第01話 根暗の魔術師はパーティーに必要ない

 冒険者。

 主にダンジョンを探索し、魔物の討伐、魔鉱石の採集などを生業とする者たちを指す。

 一攫千金を狙う者、純粋な強さを求める者。その目標や生き方は様々で、最初は誰もが自由に名乗り気ままにやっている、そんな賊に近い無法な存在だった。

 現在それらをまとめているのが冒険者組合ギルドである。ギルドは仕事を斡旋し、秩序を作り、冒険者という存在を社会のひとつに組み込んだ。


 それを可能にしたのは、冒険者に共通の目的を与えたからだ。


 ギルド、そして冒険者たちの最大の目的。


 それは――に他ならない。


 ***


「シグロ、お前はもう<トライアンフ>に必要ない」


「アルク……いや、リーダー。本気なんだな?」


「ああ」


「……わかった」


 その日、俺は冒険者パーティー<トライアンフ>を追放された。


 完。


「というわけにもいかないんだよなあ……」


 俺は自宅のベッドでゴロゴロと転がりながら、今後のことを考える。

 十五歳の頃に冒険者になってから七年。ここまでやってこれたのは、パーティーに属してきたおかげだ。

 二十代前半で安定した収入を得られていたのも、パーティーを組んで高難易度の依頼をこなしてきたから。


 それが、あいつの一言でなくなった。

 リーダーの言葉は絶対。

 反論する者はいなかった。というか他のメンバーはその場にすらいなかった。


 いや、いなくて当然か。

 男三人に女二人のパーティー。

 右手三本左手二本を目の前に掲げる。

 人数としては基本だが、色恋に関しては男が一人余分だ。

 右手の薬指を折ってピース。両方合わせてあへあへとダブルピースを決め込む。


「……仕事しよ」


 ひとりぼっちになっても、俺は冒険者なのだから。


 ***


「シグロさんはギルドから除名されました」


 受付嬢に笑顔で告げられた俺は、その場でギルドを追放された。


「……なんで?」


 入り口につまみ出された俺は呆然と突っ立っているしかなかった。

 パーティーから追放されるのは、まあわかる。

 だがギルドから追放される謂れはない。

 これじゃあ依頼を受けることができない。

 仕事がなくなってしまった。

 俺は完全に無職になってしまったのだ。


「さすがに、これはおかしいだろ」


 俺は振り返って再びギルドの中に入ろうとするが、


「追放者はお断りだ」


 入口に立っている屈強な肉体の門番二人に睨まれて早々に諦めた。


 ***


 俺は自宅のベッドでゴロゴロと転がりながら、今後のことを考える。

 できることと言ったら、魔術師としてどこかのパーティーに参加、もしくはソロで依頼をこなすことくらいだ。

 しかし冒険者への依頼と言うものはギルドを経由してでしか受けられない。

 冒険者がギルドを介せず依頼を受けたことがバレればどうなるか……ある奴は深い湖の底で見つかったらしい。

 そうなると、俺に出来ることはアヘ顔ダブルピースを決め込むことくらいしかない。こんなんで飯が食えたら苦労しない。


「……この街を出るしかないのか」


 せっかく買った家のローンだってまだ残っている。大事な財産を捨てる決断は早々にできない。だが稼がなければ家の維持費だって用意できないのだから、捨てるのも選択の一つではある。

 こんな田舎町から抜け出して都会の方まで行けば俺でも仕事があるかもしれない。ギルドは通達が回っているだろうから冒険者は無理かもしれないが、魔術の研究とかならどこかの学院に籍を置かせてもらえるか。


「まともな勉強したことないんだよな……」


 いま使える魔術も、俺を捨てた父母に教わっただけで正式な教育を受けたものでは無い。基礎のなっていない俺では研究どころではないか。


 詰んでいるシャーマート


 やはりここらで俺の人生終わりにしておくべきだろう。


 それでは、さようなら。


 完。


 ***


「シグ」


 眠りにつこうと目を閉じていると、玄関の扉を軽く叩く音と女性の声が聞こえてきた。さすがに微睡の幻聴とは思えず、俺は慌てて起き上がりカンテラの火を灯しながら玄関へ向かう。

 シグロのことを愛称シグで呼んでくれる女性は一人しかいない。


「レネ……」


 扉を開いた先には、茶色の髪を背中までおろした、俺と同じ年くらいの見目麗しい女性。

 パーティー仲間であ……った、レネがいた。


「こんな夜遅くにどうした。それに、その恰好……」


 レネの恰好は薄手の寝間着だった。高級な生地で作られたそれは白く煌めき、彼女の柔肌をうっすらと覗かせている。

 いくら家が近いからと、気を抜いた恰好で出てくるのは不用心だ。

 俺やレネの住まう区画は治安がいい方と言われているが、暴漢がいないとは限らない。時刻もみんなが寝静まった頃。それは同時に、酒に溺れた奴らがうろついている時間帯でもある。


「どうしても、シグと話したくて……」


 俺の憂いを気にした様子もなく、翡翠色の瞳を大きく開いた彼女はどこか神妙な面持ちで視線を向けてきた。

 だが、しかし、何を今さら話そうというのか。

 唐突にパーティーを追放したのはそっちだ。その日のうちに去れと言ったのもそっちだ。

 リーダーのその言葉に異論せず、当日顔も見せなかったのはレネじゃないか。

 

「今更だよ」


「私、どうしてもあなたの――」


「レネ」


 彼女の言葉を遮る声。お前は不要だと俺に告げた声だ。

 視線を向けるとトライアンフのリーダーであるアルクが、レネの後ろに立っていた。


「彼はもう僕らの仲間じゃない。そんな恰好で失礼じゃないか」


「でも、こんなの」


「レネ」


 反論しようとするレネを、アルクの低い声が止める。

 レネは少しだけ口を尖らせたまま俯いた。


「すまなかったね、シグロ。うちのレネが迷惑をかけた」


「いや、別れを言えてなかったし、ちょうどよかったよ」


 俺は知っている。

 レネとアルクが付き合っていることを。

 男だけの酒の席で酔ったアルクが、レネとの夜の営みを阿呆みたいに口走りまくった。少しだけレネに気があった俺は、言葉のままの光景を浮かべて、心底傷ついた。

 冷静になれば、顔も整い綺麗な金色の髪をした、剣士としても腕の高いアルクは女性にも魅力的に見えるだろう。

 それに比べて、中より下の顔で歳食った老人のような白髪の根暗魔術師俺。

 女の子がどちらかを選ぶなんて馬鹿でもわかる。

 このことについては、その日の晩に枕を濡らしたんだ。もう諦めたことなんだ。


 俺はポケットに手を入れ、そしてあるものをレネに渡す。彼女はきょとんした顔でそれを受け取った。

 渡したのは、ステンドグラス風の小さなペンダントだ。


「これは……?」


「魔術師の、お守りってところかな。レネのこれからの活躍を願って、俺からのプレゼントだ」


 最初で最後の、だけど。


「レネ、いままでありがとう。そしてさようなら」


「シ――」


 彼女の言葉を最後まで聞かず、俺はすぐに扉を閉めた。

 レネのことはアルクが送ってくれるだろう。

 いや、そのまま今晩――。

 考えるな。もう終わった話だ。


 俺はベッドに戻ると枕に顔を埋めて、眠りについた。


 ***


 一日ぐっすりと眠り頭が冴えたおかげか、あることに気が付いた。今後の稼ぎについてである。


 ギルドから除名された俺は依頼を受けることはできない。

 しかし、物の売買は自由だ。そんなもんまで制限されていたら稼ぐことに敏感な商人が黙っちゃいない。

 だからといって、俺には商才なんてものはない。突然そんな才能に目覚めて成り上がれるほど幸運に恵まれてはいない。恵まれていたら冒険者になっていない。


 さて、なら何が出来るか。

 純粋に素材を集めて売ることである。

 なんの素材かといえば、商店や料理店、鍛冶屋なんかで扱うもの様々だ。例えば薬草や川魚なんかは森の奥を探索して集めることが出来る。だがこれらで稼げる額はほんの僅かなものだ。


 売買として一番金額が大きいのは、なんと言っても鍛冶屋で使う魔鉱石。


 鍛冶屋はドワーフ族が経営している。ドワーフには特殊な能力が備わっていて、魔鉱石なんかを簡単に武器や防具に作り替えられるのだ。まあ俺は魔術師なので、大きな剣や盾は使わないけど。標的を定める杖とか魔法陣を描くためのチョークくらいがあれば事足りる。

 それはともかく、武器防具の元となる魔鉱石は需要が高い。その上で買取価格も高いと感じられるのは均衡価格に達していないからだ。

 つまり、供給が追いついていないのである。


 理由は簡単。武器や防具に出来る魔鉱石はその名の通り魔力を孕んだ鉱石で、それが手に入るのは――神々の遊戯場ダンジョンだけだから。

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