第40話 んんー、この感触♪

 それから二週間ばかりが過ぎた。


 アリスは子供の面倒をみつつ、そして子供と一緒に授業を受けるという日々。


 書く字はとても汚いのだが、次第に読む方は上達してきているという。


 それも、毎晩夕飯後に一時間、ヘレンに勉強を見て貰ってるのもあるが。


「……綴りが違う。それはこう書くのよ」


「えぇ、違うのっ!? なんでえっ!」


「……そういうものだからよ。ほら、次」


 かつて敵同士だったと思うと、かなり仲良くなったなぁとは思う。


 ヘレンが言うには、


「……まぁ、彼女も頑張ろうという気概はあるようですから」


 と、満更でもなさそう。


 だが、それでも中々上達しないというか、一つの単語を覚えるだけでも結構苦労しているよう。


 そんな日の深夜、俺がふと夜中に目が覚めてトイレにでも行こうと思った時だ。


 食堂の机で勉強をしている。

「もう遅いから寝たらどうだ?」


「あっ、ダーリン……」


 目の前に広げられたドリルは、眠気が故に文字が崩れてミミズのようになっている。


 聞けば、明日には学校で書き取りテストがあるのだとか……。


「いやぁ、私ってあんまり頭良くないけど、子供と一緒だと楽しく勉強できるねー。それに、手紙が書けるようになった時が楽しみ」


 明らかに眠そうな目をしているが、エヘヘと笑うアリス。


「……無理するなよ」


「あ、そうだダーリン」


 そう言って彼女は立ち上がると、こちらの目を見つめる。


「ん? どうした?」


 そう聞き返した瞬間、抱き着いてくる。


「んんー、この感触♪」


「あ、あのなぁ! 脈絡も無く抱き着くなよっ!」


 そう言うが、彼女は腕を回したまま左右に身体を揺らす。


「ふーん……、なるほど」


「なにがなるほどだ。ほら、良いから離れろ!」


 変に密着してくるせいで、グニュグニュと動く胸の感触まで分かる。


「うん! なるほどっ!」


 彼女はそう納得すると、勉強道具を片付け始める。


「それじゃっ! お休みダーリンッ!」


「あ、あぁ……」


 何がしたかったのか分からないが、俺は頭を掻いてトイレへと向かった。


 翌日の昼過ぎ。


 俺は農園で新たに開墾した場所の石を拾っていた。


 作物を安定して収穫するには、土づくりが大事だ。


 石ばかりあると、根菜類とかは割れてしまうし、他の作物だって根張りが悪くなる。


「ふぃー、ひと段落したはしたけど……」


 泥仕事のせいか、ズボンは汚れて裾は解れている。


「あー、こいつもそろそろ寿命かな」


 一応、交易で得られた金で買った良い物の筈なんだがなぁ。


 と、思っていた時、アリスが何かを抱えてやって来る。


「あ、ダーリン! 作業お疲れ様! 随分汚れたねえ」


 そう言うと、アリスはある物を差し出す。


「なんだ、それ?」


「畑仕事用のズボン! 昨日見てて汚れて痛んでたから、新しく作ってみた!」


 え、マジか?


「これ、今日作ったの?」


「うん、頑張って!」


「……サイズとかは?」


「昨日図ったよ?」


 昨日図った?


 いつのことだ……、と思ったが、それが何を差しているのか分かった。


「あの抱き着いてきた時か?」


「そうそう。あれで自分よりどれくらい足が長いかとか、腹回りとかってすぐ分かるのよねー。昔から、感覚的にだけど」


 ズボンも見てみれば、色々な刺繍までしてある。


 トマトとか、アレックスぽいワニとか。


 こいつ、こんなに器用だったのか。


「お前さぁ」


「ん、何?」


「こういう裁縫とか、教えるってのは駄目なのか?」


「うーん、そうなの?」


 こいつ、自分のこの特技を理解してないやつか。


「いや、これだけ上手に出来るってなら、女の子には教えてみて良いんじゃないか? それとか、お手玉作って一緒に遊ぶとか」


「オテダマって?」


「いや、まぁそういう遊びがあるんだわな。それとか洋服作るとか」


「洋服……。そっか! 良いアイディア!!」


 彼女は何かを閃いたらしい、そう言うとまた抱き着いてくる。


「うん! 良いアイディア! ありがとダーリンっ!」


「だから抱き着くなっていうの!」


 そう言って、彼女は嬉しそうに学校の方へと戻って行く。


 因みに、ズボンは確かにサイズぴったしだった。


 ……洋裁店に重宝されそうなスキルだな。


※次は9/7の12時投稿予定です。

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