CASE 赤ずきん ‐欠損収集者‐ 1

 捨てられない。

 捨てられない。

 汚れても、壊れても捨てられない。………………。


 戦いによって、ボロボロになった服。

 そうでなくても、着古した服などを仕舞っている倉庫部屋がある。

 セルジュは、倉庫の中を見ると、少し憂鬱な気分になる。


「あぁー。とにかっく、俺って。捨てられないんだよなぁ」

 セルジュは溜め息を吐く。


 そして、ボロボロになった服をまじまじと眺めていた。

 服は、セルジュが好きだった女ダリアの肉体に似合う、ゴシック・ロリィタ服、ゴシック・ドレスなどだ…………。


「全部、気に入っていたものが多いんだよなあ…………」

 彼は、再三、溜め息を吐いた。


 それにしても、しばらく、暇している。

 今日は、中々に晴れている。

セルジュは、アジトに使っているマンションを出ると、今日も、デス・ウィングの経営している骨董品店『黒い森の魔女』へと遊びに行く事にした。



「デス・ウィング。お前さあ。気にいったものとかも、どんどん売り払ったりしているだろ? よくそんな神経あるよなあ?」

「いや。気にいったものとかは、どうしても売れなくて。取ってあるよ。そもそも、私はコレクターだしな。でも、確かになあ。お前の話を聞いていると、その捨てられない癖、みたいなもの。どうにかした方がいいかもな?」

「なんてか、自分の存在の痕跡が消えてなくなっていくんじゃないかって不安に駆られるんだ。一種の強迫神経症っていうか、心の病気みたいなもんだな」

「まあ。私はコレクションに対しては、分からなくもないがな。……いらないものも増えていくんだ。本当に気にいった一部のもの以外、思い入れのようなものが出来ないな」

 そう言いながら、彼女は本当に気にいっているらしい、数多くの人間を生きたまま解体し、処刑した刃こぼれだらけの刀を愛でていた。元々の持ち主の感情が溢れ出してくるような処が、最高に素晴らしいらしい。


 彼女は、今、売っている道具の整理をしているみたいだった。

 セルジュも、一応、彼女の手伝いをする。

 この店は、余りにも自然体で人間の死体などが売られているので、常人が来たのなら、即座に逃げ帰るだろう…………。ちなみに今日は整理と掃除の為に店を閉めていた。


「そういえば、服が服がと言っているが。特殊な魔法をかけて、限りなく、道具の耐久度を上げる事が出来る筈だが?」

「『アミュレット・コーティング』の事か? あれ高いだろ? 最近、値上げしやがって、ボッテやがるんだよ。しかも、サービス試したら、服や道具の防御魔法使っても、平気で服を駄目にしてくれる敵とか幾らでもいるだろ。ほんと、防具にならねぇ」

「そうか。私は掃除するのが面倒臭いから、埃やダニなどが、本につかないように、売り物には、それなりに防御魔法を頼んでいたりするんだけどなあ。……だが、お前の言うように、高い値を吹っ掛けてくるから、確かに、全部の商品には出来ないなあ」

「はあ、だろ? しかし、その手の商売の奴ら、イイ性格しているぜ」

 セルジュは、カウンターで、ふんぞりかえりながら、デス・ウィングから貰った茶菓子のクロワッサンを口に頬張っていた。


「しかし、捨てる、かあ」

 セルジュは出された黒糖味のコーヒーを口にする。

 デス・ウィングは、処刑道具の刀を自身のコレクション用のケースに戻すと、再び、店の整理と掃除を再会する事にしたみたいだった。


「そうだ。セルジュ、また依頼を受けてくれないか?」

 ふと、彼女は、ホルマリン漬けの人体の瓶をアルコール消毒用の布で拭きながら、そんな話を持ち掛ける。


「…………、報酬、ちゃんとしろよな? この前の奴は泥水みたいな場所にもぐったから、クリーニングが大変だったんだぞ?」

 セルジュは彼女の依頼を二度と受けないと誓ったばかりだが、現金なもので、報酬を貰ってから、しばらくして考えが変わったみたいだった。


「白骨山脈から北に向かって歩いていくと、迷いの森があるんだが。その森の奥のロッジに住んでいる奴の依頼なんだ。そいつも色々なものを捨てられない奴らしいんだよ。相手は、赤ずきんと呼ばれている女なんだが…………」

「また女かよ。女の依頼はもういいよ。ほんとうに、たくよぉ」

「ちなみに、今回の依頼だが、セルジュ。お前には運び屋をやって貰う。中のブツを見ずに、届け先に渡す仕事だな」

「はあ? 運び屋? ヤクザに、ドラッグか拳銃でも渡してくるのかよ?」

 彼は肩透かしを食らったような顔になる。


「少し違うな。まあいい、とにかくその赤ずきんに、この籠を渡して欲しいんだ」

 デス・ウィングはそう言うと、木で編まれた籠をセルジュに渡す。籠は白い布で包まれており、中には何かが入っているみたいだった。



「…………、デス・ウィングの店の客だから、絶対に異常者だと思っていた。ほんと、悪い意味で期待を裏切らないなあ」


 セルジュは暗くて、深い森の中を地図を頼りに、多少、道を間違えながらも彷徨った後、ようやく閉ざされた森の二階建ての小屋(ロッジ)へと辿り着いた。


 真っ赤なフードをかぶり、真っ赤なマントに包まれている少女姿の怪人は、部屋の中で、セルジュに出すお茶と、お茶菓子を冷蔵庫の中から探していた。

 セルジュは、彼女が身に纏っている赤い服から、血の匂いを感じた。

 鮮血の匂いだ。

 彼女の服の赤は、血の色で染め上げられているのだ。

 …………、彼女の服からは、人間の血の匂いがする。


「悪かったわね。こんな赤ずきんちゃんで」

 セルジュから籠を受け取って、少女は言う。

 彼女は布を少しだけ開いて、中身を確認すると満足そうな顔をしていた。


 部屋の中は、まさにゴミ屋敷といった風情だった。


 ソファー。机。椅子。TV、パソコン。三面鏡。革靴。レコード。バッグ。財布。本。ペンダント。マネキン。ロッジの外の車やバイク…………。

 全てが。何処か欠損して、壊れていた。


「此処は捨てられる事がなかった物達の墓場なの。……墓場、というのは、変ね。病院といった方がいいかもしれないわね。此処にある道具、全て、元の持ち主の情念がベッタリと塗り込められているわ」


 赤ずきんは、真っ赤な飲みモノをセルジュに渡す。

 冷蔵庫は数えただけでも、六つあり、幾つかからは異臭が放たれていた。


「そういえば、貴方の名前は何?」

「ああ、俺の名はセルジュ。お前は?」

「私の名前はレイス・ブリンク。レイスでいいわ。うふふふっ」

 そう言って、赤ずきんの少女レイスは意味深な笑みを浮かべた。


 赤い飲みモノはブラッド・オレンジなのだが……。

 …………、何かの生き物の血が混ざっているみたいなので、セルジュは飲むのを止める事にした。


「ああ。そうそう、セルジュ。森の外に徘徊している“狼”には気を付けて…………。彼らは私の家に来る、貴方を観察していたでしょうから…………」

「…………、狼、ねえ」

 セルジュは、頬をぽりぽりとかいた。


「もう運び屋の仕事は終わったし、俺はそろそろ帰るぜ?」

「駄目よ。今日は泊まっていって、そろそろ、狼が動き出す時間だから」

 そう言って、レイスはセルジュの肩を強くつかむ。



 その夜、セルジュはロッジの二階で眠る事になった。

 軋んで、ボロボロの木の上に、汚らしい穴だらけの敷布団。そして枕からは綿が飛び出して、掛け布団からも綿がはみ出ている。

 正直、寝づらい。

 特に、敷布団の下の木が所々へし折れて、くぼんでいるので、身体が痛い。


 この家にあるものは、全てが不完全だ。


 窓ガラスは割れて、夜風が闇の中へと入り込んでくる。

 ヒビ割れた電球には羽虫が集まっていた。

 

 ちなみに、レイスはいつも、バスルームの中で眠るらしい。バスタブはお湯が出る事はなく、冷水しか出ないらしい。そこにボロボロの毛布を敷いて眠るのだと。


 外の風音に紛れて、何かの鳴き声がする。


「狼が来たわねえ。うふふふふふふふふっ、セルジュ。彼らの呼び声には応えてはいけないわよ」

 一階でレイスはとても楽しげに笑い続けていた。


 がりがりっ、がりがりっ、がりがりっ、がりがりっ。

 何者かが、外の壁を引っ掻いている。

 それも一体ではない、無数にいる。


 ……しかし、今は何時だよ。寝れねえよ。あいつらの騒音を聞きながら、朝まで待つのかよ?

 セルジュは起き上がり、時間を確認しようとする。時計が壊れて止まっている事に気付くと溜め息を吐き、バスルームにいるレイスの元へと向かう。


 レイスは寝床であるバスルームから出て、応接間にいた。

 彼女は所々にヒビの生えた子供程もある壺の中に、何かを落としている。どうやら、それは生きたトカゲみたいだった。

「おい、何をやっている?」

「ええ。この子達に餌をやっているの」


 セルジュは未だ聞こえる、狼達の物音を煩わしく思いながら、レイスが手にしている壺に少しだけ興味を持つ。

「何を飼っている?」

「ふふふふっ、見る? 可愛い、私の子」

 セルジュは壺の中を覗き込む。


 中には、沢山の生き物が住んでいた。

 脚が七つしか無い蜘蛛。

 眼球の無い蛇。

 背中の皮膚が腐れ落ちたイモリ。

 耳の無いネズミ。

 羽の無いスズメバチ。

 クチバシの無い鳥。

 歯の無いシマリス。

 

 全て、何処か欠損している生き物達だった。

「おい、コドクでも作っているのか? こいつらを最後の一匹になるまで喰らい合わせるのか?」

「あら? この子達は仲間同士で喰い合わないわ。みんな欠落しているから。だから、完全な生き物を憎んでいる。仲間は飢えても食べないのよ。そういう子達だから。うふふふふふふっ」

 そう言いながら、レイスは、彼女の隣に寄ってきた頭部の無い、眼も鼻も無い口だけの黄色い小猫に魚を与えていた。その隣では、耳と後ろ脚の無いウサギが餌を貰うのを待っていた。


「おい。お前の悪趣味なペットの餌やりの後でいいから、答えてくれないか? あの外にいる連中はなんだ? お前は狼って言っていたけど、一体、なんなんだ?」

「放っておけば無害よ。でも、相手にしてはいけない」

「少し黙らせてくれないか? 寝れねぇんだよ」

「…………、分かったわ」

 レイスはそう言うと、冷蔵庫の中から、何か紙袋に包まれたものを取り出して、窓の割れ目へと放り投げる。紙袋は割れ目を通って、綺麗に外に出ていく。

 しばらくすると、唸り声と爪音が止んだ。


 セルジュは、ふと、何気なく置かれている割れた三面鏡に眼をやる。

 そこには、外の景色が映し出されていた。破れた窓の外だ。


 狼の姿がかすかに見えた。

 真っ黒な、狼だった。

 そいつらが何かを懸命に貪り食っている。


 それは、ボロボロの人形だった。

 狼達は、ボロボロの人形に喰い付いていたのだった。

 こりこり、ごりごり、ごりこりぃ、といった、音が鳴っている。


 セルジュは薄気味悪さを覚えながら、二階に向かう。

 途中、ガラクタの隙間から、地下へと続いている床に作られた扉を見つける。

 ……、地下か。正直、寝床は悪いし、そもそもこの家、ゴミばかりで狭いからな。地下とか広いといいなあ。どうせ、地下もゴミばかりだろうけど、一応、確認しておくかなあ。

 レイスはどうやら、再び、自らの寝室であるバスルームへと向かったみたいだった。


 セルジュは、こっそりと、地下へと続く扉を開ける。

 ……いい寝床になりそうな場所があれば、勝手に使わせて貰うぜ。


 彼は地下へ入ると、一階の床に転がっていた、キャップの無い着火部位が剥き出しのオイル・ライターに火を灯す。

 階段だった。

 木で出来ている。

 ご丁寧にも、階段の所々は腐り朽ちて、孔が開いている。何故、修理しようとしないのか。踏み外したらたまったものではないのではないか。


 彼は階段を下りた。


 一階、二階と同じように、ゴミが並んでいる。

 気持ちよく寝られそうな場所を探す。


 セルジュは、ふと、あるものに気付いた。


 それは、地下に生えた大きな木のように見えた。

 木には、沢山の果実が生っている。


 生っている果実は全て、人間の頭部だった。

 未だ、彼らは呼吸し、悶えながらも、生きているみたいだった。


 ……なんだ? こりゃ?

 彼はしばし、言葉を失う。


「ああ。地下室には入るな、って言うのを忘れていたわ」

 後ろに、レイスが立っているのが分かった。


「レイス。お前は何者だ?」

「あら? 聞かされていなかったのかしら? 私はこの森に棲む“魔女”よ」

 地下室に、彼女の薄気味悪い笑い声が響く。


 そして、彼女は地下に生っている人間の頭部の一つを、もいだ。

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