第02話 惨めな魔術師は隅に隠れる

「ひとりぼっちで入るのは、いつ以来かな」


 街のすぐ近くにあるダンジョン――『苟且こうしょよすが』。

 内部は迷路式、空間は夜。明かりのない道が入り組んでいる。

 俺はその三階層に訪れていた。


 もちろん、一人でだ。


 ダンジョンには基本的にパーティーではいるものだが、中には一人で活動する輩もいる。所謂ソロというものだ。ソロの利点はドロップしたアイテムが全て自分のものになることだが、その分だけ危険も大きくなる。

 もし毒や麻痺なんかの状態異常を引き起こす魔物に遭遇でもしたら……まあこのダンジョンでは十五階層以上でないとでないけど。

 そんなわけで低階層と呼ばれる階の低い場所はソロでも比較的安全に戦える。


 それならもう他の冒険者が漁り尽くして、魔鉱石もないんじゃないかと思われそうだが違う。

 魔鉱石は周囲の魔力を吸い取って形成される。そんな特殊な性質があるせいで、壁のどっかに埋もれているのもあれば、魔物の体内に出来ることもあるのだ。そして魔物は定期的に生まれて人を襲おうとする。


「お、でたな」


 三階層に現れる魔物はコボルトだ。

 コボルトは特殊な個体を除けば、初心者でも倒しやすい魔物である。

 まあ見た目が垂れ耳に大きな瞳と犬っぽいので最初は躊躇いも生まれるが……。

 肌は緑で、時おり二本足で歩いたりするし、血は紫なので一度斬ってしまえばそんな感情も失せるというものだ。

 俺は火の魔術で全部燃やしちゃうので躊躇いも何も無い。人族って残酷。


 火だるまになったコボルトが倒れると身体は霧散し、蒼色そうしょくの魔鉱石だけが残る。詳しい仕組みは分からないが、ダンジョンから生まれた存在だからだとか誰かが言っていた。

 地面に転がるそれを拾い上げてアイテムボックスへとしまう。


 アイテムボックスは別の次元に棚のようなものを作り上げて、そこにアイテムを収納できる魔術だ。そもそも次元が違うので、重さもない。とっても便利な魔術である。


 そうやって蒼色魔コボルト鉱石こうせきをさくさくと集めていた時だった。


「あれぇ? 全然いねえじゃねえか」


 薄暗い道に、苛々を孕んだ男の声が響いた。

 近くに他のパーティーが来たようだ。

 本来であれば、軽く挨拶をするのが礼儀。というか、そうしないとモンスターと間違われて攻撃されかねない。

 しかし俺は慌ててカンテラの明かりを消すと、行き止まりの通路に逃げ込んで身を屈めた。

 全身に纏った黒いローブを頭から被り、自身の存在をないものとする。


「他のパーティーが来ているのかもしれないな」


「はー、それじゃあ意味ねえじゃん」


 冷静に状況を読む声は、胴鎧キュイラス籠手ガントレットという軽装備で、腰に剣を帯びた姿のアルク。

 それに文句を加えたのは、大きな盾と銅色のプレートアーマーを身に着けた男。同じパーティーだったリカルドだ。


 俺は道の隅に身を潜ませながら、通り過ぎる姿を確かめる。

 あいつらだったら、こっちが行き止まりなのは知っているから来ることはない。


「まーまー、楽してボス部屋いけるならいいじゃん~」


 左目を前髪で隠している女はタマラ。籠手と銀のブレストプレートだけをつけ、代わりにおへそは丸出し。それが許されているのは彼女が背中に抱える長槍ロングスピアから分かる通り、中衛担当の槍使いだからだ。

 ついでにリカルドの恋人である。つまりはリカルドの槍使い。

 その後ろをついていくのが、白いローブを纏ったレネ……。


「ぼ、ボスですかッ!?」


 その隣で怯えた声を上げているのは……知らない女の子だった。

背は他よりも小さい。たぶん十五か十六歳。

 緑色の長髪の上に被っているのは黒い三角帽。 

 身に纏っているのも、黒のマントと……傍から見ても分かる通りの魔術師。


 俺の代わりに入ったのか。

 いや、彼女が入るために、俺が抜けさせられたのか。

 男女二対二のパーティーにしたいから追放されたと思っていたが、まさか新しい魔術師をいれるためだったのか。


「大丈夫だぜメリィちゃん。

 怖くて泣いても、俺が慰めてやるからな~」


「あんたの慰めるは別の意味でしょうが!

 今回は三日も籠るからって、メリィに手出すんじゃないよ」


「へいへい」


 リカルドとタマラの夫婦漫才が場を和ませる。どうやらメリィと呼ばれる魔術師はダンジョン未経験者のようだ。そういうメンバーがいる時は、低階層に数日間潜ってダンジョンに慣れてもらうという習慣がある。


 笑い声が過ぎ去っていくのを、俺はただひたすらに待った。


 そうか、俺はただ邪魔なだけじゃなく、用済みだったわけだ。

 冷静に考えれば、命を懸けてダンジョンに挑むのに男女比なんて言ってられないよな。

 あの子が俺より優秀な魔術師で、俺が弱いから追放された、それだけだ。

 そんなことにも気づけないから、レネだって……。


 なんか、惨めだ。


 帰ろう。

 集めた魔鉱石を売って、商店街で酒でも買って。

 家で飲んで気持ちよく眠りにつこう。

 眠って、全部忘れるんだ。

 俺はもう、ひとりぼっちなんだから。


***


 武具でお世話になっているドワーフの商店で魔鉱石を売った。三階層の魔鉱石だから収入としてはいいほうではないが、ソロでやっていく分にはぎりぎりセーフといったところか。

 まあそれも最低限の生活をしていくにはと言う前提だが。

 買ったばかりの家のローンを考えれば、もっと高階層で稼がなければならない。

 今日はお試しだったが、パーティーの時は四十二階層まで進んでいた。他よりも上位に入る場所まで進めていたはずだ。

 ソロでとなると、武器や防具も一新したほうがいいか。今までは後衛のサポート重視の装備だったが、これからは全部自分でやらなければならない。すっかり触らなくなった剣も握ることになるだろう。

 

 魔鉱石で手に入れた銀貨をアイテムボックスにしまい、後は商店街で日用品を買い集めた。

 食材は……今日はもうこのまま外食でいいか。ダンジョンに必要なアイテムは明日の朝でいいだろう。こんな精神状態でこれ以上ダンジョンのことは考えていたくない。


 買ったものを入れた紙袋を片手で抱えながら商店街をぶらついていると、奥の方に何やら人だかりができているのを発見。

 事件、ではなさそうだ。そんなに騒がしくない。そこにいる全員が何かを品定めするような眼をしている。


 ああ、今日は奴隷市が開く日だったか。

 奴隷は労働としては重宝する。だけど品揃えの面で市は月に一度開かれるかどうか。奴隷も魔鉱石と同じくらい需要と供給のバランスが合っていない。

 と言っても、奴隷になるのはドワーフを除いた亜人がほとんどだ。

 レネはそのことに腹を立てていたっけな。でも奴隷にできるのなんて亜人か売られた子どもくらいだし。この地域で捨てられた子はみんな教会が引き取ってるはず。それに亜人であれば性奴隷であっても人族と子を作ることができない。需要が高まるのも当然だ。


 奴隷市に興味を持った俺はちょっとだけ覗くことにした。

 もちろん、買う気はないけれど。

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