第45話 どんだけマイナス思考だよぉっ!!

 遠くで海鳥が鳴いている。


 それとともに、夕日は静かに地平線へと沈んで行く。


 ついでに、ヘレンも精神的ダメージにより砂浜の波に打たれたまま体育座り。


「ねえ、ダーリン……。あぁしてもうかなり時間経ったよ?」


「う、うん……」


「そうですよ、御主人様。御主人様から、何か立ち直らせる言葉を一つ。ビシッとここは」


「そ、そうは言ってもなぁ」


 俺も正直、あそこまで露骨に自信喪失したヘレンにはビビっている。


 恐る恐る近づいてみると……。


「ぁぁぁぁぁ…………」


 か細い声を漏らし続けている。


 目も虚ろ。


「お、おーい、ヘレン?」


「…………はい?」


 まるで死んだ魚の目してる。


「あ、あのさぁ、そんなに気に病まなくても、俺達はお前がどうとか思ってないから、な?」


 そう言って、俺はアリスとメルナを見る。


「な、なあみんなっ!?」


 その言葉に、二人は大きく頷く。


「そうそう! 大丈夫だって!」


「そうですよー、ヘレンさん」


 だが、その言葉を聞いてヘレンはジトぉっと目を細める。


「…………本心ではないわ」


「え?」


「……きっと、優しい旦那様と口裏合わせているのだわ」


 ……どんだけマイナス思考だよぉっ!!


「い、いやそういうのじゃなくて……」


「……いいんですよ、旦那様。どうせ私は野菜作りで力を衰えさせた、ただの情けない元聖戦士ですから。……ええ、そうですとも、そうですとも」


「お、お前なぁああ」


 俺は思わず脱力しつつ、彼女の腕を引っ張る。


「とりあえずこっち来て、ほら」


 そうして、腕を引いて畑を目指す。


 どんなにネガティブになられたって、別に困らない。


 問題は、今の彼女がそれまで積み重ねてきた事を、否定しているのはよくない。


「ほらっ、ヘレン。これ見ろよ」


 そう言って、俺は彼女の畑へと行く。


 雑草一つ無い、きちんと仕立されて、芽かきもされたトマト畑。


「…………これがなにか?」


 彼女はどんよりとした空気をまとい、ため息を漏らす。


「……ビクター、よく育ったわね。……トーマスも、アルカディアも。……でも、今の私には価値がない。……こんな育ての親でごめんなさいね」


 一つ一つの苗に名前を付けて育てているらしい。


 始めて知った事だったが、尚更俺はそれが勿体なく思えた。


「あのさぁ、お前は自分に価値が無いとか今言ってるけど、そしたらそのトマトはどうなる? 全部無駄なのか? 言うなれば、これをお前に例えるならさ、一度台風が来てそこのトマトが全て倒れたから、もうトマトなんて作っても無駄だ、って言ってるんだぞ?」


 そう言うと、彼女はこちらを振り向く。


 目尻にちょっとばかりの涙を溜めて。


「……そ、そんなことは」


 彼女はそう言うと、嗚咽を漏らして泣き出す。


 それを見て、俺もどうしたもんかなぁ、と頭を掻く。


「いやさぁ、言うなれば俺も戦士だったわけよ。だから、お前の気持ちも分かるっていうかさ」


「……そ、そうなんですか?」


「そうそう、企業戦士ってやつ」


「……キ、ギョウ? そういう兵科ですか?」


「まぁ、そんなもん。俺の生まれた世界なんて、その企業戦士ばかりでさ、二十四時間働きますか、って世界もあるわけさ。確かに辛い時もあるけど……」


 思えば色々あったなぁ。


 営業先で「わざわざこんなことの為に来たんですか?」と冷たく言われ、時には警察を呼ばれたり、無言で扉を閉められたり。


 会社に戻れば「あいつはどうせ成績が取れないやつだから」と先輩に言われたり、「どうせ雄平君はそういう人なんでしょ」とカテゴライズ化された評価を当て込みされ、雑な扱いを受けたり……。


 案外人って自分の事を考えてもくれない、ということも学んできた。


 だからこそ、彼女には見てあげたいと思った。


 かつて自分がそうして貰えなかったから、こそ。


「だからって、悪い事ばかり目を向けたらキリがないけど、でもな今だから思うわけさ」


「……何をです?」


「そりゃあ、前向いて生きてりゃ良い事あるからさ。だって、みんなお前の作ったトマトが美味しいって思ってる訳だし、な。それだけでも、戦いに負けたからって、投げ出す程のものでもないだろ?」


 ヘレンの作るトマトはとても甘い。


 品種だけのものでなく、それには彼女の思い入れがあるから。


「俺は知っているよ。ヘレンが雨の日でも、外に出かけた時でも、雲が曇った日でも、欠かさず畑の手入れをしていることを。だから、諦めちゃ駄目だ。自分だけでなく、みんなの為にもさ」


 それを聞くと、彼女はボロボロと涙を零して抱き着いてくる。


 声にならない涙を流して。


 俺はとりあえず、黙って頭を擦る。


 しばらくして泣き止むと、アリスとメルナが心配そうに机で待っていた。


 が、俺に抱き着くヘレンを見て、アリスはちょっと気に入らない感じ。


「あーっ!! ちょっと何抱き着いてんのよぉっ!」


 そういつもの感じになるかと思ったが、


「……アリス。今回は負けたけれど、次は必ず勝つわよ」


 と、やや鼻声でそう言うヘレン。


 その言葉にアリスも、


「そ、そう?」


 と、急に畏まる。


 とりあえず、これで何とかなったか。


※次は9/12の12時投稿予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る