第44話 私の名誉がぁぁぁぁ

 この世界での決闘の流儀は地球と大して変わらない。


 どちらか一方が降参するか、死ぬかというだけ。


 そして、二人の女が今その決闘を行うべき、海の上に立っている。


「……この世界を作りし神、そして世界を繁栄させたシラヌイ様の名にかけて、決闘を行う」


「右に同じくぅ」


 決闘の礼儀だという、宣誓を互いに述べる。


 魔法の力で水に浮く専用の水蜘蛛を足に、手には力が無ければ持てないであろう大振りのアックスを。


 彼女らは互いに目を見つめ合ったまま、微動だにしない。


「……いつでもいいわよ。かかってきなさい」


「そういう先輩の方が、負けるの怖くて一歩踏み出せないんじゃないですかぁ?」


 そういや、聞いた事がある。


 剣豪同士の戦いだと、足の動きだけで次の一歩が分かるとか。


 なので、その戦いはどちらが最初に動くかで決まるとも。


 互いに挑発はすれど、腕も足も一歩も動かない。


 が、先に動いたのはヴィクトリアの方だ。


「そこまで戦いたくないってなら、こっちから行きますよ……っ!!」


 早い!


 動きは少なくともヘレンと劣らないものがある。


 瞬発力を武器に、一気に相手との間合いを詰めると、


「でえええええええええいっ!!!」


 と、咆哮と共にアックスを振り下ろす。


 それをヘレンは避けると、ヴィクトリアのアックスを弾こうと自らの武器を交わす。


 しかし、相手もその動きを読んでいたのか、巧みに受け流すとすかさず正対した状態へと持ち込む。


「どうしたんですか先輩? 前に比べて動きにキレがないですよぉ?」


 ……え、そうなの?


 十分俺には凄腕同士の戦いに見えるけど?


「……減らず口は上手になったんじゃない?」


 額に汗を浮かべて、ヘレンは口元を歪める。


 と、言いつつ、ヘレンにそこまで余裕が無さそうなのは、俺にも分かる。


 ……もしかしたら、本当にあの後輩とやらの言う通りなのだろうか?


「じゃあ、力で勝負してみましょうよ」


 そう舌なめずりすると、ヴィクトリアはアックスを力強く振り下ろし、連続で打撃を与えていく。


「……くっ!!」


 それを受けるヘレンの動きはやや鈍い。


 後輩に一方的な主導権を握られ、リズムを作れていない様子だ。


「だあああああっ!!!」


 何度目だろうか。


 ヴィクトリアが叫び、力強くアックスを振り下ろした瞬間、ヘレンはその圧にアックスを飛ばされた。


「……くっ」


 苦虫を嚙み潰したように、彼女はへたり込む。


 え?

 え、負けたのっ!?


「どうやら、勝負ありですね。せ、ん、ぱ、い?」


 嫌味ったらしくそう呟く後輩。


 そんな彼女を見上げる先輩。


「……どうやら、勝負あったな」


 タンヂはそう溜息を漏らすと、権利書を丸める。


「い、いやいやいや。もう一戦とかやってみようぜ? ヘレンが負けたのは色々と状況も状況であってだな」


「負けた戦士に再戦するチャンスがあるとするなら、相手がそれを受諾するか、だ。まぁ、それも本来は例外なのだがね」


「そ、それとこれとは……」


「これはこれだ。決闘とは神聖なる勝負。シラヌイ様に勝つと誓い戦い、決闘で負けたならば、本来は再戦という選択肢を選ぶ方が恥なのだよ。まぁ、稀にそうした事に懲りず戦いを挑み続ける者も居るには居る」


 その台詞に、ヴィクトリアが不機嫌そうに頬を膨らます。


「私は別にそういうのじゃありませんから」


 じゃあ、アリスや俺に散々挑んだタンヂは何なんだ、と言いたいところであるが。


「先輩、もう一度勝負しますかぁ? してもいいですけどぉ、わたしはぁ」


「…………」


 ヘレンは顔を俯けたまま、微動だにしない。


「ま、引退して野菜作りとか何とか言って、貴族趣味に浸って武を疎かにした、『元』聖戦士なんて、現役である私の相手になるもんじゃないわねー」


 その言葉に、ヘレンが更に首を垂れる。


 一方は上機嫌で、一方はどんよりとした空気をまとい砂浜に戻ってくる。


「まぁ、この結果、私にとっては問題ないことだが」


 と、タンヂはヘレンに近づくと、


「やぁ、我が愛しき婚約者よ。今までの事は忘れて、これから本当の愛の道を……、ぶえっ!!!」


 タンヂの顔に、ヘレンの無言の裏拳がのめり込む。


 うーん、クリーンヒット。


 こりゃとんでもなく痛そう。


 決闘は終わった。


 漁場を取り返すことは出来なかった、ということだ。


 すると、アレックスから吐き出され、生ゴミの匂いを漂わすアリスは、憤っていた。


「あんのねえっ!! 聖戦士だってのにちょっと情けなくないのぉっ!? あんた強いんでしょ!? どうして後輩なんかに負けるのよぉ! 後輩に負けるとか戦士アカデミー卒業生からしたら、どうしようもない失態、不名誉じゃない!」


 その言葉に、ヘレンは俯いたまま。


 しかも、その単語一つ一つが心に刺さったらしく、砂浜にしゃがみ込むと、人差し指で砂に絵をかき出す。


「……もうだめ、だめ、だめ、だめ」


 ……かなり落ち込んでいるのは分かる。


 それを見て、アリスも流石に追撃はちょっと考えたらしい。


「あ、あんた強いんでしょ! だったら再戦でも何でもすりゃいいじゃないのっ!」


 そう言うが、ヘレンは砂弄りを続けたまま。


「……あぁ、名誉が、名誉が、私の名誉がぁぁぁぁ」


 相当ダメージでかそう。


 俺も皆も、頭を抱えるしかなかった。


※次回は9/11の12時投稿予定です。

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