第42話 ちょっと今の良い響きじゃない?

 ある日、俺は自宅がある島へと戻り、書斎でノンビリと昼寝していると、アリスがやってきた。


「ダ、ダーリンんんっ」


「え、え? ど、どうしたんだよ、そんな悔しそうに泣いて……」


 いい年した女が半泣きに入ってくるのは、流石に寝起きからどう対応していいのか困る。


 だが、彼女の口から出てきたのは、そういえばそんな事あったなぁというものだ。


 それは、さっきアリスが子供に魚獲りを教えていた時のこと。


「ねえさぁ、なんでこの場所はあんまり魚が取れないの?」


「そうそう、見た目が悪いやつとか、食べられない魚ばっか獲れるよぉ」


 そんな言葉を聞いて、アリスは悩んでいた。


「うーん……、前の漁場の方が確かにもっと美味しい魚が獲れたのよぉねえ」


 子供の声に、彼女は悶々と悩んでいた。


 ……まぁ、そりゃそうなった張本人ではあるしな。


 そこへ、野良仕事を終えたヘレンが戻って来る。


「というか、そうなった原因がこの家に居たじゃん!!」


「……何よ、急にえらく激しい剣幕して」


「あんたに負けたからあの漁場無くなったのよ! 返してよ!」


「……漁場? 一体何の話?」


「ソウファ島の漁場の話よっ! 毎日畑行ってボケてんじゃないわよっ!」


 その言葉に、ヘレンは顎に手を当てしばし考えこんだ後、


「……あっ、その事ね」


 と、納得する。


「忘れないでよっ! 一応その決着、まだついてないから!」


 ……いや、俺が知る限り、お前は二回戦い挑んで負けて無かった?


 そう思っていると、ヘレンは溜息を漏らす。


「……もう私はスモジュの聖戦士でもなく、徴税官でもない。ただ旦那様の為に生きる女よ。……ちょっと今の良い響きじゃない?」


「……何言ってんだこいつ」


 俺は思わず口にしてしまう。


 トマトのヤニまみれになった両手のまま、そういう彼女はちょっと面白い。


「つっても、確かに元は島のものだったわけだし、子供がそう言うってくらいなら、余程漁場としては酷いってことじゃないか?」


「そうよそうよ! 前の漁場はうちの島でも一番良いとこだったんだから! カツオもマグロに、タコだって取れるし! あ、でもタコはあんまり食べないか」

 

「と、言う訳だヘレン。一応、俺はこの島に人が戻って来たってなら、そうした部分も取り返していきたいと思うんだが、どうだろうか?」


「……それについては旦那様の考えなので従いますけど。……今の徴税官がどういうかだと思います」


「……今のスモジュ島の徴税官って誰だっけ?」



 何だか記憶はあるのだが、うまく思い出せない。


 いや、思い出したくない奴だから忘れていたいのか。


「……そうですね、誰でしたっけ」


 遠い目をして忘れた様子のヘレン。


「いや、タンヂでしょ。忘れるような男じゃないじゃん」


 と、アリス。


「それに、あんたの婚約者だから」


 更にそうツッコむと、


「……あんなナルシストで弱っちい男のこと、忘れたいのよ」


 と、冷たい目をする。


 まぁ要するに、タンヂにその件は尋ねてみないといけないって訳だ。


「そんじゃ、手紙出して聞いてみるか」


「そうしよそうしよ! もし返さないって言うなら私が一発殴り込んで取り返すんだからっ!」


 ……それはまた何かを失いそうだからやめてくれ。マジで。


 と、言う訳で、俺はタンヂに手紙を出したのだが、返答は翌日直ぐに来た。


――条件を満たすならば、別に返すのは問題無し。


 ……随分、あいつにしてはアッサリとしてるな。


「……スモジュ島は金銀が産出するので、鉱山経営をする島の中では儲かってますから、儲けの少ない漁場が一つ無くなることなど、問題ないのでしょうね」


 ヘレンはふとアリスを見る。


「どうせうちの島は貧乏ですよっ! 漁場しか無かった島だし!」


 そりゃこれだけ海ばかりなら、魚資源は豊富だろうしな。


 正直、この世界のビジネスとして考えるなら、分が悪いといえば悪い商売でしかない。


「……そこまで言ってないけれど」


「まぁまぁ、とりあえず条件ってのが何か聞かないとなぁ……」


 そう言いかけた時、めっちゃ海の方からファンファーレみたいなラッパの音がする。


 その音に、俺ら三人は顔を合わせる。


「「「まさか……」」」


 外を見れば、派手な黄金色の船に乗った、タンヂ御一行が来ていた。


 ……センス悪いな。


※次回は9/9の12時投稿予定です

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