第41話 お姉ちゃんの気持ち、少し分かったかも
その日の夜、アリスは黙々となにかを作っている。
覗いてみると、それは洋服。
布を裁断し、糸を縫っていく姿は手慣れたものだ。
「へえ、お前本当に器用だな」
俺がそう言うと、アリスは珍しく真剣な顔のまま、
「お姉ちゃんに全部教わったんだよね」
と、言う。
「お姉ちゃんって六人姉妹の何番目?」
「一番上のお姉ちゃん。強い戦士だったけど、私が子供の頃に結婚して島の外に出てちゃった。その時に、教えて貰ったの。私が針に糸通してる間に、お姉ちゃんはずっと作業してるだけだったけど」
「へぇ、そのお姉ちゃんとは仲良いの?」
そう聞くと、彼女は手を止める。
「……うーん、もう遠くに行っちゃったから話せないんだけど、手紙でも書いてみようかなって」
もしかして、あれだけ夜遅くまで勉強しようって気になったのも……。
「その姉ちゃんと手紙のやり取りしたいから、勉強しようと思ったってこと?」
「うん! そういう事考えたら、最近は勉強がちょっと楽しいよぉ」
エヘヘ、と笑うアリス。
「……なら良かった。それで、それはお姉ちゃんとかに送るのか?」
「それもあるけど……。お姉ちゃんに教わったから、今度は子供に服の作り方教えようかなって、その為の洋服」
つまりは、教材ということか。
「お前、結構色々考えてるのなぁ」
「何それ、まるで私が何も考えてないみたいな」
自然と笑うアリス。
でも、笑いが止まると彼女は妙にしんみりとした様子だ。
「……私、本当はこうやって服作りたかったんだ。島を出て、洋服屋とかやりたいなって。きちんと仕立とかデザインも学んで、世界で有名な洋服屋になりたいって!」
そう言うと、彼女は自分の服を指差す。
そういや、こいつ服を買ってる時は見た事ない。
部屋着とかは全部自分で作ったものだという。
……正直、それはすげえなと感心した。
「でも、上のお姉ちゃんがみんな島から居なくなったから、仕方なく戦士アカデミーに入って、島を代表する聖戦士にって事になったんだけど。……別に元々は戦いなんて好きな方じゃないし、姉妹で一番泣き虫だったのも私だし。こういった洋服作りも、三番目と四番目のお姉ちゃんからは馬鹿にされてたし……」
「……」
「このソウファ島も、国の中じゃ貧しい所だったから、アカデミーに行った時に貴族の娘とかに散々陰口言われたの。『辺境島の田舎娘』とかさ。……だから、余計に嫌で嫌で、私なんであんな島の生まれなんだろうって」
「……そうか」
「……だからね、戦士アカデミーを中退した時は、正直これでもういいやって思ったんだよね。でもさ、島に帰ってきたら皆優しく迎え入れてくれてさ。……殆ど学校じゃ辺境島の田舎者って言われて嫌な思いしてたのに、島の人は私を受け入れてくれたんだよねえ」
そういって彼女は目を細める。
「そう考えたら、洋服作りなんて何時だってできるな、って。島の人、いやこの島に育てて貰ったんだから、この島の為にできることをしようって思ったんだよね。私は、この島に守って貰ってるんだから、今度はこの島で育つ人の為に何かしたいな、って思ってるんだ」
いつもは夜這いしてくるイメージしか無かったが、正直俺はちょっと感動した。
彼女の持つ夢とか、本当の想いってのを聞いた気がしたからだ。
「何か、手伝えることあるか?」
「え?」
「いや、俺は裁縫なんてやったことないけど、手伝える事があるならやるぞ。……ズボンも作って貰ったし」
そう言うと、彼女は視線を俺のズボンへと落とす。
確かに、履き心地はとてもいい。
「うーん、じゃあこの糸を針の穴に通して貰える?」
彼女はそうやって糸と針を渡す。
「……う、うーん」
針の穴に糸を通すのは苦手だ。
「出来たら教えてね♪」
そう言うと、アリスはルンルンとした様子で裁縫を続ける。
「こ、これ穴小さくねえか?」
「全部同じ穴だよー」
「……ほんとこういうの苦手なんだよなぁ、俺」
そう言うと、彼女はボソッと呟く。
「お姉ちゃんの気持ち、少し分かったかも」
「ん? 何だって?」
「何でもないよー♪」
ウキウキした様子の彼女を横目に、俺は針の穴と格闘を続けた。
翌日、子供に洋服を見せながら裁縫を教える彼女は、今までのイメージと違い優しさに満ちていて……、俺はちょっといいなと思った。
※次は9/9の12時に投稿予定です
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