声を掛けられた。どうやら俺が初めて来た客だと分かったらしい。ここに集まる連中はほとんど常連なのだろうか。
「どうやら奴隷市をみるのは初めてのご様子。であれば、私奴がオススメの奴隷をご紹介いたしましょう」
単純に俺が挙動不審だったみたいです。
「いや、俺は」
「最初の奴隷は購入を躊躇いやすいものです。しかし一度その有用性を知れば、奴隷制度が如何に効率的で素晴らしい制度かを理解できると思います」
買うつもりはないと言おうとする前に、商人の話が進む。
ま、まあ聞くだけならいいかな……。
「奴隷には大きくわけて二種類ございます。
ひとつは農作業や探索の補助を担わせる労働奴隷、もうひとつが夜の営みを担わせる性奴隷です。
当商店では雄は主に労働奴隷、雌は性奴隷を揃えております」
「やはり雌は性奴隷が主なのか」
「そうですね。労働をさせるものもいますが、この地域では娼館を経営しているお客様のご購入がほとんどですので」
なるほど、娼館で働かせるために奴隷を買うのか。ほぼ労働奴隷じゃないのそれ?
人族の娼婦を雇うよりは安く済むのだろうか。
「もちろん、冒険者の方でも個人で購入される方はいます。
ダンジョンは大変危険で疲れることも多いでしょう。亜人を着飾り癒しとする人も少なくありません」
「ほう……」
「ご覧の通り、亜人はどれも見た目が非常に整っており、飾るだけでも見飽きません。さらに装飾を凝らし自身の好みに仕上げれば、心の労りにもなりましょう」
一時期、帝都の方で少女を模した人形が流行ったと聞く。あれに似たようなものだろうか。
確かに可愛い子はいくら眺めていても飽きないものだ。レネとか、レネとか。いやそんないやらしい目で見るつもりはないが。
比べるわけではないが、檻の中にいる亜人はどれも顔が整っており確かに人族とは違う。身体も雄は筋肉質だし、雌は華奢だ。
「恋人がいれば、夜のお楽しみの幅が広がりますよ」
「こい……」
もう冒険者でもないし、生まれてこの方、恋人なんてできたことがない。
そうだ、俺は惨めな独り身だ……。
「お、おひとり様でしたら、それこそ性奴隷はもってこいの存在です。毎晩の寂しさを奴隷が埋めてくれるでしょう」
寂しさ。確かに寂しい。
せっかく買った家も、帰ればいつも一人。
明かりのない部屋にカンテラを添え、シワだらけのベッドに潜り込んで明日を迎える日々。
もしくは勉強のために買った魔術書の山に一人埋もれて、気持ち悪く笑みを漏らしながら新しい魔術を作る日々。
しょーもない。
まったくもって中身のない人生。
このままでは、一生独身で、誰にも愛されずダンジョンかベッドの上で死ぬだけだ。
この寂しさを、奴隷で埋められるなら……。
「本日雌の方は全員性奴隷となっております。もちろん普通の労働奴隷として扱うのもいいですが、何分性奴隷の首輪を使っていますのでいくらかお高くなっております」
「首輪が違うのか?」
「はい。奴隷の首輪は魔鉱石から作られており、労働奴隷に大しては権限者以外が接触を行おうとした場合、人族側に拘束がかかるようにできております。所詮亜人ですのでそのような必要は無いのですが、労働奴隷が強姦殺人に合うなどの被害が増えてからは重宝されるようになりました。全ての奴隷商はこれを遵守するように商人組合から命令されております」
まあ元々、亜人の性奴隷なんて娼館でしか扱っていなかっただろうし、そうした術を加えておかないと管理しきれないのだろう。
「性奴隷の首輪は先ほどの制約に加えて、奴隷側にも罰が下るよう作られております。買った後に拒否をされては困りますからね。主への忠誠心がなければ首輪がきつくなるようになっております」
「なるほどな」
奴隷も大変だ。ありもしない愛情を相手に捧げなければいけないのだから。
そりゃ死んだような目にもなるわけだ。
「どうやらお客様は個人でのご購入を検討されているご様子!」
突然商人が声を張り上げた。いきなりのことで肩がびくりと揺れてしまった。
なになに、買わなそうな雰囲気だったからって晒し者にする気?
「さあさあ貴方様に尽くしてくれそうな奴隷はいますかな?
おめがねにかかれば光栄でございます!」
商人が続けると――俺の前に奴隷達が集まりだした。
全員目の色を、輝きを変えて俺の事を見つめてくる。
あるものは潤んだ瞳をひたすら寄越し、あるものは檻から必死に手を伸ばす。またあるものは自身の胸元を強調し始めた。
「な、なんだこれは」
「娼館で複数の男に無理やり抱かれるよりは、偽りでも一人の主に愛されながら心身ともに尽くす方が、奴隷にとっては良い人生となります」
耳元で商人が囁く。
なるほど、それでこの反応が生まれたわけだ。
いや、だからといって買ってと視線を向けられても困る。そういうのには慣れていない。
「あ、あの子は」
向けられた羨望の眼差しから逃れる先を求めて、俺は咄嗟に檻の奥を指さした。
そこには、こちらになど興味なさげに縮こまっている女がいた。
歳は十八かそこらだろうか。黒く長いぼさっとした髪の上には大きな耳。
背中には他よりも毛の多い尻尾がある。
「ああ、狐の亜人ですね」
商人の口元が苦笑いに変わる。どうしてよりにもよってあれに目をつけたのかと言いたげだった。
たぶん、それで正解だろう。
女の見た目はひどく痩せていた。顔や腕は汚れがひどく、頬もこけている。他の奴隷と見比べても、放置、というか冷遇されているとさえ思えるほどだ。
「食事などはちゃんと与えています。しかしどうも栄養となっていないようです。亜人の特性については不明な部分が多いので、こちらとしても困っております」
商人が慌てた様子で説明を加える。奴隷商人が商品価値を落とす様なことをするとは思えない。あの女の状態は商人にとっても想定外のものなのだろう。
しかし何かが引っかかる。
俺の中の直感が疑問を投げかけてくる。
どこがおかしいと言われると答えが浮かばな――
「いや」
あの姿自体がおかしい。
いくらなんでも、他よりも薄汚すぎるんだ。
「全員水浴びなどさせないのか?」
「定期的にさせております、あの狐の亜人のことでしたら、洗ってもあれなのです」
奴隷商人が自ら商品を貶めるようなことはしない。であれば食事で栄養が取れない亜人は少しでも見栄えを良くするはず。にもかかわらず水浴びをしても汚れが落ちないという。
それではまるで、買われないようにしているみたいじゃないか。
「彼女をもう少し近くで見たいな」
「で、でしたらこちらに来るよう檻の外から棒でつついて――」
「いや、俺がやる」
俺は檻の前に右腕を伸ばし、人差し指だけを突き出した。
――目標の座標を把握。
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