CASE 赤ずきん ‐欠損収集者‐ 2


 レイスは欠損したもの、損壊されたものを収集する嗜好の持ち主だ。


 地下に生っている者達は“生まれ損ない”らしい。

 この辺りの地方で、生まれる事が出来なかった、水子達の精神の残骸をこの樹の中で育て直しているとの事だった。その役割を、水子達を導く役割の使命感を、彼女は”魔女”として持っているのだと告げる。……彼らを、レイスは同胞のように思うのだと……。


 そして、彼女はつねにこの近辺に住まう“狼”なる魔物達に狙われ続けている。それは、彼女から血の匂いが漂ってくるからだという。


 レイスは、もいだ人間の頭部を綺麗な布のようなものに詰めていた。

 それをどうするべきか、セルジュは訊ねようかどうか迷っていた。好奇心が無いわけではない、かといって、他人のやる事にそれ程の関心も無い。


「あら? 私が何をやっているのか聞かないのかしら?」

 レイスはセルジュの心でも読んでいるように訊ねた。

「他人の趣味やビジネスを覗く趣味はねぇよ」

「でも、勝手に、地下室に行ったじゃない」

「俺はホラー漫画、ホラー映画のアタマの悪い主人公じゃねぇんだぞ。好奇心で破滅して溜まるか! 二階でマトモに寝れなかったから、地下室を見つけて、寝れそうな場所を探していただけだ!」

「それは、その、悪かったわね」

「でも、好奇心っていうか。不快だから、聞いておきたい。外の狼はなんだ? 思うに、奴らはお前を狙っているんじゃないのか?」

「ああ、あれね? あれは私の故郷に住んでいた村の住民だった人達。彼らは私を魔女と呼んで、みんなで私を殺そうとしたから返り討ちにしたの。そしたら、彼らは勝手に呪われてああなった。彼らの方が邪悪な何かに取り憑かれていたみたいね。私がこの森に棲み始めると、彼らも私を追ってやってきた」

 そう言いながら、レイスは籠を漁っていた。

 籠は、デス・ウィングが、セルジュを通して彼女に渡したものだ。


「お前は、その…………」

「私を狙う者は多いわ………、何故なら、私自体が欠けているから。ねえ、セルジュ。私は心臓を持たずにこの世界に生まれてきたわ。私は心音が聞こえない。けれども、何故か、私は生きているの。…………」

「お前、まさか……、未熟児として生まれたのか?」

「ええっ。ついでに、私は死体から生まれた。母の死体からね。私のこの赤いフードとマント。それは私の母の血で染め上げられているの。母は全身、傷だらけのまま死んで、私を産み落としたのね。母の身体から出た先は冷たい土の中だった。私は母の墓から這い出して、日の光を浴びた事を覚えているわ」

 レイスは、何処か、どうしようもないくらいに幸福そうな顔をしていた。

 彼女が産まれた時に、既に、彼女の母は死んでいた。

 けれども、その時に受けた力強い愛情を想い出しているのだろうか……。


「そして、母の墓には赤い頭巾(フード)とマントが無造作に置かれていた。私の命は、この赤い頭巾とマントに縫い付けられているみたいなの。それはすぐに分かったわ。心臓が無く、心音の無い未熟児として死産する筈が、私は生き残っている。私は魔女の家系だったの。そして、母は魔女狩りにあって殺された」

 そう言いながら、レイスは急に子守唄を歌い始める。

 彼女のその歌声は切なく、何処かとても悲しそうだった。


「なんだ? それは?」

「あら? これは私がいつか何処かで聞いた歌。きっと、母の胎内にいる時に、母が私に聴かせてくれたものなのでしょうね。きっと、私の故郷の歌ね。私の故郷の人達は、みんな私を殺そうとして、死んで異形のものになってしまったのだけど。私は此処にいて、未だに彼らに生贄にされる事を拒んでいるの」

 彼女はふと、何かの神に祈るように思えた。

 十字架も仏像も無いが、きっと、彼女が棲んでいるこの小屋は、彼女の城であり、何かの祭壇なのだろう。散乱した何処かが欠損した道具達は、彼女にとって、神を祀る為の神具(しんぐ)なのだろう。彼女が信じる神は一体、何なのだろうか。何の神なのだろうか。セルジュはそれを知らないし、知ろうとも思わない。


「ああ、そうだ。セルジュ、もうすぐ夜が明けるわ。私からの依頼も受けてくれない? 報酬のお金はちゃんと出すから」

「はあ? まあ、いいけど。なんだ? どうすればいい?」

「”お婆さま”に会いに行って欲しいの。そして、ワインとケーキを渡してきて欲しい」

 そう彼女は、セルジュに望む。



 セルジュは、赤ずきん・レイスの棲む小屋から、数キロ先に離れた場所に向かった。真っ昼間でも暗い森の道を歩く事になった。途中、沢山の人形の残骸が転がっていた。腕だけのものもあったし、毛髪が無く、目玉が半分無くなっている頭だけの人形もあった。それらは喰い千切られた後があった。彼らは、未だにレイスを殺したがっているのだ。それは復讐なのだろうか?


あれから、レイスは他にも勝手に話してくれた。彼女の産まれた村の風習の事を……。デス・ウィングには話せなかったという、あの女は喜ぶだけだから、と。レイスの村は酷い飢饉と疫病に晒されており、毎年、毎年、生贄を望んでいた。村には神様がいたのだという。両脚が無く、耳が聞こえず、眼球の無い赤ん坊の姿をした神様で、その神像が祀られていた。村人達は神に祈りを奉げて、生贄を渡す。生贄となるものは、この年の”魔女”だった。その村においては”魔女”は、一年の間に村全体に溜まる邪悪なもの、邪悪な気などを身体に溜め込む使命を神から授かった娘の事であり、村人達は、その娘を探し出して、処刑しなければならない宗教だった。


 呪いは飛び散り、村人達に、死後も怪物として魔女を喰い殺す運命を与えた。

 村人達は、魔女であるレイスを喰い殺さなければならない。

 神に奉げる為の、供物(くもつ)なのだから。


 きっと、そうすれば、村人達は天に昇り、呪われた死後の人生を終える事が出来るのだろう。けれども、レイスは赦さない。自らの命を守る為に、毎年、一人の罪無き娘を残酷に処刑し続けてきた村人達を赦さない。


神からの呪いを受けて、村の最後の魔女であるレイスを殺せれば、彼らは解放されるのだろうが。レイスはそれを赦さない。彼女は生きたかったし、裁きたかったのだろう。


そして、レイスの父親は誰なのだろう?

セルジュには、興味の無い話だ。


セルジュは、小さな家に辿り着く。

井戸があった。

此処で、マトモな飲み水でも貰おうかと思う。

セルジュは小さな家の扉を叩く。

「届け物だぞ」

 扉は開かれる。


 セルジュは中へと入る。

 中には、目が無く、義足の老婆がいた。

「あら、レイスの御使いね」

「ああ、確かに渡したぜ。俺は奴から報酬を貰って、そろそろこの森から抜け出すつもりだ。しかし、あの女は本当に酷い家に住んでいるよな」

 老婆は、受け取ったワインの瓶を開くと、それを瓶ごと口にしていく。


 深入りしたくない…………。

 この老婆が何者であり、レイスとどういう関係があるのか。

「あたしゃあ、あの子。レイスの助産婦をしてねぇ。彼女の産まれた村で、唯一の生き残りの村人さ。もっとも、神様の呪いにおって、こんな姿にされてしまったけどねぇ。死んで、狼として、終わらない飢えに苦しみ続けるようにはならなかった。……私だけの罪は軽くなったのさねぇ」

 そう言いながら、老婆はケーキを手づかみで口にする。

「煩い…………」

 セルジュは、だんだん、腹が立ってきた。

 どいつもこいつも、身勝手だ。

 自分は、彼らには、もうどうしようもないくらいに”無関心”なのだ。

 何故、自分は、こんな奴らのような異端で異形の奴らから、よく身の上話を聞かされるのか。こいつらは本当に自分を馬鹿にしているのか? コケにしているのか?

「ふん。自己憐憫なんて、空しいだけだぜ。なあ?」

 セルジュは振り返らずに言ってやる。


 そして、レイスの家に辿り着き、彼女から報酬の金を貰った。

「じゃあな。俺は帰るぜ」

「ありがとう。デス・ウィングにも言っておいて。貴方に色々、話せてよかった。私はこの地で呪いを受けた者達を裁き続けるわ。私が生きているだけで、苦しむ者達がいる。とても素敵な事よね」

 そう、赤ずきんの女は笑った。


「ねえ、そうだ。セルジュ」

「まだ話す事はあるのか?」

「冥府へと向かう為の河があるでしょう? 色々な神話の中に。ねえ、セルジュ、河を渡るには、現世の執着を捨てる為に、記憶だったり、生前の衣服だったりを捨て去らなければならないらしいけど。その河の先は綺麗なのかな? ねえ、死後の世界は綺麗だと思うかしら? あははっ」

「何が言いたい?」

「私が死んだら、罰を受けるのかなあってね。くくっ、ふふっ。ねえ、罰を受けるのかな? 私も殺しているし、苦しめている。だって、私は本当に魔女になったから。死後の世界に罰を受けるのかな?」

「知らねぇよ」

 レイスは籠を持っていた。

 セルジュが渡したものだ。

「これ、デス・ウィングから買ったの。セルジュ、渡してくれてありがとう」

 彼女は、籠の中身を取り出す。

 それは小瓶だった。

 パッケージには書かれている。強力な睡眠薬であり、使用量を間違えると、死に至る毒物だ。その睡眠薬の瓶が数本程、包装用のエアーキャップに包まれて入れられていたのだった。

「私は眠りたいの。夜も、ぐっすりに。安らぎたいから、ね」

「ふん。お前もメンヘラかよ。いい加減にしろよ。ちゃんとした心療内科に通って、適切な処方薬を出して貰えっ!」

 セルジュは本当にウンザリした声で告げた。

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