第33話 この世界のパムッカレ

 アンとその戦士達に連れられ、俺とメルナは酋長の家へとやってきた。


 酋長の名はモア。


 女性だが、アリスやヘレンぐらいに見える、若々しい感じの人だ。


 そんな酋長の家に上げて貰うと、彼女は面を取って挨拶してくれる。彼女の目も、また猫そのものだ。


「普段外部の者とは面を付けて話すのが礼儀。だが、今回は特別にセンティパーダ様の意に叶いし者だと聞いて話させて頂きましょう」


「はぁ、そりゃどうも……」


 普段はどうやら外部の人間とは面を付けて話すのが、このプルサの掟だという。


「とりあえず……、遠路はるばるよくこの地にいらっしゃいました」


 そう酋長が言うと、座った目の前にキノコと牛肉を焼いた物をドカッと山盛りに皿へ出される。


「これが我が部族での持て成しです。どうぞ」


 ……アメリカ級な量だなぁ。


 とりあえず、必死こいて食うことにした。


 胃もたれが心配だ。


 この部族の凄いなぁ、と思うのは、その食べっぷりというべきか。


 豚も牛の肉も、まるまる一キロくらいの量は平気で呑み込む。


 そんでもって、酋長は厳かな雰囲気でその量をササッと十分余りで食べてしまったことだ。


 ついでにメルナもそんな食事量をものとせず、その体でどこに入っていくのだろうか、というくらい簡単に食べてしまった。


 ……俺はとんでもなく腹が重い。


 そんなヘビー級の食事を終えると、酋長の話はこの村と住む部族の話になる。


 元々、プルサ村に住むプルサ族というのは、マガラニカ時代から各地に住む先住民だった。この一族はシラヌイにより神官を任された一族なのだとか。


 それが、二千前の大洪水により大地が沈没してからというもの、各地へ散り散りとなり、今はこの島に僅か残る程度になった。


 プルサ族は女性だけで生活し、更に長命で特殊な魔法を使える部族だったので、それで周囲ともいざこざが多かったのだという。


 面を付けるようになったのも、そうした過去の経緯があるらしい。


 それ以来、彼女達はこの地で他部族を寄せ付けずに滅びの時を待っている、のだとか。


「それで、貴方の目的は何ですか?」


「いや天国への階段、というのがあると聞いて、見てみたくなりまして……」


「ふむ」


 酋長はそう言うと、こちらの目をジッと見てくる。


 しばしの沈黙。


「……なるほど、そのペンダントを見せて頂けますか?」


 酋長に求められ、俺はペンダントを渡すと、それを隅々まで見てから大きくため息を漏らす。


「遂に、この時が来たという事ですね」


「ど、どんな時?」


「土のペンダントを持つ者が現れたという事は、我が部族の伝説を教えねばいけないのです」


「は、はぁ……」


「グルの月、南方よりシラヌイと名乗る女がやってきた。この土地を荒らすセンティパーダを鎮め、土のペンダントを作る。シラヌイはセンティパーダを鎮めるや、時の酋長に予言を残した。汝の子孫に災いを起こすものが二千年後に来たりて、センティパーダは怒るだろう。しかし、センティパーダを鎮める者があれば、それはこの世界に平和をもたらし、自らの後継者になる証としてこのペンダントを身につけているだろう、と。これが我が部族に伝わる話。そして、その後継者たる者が貴方だろう。これが、その証だという土のペンダントの紋様だ」


 酋長はある木工彫刻を取り出す。


 それは、土のペンダントに彫られたものと全く同一のものだ。


 要するに、俺がその人だと言いたいらしい。


「天国への階段は、シラヌイ様が作られた物だ。後継者の貴方に見せないで去られるのは惜しい」


 そして、酋長に連れられてある洞窟まで案内された。


「ここが天国への階段に繋がる道だ。行って見てくるが良い」


「じゃあお言葉に甘えて」


 それに従い、俺はそのまま洞窟の中を松明一本で進む。


 しばらくして、明かりが漏れる出口が見えた。


 出た瞬間、俺の視界に入ってきたのは一面の白い世界。


「な、なんだこれは!!??」


 白い、といっても雪ではない。


 地面が全て白く、それが棚田状に連なり水を湛えている。


 写真に撮り、技術指南書で調べてみると、類似物として見つかったのはパムッカレ。


――雨水が大地を浸食したことに出来た地形である。温泉地。


 と、ある。


「え、この水、温泉なのか?」


 触ってみると程よい温度。


 入ったら良さそうな湯加減。


「入ってみるか」


 物は試しで、とりあえず入浴してみる。


 すると、温泉内に沈殿していた粉の石灰がそれまで青かった温泉を濁らせる。


 そうして改めて見渡して見ると、東から西にかけて、太陽が沈むのが一望できる。


 開けた空を見ながら、入浴する露天風呂としては、最高の景観ではないだろうか。


「これがこの世界のパムッカレかぁ……」


 俺は久々に温泉を、良い景勝地で堪能していると、メルナがやってくる。


「ご、御主人様! そこに入ってはいけませんよ!」


「え、何で?」


「ここは神聖な場所です! 祭壇なんです!」


 その単語がヤバいものだという事を察し、俺はすぐに風呂を出る。


 日本で言うなら大仏だとか神社の中に温泉っぽい池があるから、と入り出した奴と同じもんじゃねーか。


 そりゃ不味い。


「い、いやーヤバかった。すまんなメルナ」


「……ご、御主人様ぁ」


「え?」


「御主人様のセンティパーダ様……、大きいございますね」


「……は?」


 何言ってんだこいつ、と思ったが。


 そうだ、俺は裸じゃん。


「うぉおおおっ!!!」


 急いで荷物からタオルを取り出して隠す。


「わ、忘れろ今のは!!」


「い、いえ、娼婦の先輩から聞いていたよりも、随分ご立派なものでしたので……」


「忘れろ!! だから!!!」


 ……こうして、天国への階段こと風光明媚な温泉地を堪能し、俺はそのままサマーレーの港にメルナと共に戻ることにした。


「後継者様ならば、また何れお越し下さい」


 と、酋長からお土産を渡される。


 中身は大量の干しキノコ。


 良い出汁になるな。


※続きは8/29の12時に投稿予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る